1.国内企業のDXの取り組みはどこまで進んでいるのか
独立行政法人情報処理推進機構が2023年3月に発刊した「DX白書2023」によると、国内企業におけるDXの取組状況は以下の通りです。
2021年単体売上高別DX取組状況
業種別のDXの取組状況
地域別のDXの取組状況
(1)企業規模別のDXの現状
あらゆる産業において、新たなデジタル技術を使ってディスラプションを起こす企業や、これまでにないビジネスモデルを創造する新規参入企業が登場し、ゲームチェンジが起きています。
このような経営環境下で各企業がDXを推進していくためには、その取り組みを進めるためのデジタル部門の設置とデジタル人材の配置、ある程度の投資が必要になります。そのため、投資余力が大きく、人材やノウハウも豊富である売上規模の大きい企業ほどDXに取組んでいる割合が高くなると考えられます。
2022年にIPA(情報処理推進機構)が実施した「企業を中心としたDX推進に関する調査」では、売上規模が大きい企業ほど、DXに取組む割合が高くなる傾向が確認されました。また、2021年3月に総務省が実施した、DXの日本経済に与えるインパクトを推計する調査研究事業の報告書に掲載された「企業向けアンケート調査」では、中小企業のDXへの取組が1割強にとどまるのに対して、大企業では4割強がすでにDXに取組んでいるという結果でした。
(株式会社情報通信総合研究所「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負 報告書」(2021年3月)
(2)産業別のDXの現状
デジタルツールを導入し、自社内の特定の工程における効率化を推進するのが「デジタイゼーション」、自社内だけでなく外部環境やビジネス戦略も含めたプロセス全体をデジタル化し付加価値を高めるのが「デジタライゼーション」になります。それに対し、「DX:デジタル・トランスフォーメーション」は、デジタル技術の活用による新たな商品・サービスの提供、新たなビジネスモデルの開発を通して、社会制度や組織文化なども変革していくような取組を指す概念です。
DXを推進していくためには、まずアナログ業務のデジタル化である「デジタイゼーション」が必要となりますが、その現状は収益構造や事業規模の分布、外部環境の機会・脅威といった産業別の特性により取組の進捗状況に差異が生じています。前述の総務省の「企業向けアンケート調査」では、「医療・福祉」「宿泊業、飲食サービス業」は低い結果でしたが、「情報通信業」「金融業、保険業」でDXに取組んでいる企業の割合が他産業と比較して高い結果でした。
2022年に株式会社帝国データバンクが実施した「DX推進に関する企業の意識調査」では、DXの「言葉の意味を理解し、取り組んでいる」企業の割合について、「建設業」(11.4%)や「農・林・水産業」(12.3%)では低い割合でしたが、金融サービスとテクノロジーを結びつけることによって新たな金融商品やサービスを提供する「フィンテック(FinTech)」の活用が進む「金融業」(25.2%)や、ソフト受託開発等で企業のDXを支援する「情報サービス」を含む「サービス業」(24.1%)では高い割合となりました。このように、DXの推進においては産業別の格差が明確に見られました。
(株式会社帝国データバンク「特別企画 :DX推進に関する企業の意識調査」(2022年1月)
(3)地域別のDXの現状
地域別でのDXの取り組み状況を見てみると、東京23区に本社がある企業の4割近くがDXの取り組みを実施している一方で、中核市未満に本社がある企業では1割程度にとどまっており、DXに対する取り組みは地方圏の企業が遅れていることが伺えます。
「地域別のDXの取り組み状況」
(4)国内企業のDXの取組状況のまとめ
国内企業におけるDXの取組状況について、開示されている各種アンケート調査等の分析から以下のことが言えます。
①規模別では、中小企業より大企業のほうがDXの取組が進んでいる。
②産業別では、金融業や情報サービス業ではDXの取組が進んでいるが、建設業や農・林・水産業では取組が遅れており、産業別の格差がみられる。
③地域別では、地方より大都市のほうがDXの取組が進んでいる。
2.企業のDX化における課題とは
(1)DXの推進に向けた課題
経済産業省が、デジタル産業への変革に向けた具体的な方向性やアクションを提示するために2022年に公表した「DXレポート2.2」では、国内企業にDX推進に取り組むことの重要性は広がる一方で、デジタル投資の内訳は既存ビジネスの維持・運営に約8割が占められている状況が継続しており、DX推進に対して投入される経営資源が企業成長に反映されていないと考えられます。
年度別IT予算配分(平均割合)
また、「サービスの創造・革新の取り組み状況調査」においては、実際に成果がでている企業は1割未満に留まっています。サービスの創造・革新(既存ビジネスの効率化ではない取組み)の必要性は理解しているものの、目指す姿やアクションを具体化できていないため、成果に至らず、投資が増えていかないのではないかと考えられます。
DX推進の取組実施状況
国内企業に共通する課題は、「既存ビジネスの効率化・省力化(デジタイゼーション)」ではなく、「新規デジタルビジネスの創出(デジタル・トランスフォーメーション)」への取組になります。既存ビジネスであっても「デジタル技術の導入による既存ビジネスの付加価値向上(デジタライゼーション)」が必要であり、その結果、全社的な付加価値向上を達成することです。
また、総務省が2022年に企業約3,000社に実施した「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」によると、デジタル化を進める上での課題・障壁として、日本企業は「人材不足」の回答が67.6%と、米国・中国・ドイツの3か国に比べて非常に多い結果でした。デジタル人材が不足する理由については、「デジタル人材を採用する体制が整っていない」と「デジタル人材を育成する体制が整っていない」の回答が約40%と多く、社内のデジタル人材の育成体制が未整備であることがうかがえます。
「デジタル化を進める上での課題や障壁(国別)」
「デジタル人材が不足する理由(国別・CIOやCDO等のデジタル化の主導者)」
3.DX化に取り組む際のポイント
(1)DX戦略の策定手順とは
DX化は企業活動自体の見直しであり、自社におよぼす影響範囲が多岐に渡るため、全社での取り組みが求められます。DX戦略の策定に際しては、「構想」、「設計」、「意思決定」、「導入・運用」の4つのステップを想定し、DXビジョン~ロードマップを作成します。
ステップ1:「構想」
事業ビジョンに即したDX推進による企業変革の目的を明確化し、自社のあるべき姿=「DXビジョン」として定めます。
ステップ2:「設計」DX戦略策定
①外部・内部の経営環境を踏まえ、バリューチェーンのプロセスをデジタル・顧客起点で整理し、DXビジョン実現に向けた戦略を具現化し、4つのDX領域(ビジネスモデル、マーケティング、マネジメント、HR)における「DX戦略」を策定します。
②DX認定取得基準を指針として、DX戦略の達成度を測る指標(KPI)や管理の仕組みを「DX戦略推進管理体制」として整備し、社内外への情報発信を通じた企業価値向上策を検討します。
③DX戦略推進管理を担う組織を設置し、DX人材育成の採用・育成・活躍・定着を推進することで、DX化・デジタル実装が確かなものとなります。
ステップ3:「意思決定」
DX戦略とそのロードマップに即し、事業、システム、組織、財務の切り口でシステム導入に向けた「DXアクションプラン」を策定します。決定後は速やかに投資意思決定を行い、システムの導入に着手します。
ステップ4:「導入・運用」
システム導入後の成果につなげるために、顧客への価値提供を評価するための評価指標の設定とDX推進状況の評価、評価結果に基づくDX戦略や人材、投資などのリソースの配分見直しの仕組みを構築し、DX推進をサポートするプロジェクトを立ち上げます。定例会でPDCAを回し、DXビジョンの実現に向けたマネジメントを実施します。
策定した「DX戦略」を実現するためには、DX推進に必要不可欠な経営資源である「人材・ITシステム・データ」をどのように獲得・配置し継続的に有効活用するかを検討することが重要になります。特にDXを推進する人材やサービスを差別化する際の源泉となるデータの整備や老朽化したITシステムの刷新には長い時間を要するため、中長期的な視点での取組が望まれます。また、「DX戦略策定・推進・評価」の一連のプロセスを早いサイクルで繰り返し、失敗から学習しながら進めることが大切です。
4.DX化の企業の成功事例
(1)日立製作所のDX戦略の概要
日立製作所はデジタル技術とデータを活用し、顧客やパートナーと共にサステナブルな社会の実現と社会課題の解決を目指す「社会イノベーション事業」を推進しており、その顧客協創フレームワークとしてLumadaを展開しています。
Lumadaは、「Illuminate(照らす・解明する・輝かせる)」と「Data(データ)」を組み合わせた造語ですが、顧客のデータを利活用することで価値を想像し、経営課題の解決や事業の成長に貢献していくことを目指しています。3つの潮流である「デジタル」「グリーン」「イノベーション」を通じてグローバルに成長することで、日立全体の売上と利益の成長をけん引し、2024年度には全体の売上の1/3、利益の4割強を見込んでいます。
(2)DX戦略と連動した人財戦略
同社では、全ての事業領域に役員レベルの責任者を「Chief LumadaBusiness Officer(CLBO)」として配置しており、全社で20名程度が任命されています。CLBOは、各事業部門でデジタルを活用した事業戦略と変革を管轄し、Lumada事業を発展させる役割を担います。また、デジタル事業の戦略を明確化した上で、必要な人財のケイパビリティと規模を特定し、①採用、②育成、③M&Aを強化しています。
Lumadaやデジタル人財戦略の進捗を確認する指標として、デジタル人財数、日立アカデミーでの教育実施量、日立製作所における経験者採用比率といった定量的な経営指標=「人財KPI」を設けているほか、Lumada事業の収益やユースケースの数などは全社共通で管理し評価しています。一方で、事業領域は多岐にわたるため一元的に管理できない部分については事業ごとに管理を行っています。
その他、各事業領域のデジタル成熟度診断も行っています。経済産業省のDX推進指標も取り入れ、DX戦略、デジタルインフラ、営業、調達など10業務領域について5段階で評価することで、社員一人ひとりが自らDXを意識して働けるよう促しています。急速に普及しつつあるデジタル・テクノロジーは、これまでの技術革新をはるかに上回り、デジタル・ディスラプションの可能性が無いマーケットは、もはやどこにもないと言えます。あらゆる業界でディスラプションが加速する中、DXは競争力強化に不可欠な戦略といえますが、国内企業のDXへの取り組み状況は企業規模別、産業別、地域別によって差があり、DXの推進プロセスに対する達成度も低い状況です。
日本企業はDXを軸とした自社の在り方を変革し、目指すべき姿を「DXビジョン」として明確化しなければなりません。また、その実現に向けたロードマップを策定・推進し、ビジネスモデル・バリューチェーン・顧客関係・組織・企業文化も含めた全社改革を実現することが、今求められています。
「自社がDXを通じて何を目指すのか」というビジョンからDX戦略を描き、実践すべき改革テーマへ落とし込むメソッドを提言します。