1.はじめに
AI(人工知能)は、現代のビジネス環境において急速に進化・活用が進み、企業の経営戦略に大きな影響を与えています。AI技術の発展は、業務効率化に留まらず、新たなビジネスモデルの創出を可能にし、AIを活用したスタートアップも多く誕生しています。文章や回答を生成するAIを開発する企業と言えばOpenAI(ChatGPT)、Google(Gemini:ジェミニ)、Anthropic(Claude:クロード)などが有名です。ジェミニについては、今年の夏ごろにGoogle Chromeに実装されたため、身近に感じている方も増えたと思います。動画や音声の生成に力を入れる企業も増えてきており、metaやSynthesiaなどが有名です。
また、AIモデルを開発・公開するコミュニティーとしてHugging Faceも近年注目されており、AI開発環境もドラスティックに変化を起こしています。このようにAIの活用期待が高まる一方で、さまざまな課題も浮き彫りになっています。今回はAI時代の経営における戦略と課題を「AI関連産業」と「経営戦略へのAI適用」の2つの観点で考えたいと思います。
2.AIの稼働に必要な関連産業
2010年ごろから第三次人工知能ブームと言われる状態が続いています。そのブームはインターネットの普及、スマートフォンやPCなどのデバイスの進化によって、大量の情報が全世界で共有・蓄積され、かつそれらを分析するデバイスのスペックが大幅に向上した点が大きいと考えられます。生成系AIを動かすために必要な現在の半導体チップの処理速度は、20年前と比べると途方もない高性能化が実現されています。
また、これだけ高性能なデバイスやデータセンターを稼働させるためには膨大な電力が必要になっています。
(1)AI技術と半導体市場
AIの処理能力を支えるためには高性能な半導体チップが必要不可欠であり、半導体市場の重要性がますます高まっています。GPU(グラフィックス処理装置)、TPU(テンソル処理装置)、NPU(ニューラルネットワーク処理装置)などいくつかの専用チップが存在し、AIの計算能力を飛躍的に向上させる役割を果たしています。この領域のプレイヤーとしてとして有名な企業と目下の時価総額を調べると、NVIDIA(約3.3兆USD)、AMD(約2,300憶USD)、Intel(約1,000億USD)となります。時価総額がその企業に対する将来の期待を現わすとすれば半導体チップの重要性も一目瞭然です。
関連して、半導体製造を担う台湾積体電路製造(TSMC)のような企業や、それを顧客とする半導体製造装置メーカー、さらには部品・素材メーカー、などにも好材料がもたらされると期待できます。
(2)AI技術とエネルギー市場
生成AIに関しては、エネルギー消費の増加も大きな課題となっています。AIの計算処理には大量の電力が必要であり、データセンターやクラウドサービスのエネルギー消費が急増しています。これにより、エネルギーコストの増加や環境負荷の問題が顕在化しています。
総務省の令和6年版 情報通信白書によると、『データセンター数は米国が圧倒的に多く、2024年3月時点で5,381、欧州各国を合計して約2,100、日本は219と米国の5%。世界のデータセンターシステムの市場規模(支出額)は、2023年に34.1兆円(前年比14.4%増)となり、2024年には36.7兆円まで拡大すると予測されている。』(一部抜粋)とあります。
出典:情報通信分野の現状と課題(総務省)
一方でデータセンターのCO2の排出量も増えることから、アメリカのビッグテック企業は環境問題への配慮とデータセンターの電源確保のために再生可能エネルギーや、原子力発電に着目しているといわれています。
(3)AI技術と関連産業の捉え方
このような話を聞くとどう感じるでしょうか。AIと聞くと、AIを活用したビジネスを発想しがちですが、AIに必要なリソースは課題も多いのが現状です。今後はAIを支える技術や産業に対して、我が社がどのように課題解決に貢献できるかを考えることも、ビジネスチャンスをつかむためには必要になっていると言えるのではないでしょうか。

3.AI時代の経営戦略
企業におけるAI活用を経営視点で考える際には、経営全体を捉えるフレームワークと組み合わせると検討を進めやすいと考えます。タナベコンサルティングが提唱する1T4Mは、テクノロジー(コア技術)とマーケット(市場)が合致すれば事業として成立し、管理(マネジメント)、財務・収益(マネー)、人材(マン)という経営機能で事業を支えるという考え方で経営の全体像を捉えます。
このフレームワークの軸に対してそれぞれAI技術をどう活用するかを考えてみることで、経営全体のAI適用戦略をバランスよく検討できると言えるでしょう。下記にいくつかの例を参考に示しておきます。
(1)テクノロジー(コア技術)への適用
①製品開発の最適化:AIを活用して製品開発プロセスをシミュレーションし、最適な設計や材料選択を行うことで、開発期間短縮やコスト削減を狙う
②品質管理の強化:機械学習アルゴリズムを用いて製品の品質データをリアルタイムで分析し、異常を早期に検出することで、品質向上と不良品削減を狙う
③技術トレンドの予測:自然言語処理を用いて、特許データや学術論文を分析し、業界の技術トレンドを予測することで、競争優位性を維持する
(2)マーケット(市場)への適用
①顧客行動の分析:AIを用いて顧客の購買履歴や行動データを分析し、パーソナライズされたマーケティング戦略を立案する
②市場予測の精度向上:機械学習モデルを活用して市場の需要予測を行い、在庫管理や生産計画の最適化を図る
九州を中心にホームセンターを展開しているグッデイ(福岡市中央区、柳瀬隆志社長)は、これまでの現場の経験に頼って行っていた発注業務を、AI を活用した予測へ切り替えました。その結果、在庫不足による売り逃しを防いだことで、夏物の売り上げは前年比24%増、発注量の適正化により、平均在庫も16%削減することに成功しています。
他にも、園芸商品の仕入れ業務においてAI を活用し、専門知識を持たない社員も花の選定や評価ができるようになった。まさに「テクノロジー」と「マーケット」へのAI適用事例と言えます。
(3)マン(人)への適用
①人材採用の効率化:AIを活用して応募者の履歴書を分析し、最適な候補者を迅速に選定することで、採用プロセスを効率化する
②従業員のパフォーマンス分析:AIを用いて従業員の業務データを分析し、パフォーマンスの向上や適切なフィードバックを提供する
③教育とトレーニングのパーソナライズ:AIを活用して従業員のスキルや学習スタイルに基づいたカスタマイズされたトレーニングプログラムを開発する
麹を自動で作る醸造機メーカーとして国内で約8 割のシェアを持つフジワラテクノアート(岡山市北区、藤原恵子社長)では、人への投資が結果として利益につながると考え、DX 人材育成に取り組んでいます。まずは改革意欲のある若手を中心にDX 推進委員会メンバーに選出し、ジュニアボード型でデジタル教育を進めました。このプロジェクトではシステムの自社主導での導入を進めており、3 年間で21のツールとシステムの導入や、杜氏をサポートするAI 技術の開発にも成功しています。1 人しかいなかったデジタル人材が5 年で23人に増やすことができました。「マン」へのAI適用事例と言えるでしょう。
(4)マネー(お金)への適用
①財務予測の精度向上:機械学習を用いて売上やコストの予測モデルを構築し、財務計画の精度を向上させる
②不正検出の強化:AIを活用して取引データをリアルタイムで監視し、不正行為や異常なパターンを早期に検出する
(5)マネジメント(管理)への適用
①意思決定支援:データ分析とAIを組み合わせて、経営陣が迅速かつ正確な意思決定を行えるようにサポートする
②リスク管理の強化:AIを用いてセキュリティーリスク要因を把握し、リスク管理戦略を最適化することで、企業の安定性を向上させる

4.まとめ
今回は、AI時代の経営においての着眼点を2つご紹介しました。
一つ目は、「我が社はAIマーケット(AI自体とその関連産業)をどのように捉え、どのように関与していくか」という観点。今後市場拡大が期待される領域、そして人類の発展に寄与できる領域において、我が社がいかに貢献していくかを考えることは重要です。
二つ目は、「我が社の経営力(1T4M)の強化にどのようにAIを活用していくか」という観点。Saasビジネスの普及により、高額な投資をしなくてもAI活用は実現可能になっています。
我が社の経営資源に対してAIを適用することで、唯一無二の技術を獲得し、筋肉質かつスマートな組織を創造していきましょう。

