本コラムは、ダイヤモンド社発行の「DX戦略の成功のメソッド~戦略なき改革に未来はない~」の第1章の抜粋記事です。
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日本でDXが注目される契機となったのが、2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」である。経済産業省は「2025年の崖」に警鐘を鳴らし、企業の危機感が高まった。2025年の崖とは、企業が既存システムの複雑化・老朽化・ブラックボックス化を放置した場合、DXが進まずデジタル競争の敗者となり、2025年以降、日本全体で年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるというものだ。
一方で、2025年までの間に複雑化・ブラックボックス化した既存システムについて、廃棄や塩漬けにするものを仕分けしながら、
必要なものについて集中的に刷新すれば、2030年には実質GDP(国内総生産)を130兆円超押し上げる効果が見込まれている【図表1-6】。
経済産業省が2022年に発表した同レポートの追補版(DXレポート2・2)によると、DX推進で成功している企業は、方向性として「効率化・省力化」ではなく、「新規デジタルビジネスの創出」や「既存ビジネスの付加価値向上(強みの明確化・再定義)」を目指していたという。
またビジョンや戦略だけでなく、全社員がとるべきアクションとして「行動指針」も具体的に示していた。その結果、全社的な収益向上を達成しているという【図表1-7】。このため同省は、DXで収益向上を達成するための決意表明として「ビジョン駆動」「価値重視」「オープンマインド」「継続的な挑戦」「経営者中心」など五項目で構成される「デジタル産業宣言」の策定を企業に呼び掛けている。
いずれにせよ、企業は2030年に向けて、コスト削減のためではなく、付加価値向上のためにDXを進めることが求められている。
ここで、日本企業のDXへの具体的な取り組み状況を確認してみよう。
【図表1-8】は、DX関連ソリューション国内市場(=国内企業のDX投資額)の現状規模と2030年度時点の予測額である(富士キメラ総研調べ)。それによると、DX市場は2022年度で2兆7277億円(2021年度比117.5%)が見込まれ、2030年度には6兆5195億円(同2.8倍)へと急ピッチで拡大すると予測されている。
富士キメラ総研のプレスリリースによると、「製造」分野では技能継承や人材不足対策、脱炭素化への取り組みを軸に進められ、特にスマートファクトリーへの投資規模が大きいという。MES(製造実行システム)の更新や新規投資が増えており、中小企業でもIoT(モノのインターネット)による設備・機械監視への投資が活発化している。今後は大企業を中心に調達・購買DXが大きく伸びると予想している。有事の際のBCP(事業継続計画)対策に加え、グリーン調達の一環でサプライヤーの管理ニーズが高まっていることが理由である。政府は2024年度予算の概算要求で「GX(グリーントランスフォーメーション=脱炭素化により経済社会システム全体を変革する取り組み)」の分野に2兆円超を求めるなど、
環境にやさしいものづくり企業を集中支援する方針である。
「流通・小売」分野では、ショッピング体験の拡充に向けたAR(拡張現実)/VR(仮想現実)技術の活用、フルセルフレジやタブレット端末付きショッピングカートの導入などが進んでおり、今後は無人店舗の伸びも期待されるという。また自動発注システムの採用が広がっているほか、廃棄ロス削減やSDGs対応を背景に需要予測システムの導入が大手リテーラーで進んでいる。
「交通・運輸・物流」分野は、あらゆる移動手段(路面バス、鉄道、タクシー、航空機、旅客船、ライドシェア、シェアサイクルなど)をITでシームレスにつなげるMaaS(マース/Mobility as a Service)やコネクテッド(クルマとインターネットを常時接続する仕組み)への投資規模が大きい。MaaSはタクシー配車サービスなど都市型を中心に投資が活発化。コネクテッドは車両の走行状態や位置情報、運転情報を収集し、運行状況などの管理データをダッシュボード化するための投資が多い。CRM(顧客管理システム)と連携し、フィールドサービスの営業実績の可視化や運転技術のスコアリング化による保険料の削減などでの活用も見られるという。
「バックオフィス」については、経理ではペーパーレス化による業務効率化・テレワーク対応などの需要が底堅いという。今後は請求書のデジタル化やデジタルマネー(電子通貨)による給与支払い解禁などへの対応で伸びると見込まれている。デジタル技術を用いて定型業務や非付加価値業務の効率化、経営判断のスピードを上げるといった投資も、経営上で重要な変革といえる。
また人事では、人的資本経営への取り組みや社員のリスキリング(職業能力の再開発・再教育)などを目的とした投資増加が予想されている。特に近年は、企業に人的資本情報の開示を求める機運が高まっていることから、採用・育成・活躍・定着・退職など、人材に関するあらゆるデータの蓄積と活用を進める必要がある。
このように、企業のDXに対する投資意欲はかつてなく旺盛で、かつ継続的に拡大していくことが見込まれている。ただ、「光が強ければ影もまた濃い」(ゲーテ)というように、企業のDXへの注目度が高まるほど抱える課題も大きくなる。総務省の「情報通信白書」(2022年版)によると、デジタル化を進める上での課題・障壁として、日本企業は「人材不足」の回答(67.6パーセント)が米国・中国・ドイツの三カ国に比べて際立って高い。また、次いで「デジタル技術の知識・リテラシー不足」(44.8パーセント)の回答も多く、人材に関する課題・障壁が目立つ【図表1-9】。
白書によると、日本企業はCIO(最高情報責任者)・CDO(最高デジタル責任者)などの「デジタル化の主導者」や「AI・データ解析の専門家」といったデジタル人材が「不足している」(「大いに」と「多少」の合計)という回答が50%を超え、特に後者(AI・データ解析の専門家)の人材については「大いに不足している」が30%超となり、米国やドイツより不足状況が深刻だった。
デジタル人材が不足する理由について、日本企業は「採用する体制が整っていない」と「育成する体制が整っていない」が約40%と多かった。
経済産業省、厚生労働省、文部科学省の三省が将来のIT人材の需給ギャップを試算(2019年4月)したところ、2030年に最大で約79万人が不足するという結果が出た。この「IT人材2030年問題」に対し、政府はデジタル人材を2026年度までに230万人を育成することなどを柱とした「デジタル田園都市国家構想」を始動させたほか、2022年にはすべてのビジネスパーソンが身に付けるべきDXの基礎的能力やマインド・スキルの学びの指針となる「DXリテラシー標準」、DX推進人材として習得すべきスキルを可視化した「DX推進スキル標準」を取りまとめるなど、デジタル分野の人材不足の解消に向け本腰を入れ始めている。
政府は〝影〟に対する戦略的投資として、個人のリスキリング支援のため五年間で一兆円を投じる方針を発表し、スキルのアップデートに対する社会ニーズが強まっている。企業においても、社内研修を通じて社員全員をデジタル人材に育成しようとする動きが広まっており、人材不足に対する充足が進みつつある。とはいえ、いくら人数的には足りていても、会社が求めるスキルが足りていなければ意味がない。ますます高度化するデジタル技術に適応できる人材をどれだけ育成できるかがカギを握る。
「自社がDXを通じて何を目指すのか」というビジョンからDX戦略を描き、実践すべき改革テーマへ落とし込むメソッドを提言します。