1. はじめに
デジタル技術の急速な進化により、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進は待ったなしの状況です。しかし、多くの企業がその重要性を認識しながらも、具体的な戦略や実行計画の策定に苦慮しています。経営者はどのようにDXを推進し、データ利活用企業へと変革していくべきでしょうか?本稿では、デジタルガバナンスコードに沿って、経営者が主導すべきDX推進のポイントを解説します。
2. 企業価値を高めるためのデジタルガバナンスコード活用
2.1 DXを実現するデータ利活用企業
まず、DXとデータ利活用企業について明確に定義しておきましょう。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、単なる業務効率化やペーパーレス化ではありません。経済産業省の定義によると、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とされています。
一方、データ利活用企業をタナベコンサルティングでは、「自社の競争力を高める明確な戦略を持ち、デジタルデータを活用するための組織、人材、およびITシステムの基盤に投資している企業」と定義しています。具体的には、以下の4つの特徴を持つ企業です。

1. 戦略と連動したITシステム基盤を構築している
2. データ分析・活用のための専門人材を育成・確保している
3. 組織全体でデータドリブンな意思決定を行う文化が根付いている
4. 顧客や市場のニーズに迅速に対応できる柔軟な体制を整えている
では、なぜ今、企業のデジタル化が避けられないのでしょうか?主に2つの理由が挙げられます:
1. IPAの「DX動向調査2024」によると、全社または事業部単位でデータ利活用を進めている企業は、DXの成果を実感している割合が高くなっています。つまり、データ利活用を通して競争力を高めているライバル企業が増加している可能性が高いです。
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2. 生産年齢人口の減少 2022年の統計によると、2020年比で2030年には934万人の労働人口が減少すると予測されています。人手に頼った従来の業務のやり方では、企業の存続自体が危ぶまれる状況になりつつあります。
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このような状況下で企業が生き残り、成長していくためには、データ利活用企業への変革が不可欠です。では、具体的にどのように変革を進めていけばよいのでしょうか?
2.2 デジタルガバナンスコードに基づくDX推進
経済産業省が2020年に発表し、2024年に改訂されたデジタルガバナンスコードは、企業がDXを推進する上での指針となるものです。このコードは3つの視点と5つの柱で構成されており、経営者が取り組むべき事項を明確に示しています。
【3つの視点】
1. 経営ビジョンとDX戦略の連動
2. AsIs-ToBeギャップの定量把握・見直し
3. 企業文化への定着
【5つの柱】
1. 経営ビジョン・ビジネスモデルの策定
2. DX戦略の策定
3. DX戦略の推進
4. 成果指標の設定・DX戦略の見直し
5. ステークホルダーとの対話
ここでは、特に重要なポイントについて詳しく解説します。
2.2.1 経営ビジョンとDX戦略の連動
デジタルガバナンスコードでは、「経営ビジョンと表裏一体で、その実現を支えるDX戦略を策定し実行することが不可欠である」と明記されています。つまり、DX戦略は単独で存在するものではなく、企業の経営ビジョンや事業戦略と密接に結びついていなければならないのです。
具体的なアプローチとしては、以下のようなステップを弊社では推奨しています。
1. 経営ビジョンの明確化:自社が目指す将来像を具体的に描く
2. 事業戦略の策定:ビジョン実現のための具体的な戦略を立てる
3. DX戦略の策定:事業戦略を支援・強化するデジタル技術の活用方法を検討する
4. 重点施策の設定:DX戦略に基づく具体的な施策を決定する
5. KPIの設定:各施策の効果を測定するための指標を定める
例えば、西松建設株式会社の「西松DXビジョン」では、企業ビジョンとDX施策の関連性が明確に可視化されています。このように、自社のビジョンや戦略とDXの取り組みがどのように結びついているかを、社内外に分かりやすく示すことが重要です。
DX戦略を検討する際の視点としては、弊社では以下の5つの軸を使って整理をします:
1. ビジネスモデル:新たな収益源の創出や顧客体験の向上
2. HR(人的資本):ピープルアナリティクスに基づく最適人的資本管理
3. マネジメント:経営の可視化や意思決定の迅速化
4. オペレーション:業務プロセスの効率化や自動化
5. マーケティング:顧客理解の深化やパーソナライゼーション
これらの軸に沿って、自社の現状と目指すべき姿のギャップを分析し、優先的に取り組むべき領域を特定していくことが効果的です。
2.2.2 DX戦略の推進(組織体制)
デジタルガバナンスコードでは、「企業はDX戦略の推進に必要な体制を構築すると共に、外部組織との関係構築、組織設計・運営の在り方を定める」ことが求められています。
具体的には、以下のような取り組みが重要です:
1. DX推進専門の組織の設置:組織図上で明確に位置付けられた専門部署の設置
2. 外部リソースの活用:システム開発ベンダーだけでなく、オープンイノベーションパートナーや外部アドバイザーとの協業
3. 責任者の明確化:CDO(Chief Digital Officer)やCIO(Chief Information Officer)などの役職の設置
4. 経営層の積極的な関与:取締役会や経営会議での定期的なデジタル技術に関する情報交換
実際のコンサルティングの現場で話を聞くとDX推進組織の形態としては、主に以下の5つのパターンが見られます。
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1. 経営企画部門型:経営企画部内にデジタル推進担当を配置
2. IT部門型:情報システム部門内にDX推進機能を持たせる
3. 事業部門型:各事業部にデジタル担当を配置
4. デジタル化推進部門型:DX推進部やDX本部などの専門部署を新設
5. デジタル部門独立型:情報子会社内にDX推進機能を持たせる
どの形態を選択するかは、企業の規模や業種、DXの進捗状況などによって異なりますが、重要なのは、全社横断的に推進できる体制と十分な権限を持たせることです。
2.2.3 DX戦略の推進(デジタル人材の育成・確保)
デジタルガバナンスコードでは、「企業はDX戦略の推進に必要なデジタル人材の育成・確保の方策を定める」ことが求められています。
具体的には、以下のような取り組みが重要です:
1. デジタルスキル標準(DSS)の活用:自社の人材要件を明確化し、必要なスキルを特定する
2. 社員のスキルの可視化:現状のスキルレベルを把握し、育成計画を立てる
3. 役員・管理職の積極的な関与:トップダウンでのデジタル人材育成の推進
4. 適正な評価制度の整備:デジタルスキルを持つ人材を適切に評価・処遇する
5. キャリアパスの明確化:デジタル人材のロールモデルを示し、成長の道筋を示す
デジタル人材は、以下の5つのタイプをバランスよく配置することが重要です。
1. ビジネスアーキテクト:ビジネスとITの両方を理解し、全体最適を設計できる人材
2. デザイナー:顧客体験を中心に据えたサービス設計ができる人材
3. データサイエンティスト:データ分析から洞察を導き出せる人材
4. サイバーセキュリティスペシャリスト:情報セキュリティを確保できる人材
5. ソフトウェアエンジニア:システム開発・運用ができる人材
これらの人材を社内で育成するだけでなく、外部からの採用や協業も視野に入れて、柔軟に対応することが求められます。
2.3 DX戦略の推進(ITシステム基盤の整備)
DXを推進する上で、適切なITシステム基盤の整備は不可欠です。弊社では、「攻め」と「守り」の両面からITシステムとサイバーセキュリティの整備を重視しています。
【攻めのITシステム基盤】
1. データ統合と可視化:散在するデータを統合し、経営に活用できる形で可視化する
2. システム全体像の整理:業務フローとシステムの関係を明確にし、データ連携のボトルネックを特定する
3. BI(Business Intelligence)ツールの導入:必要なデータを迅速に分析・可視化できる環境を整える
4. AIツールの戦略的導入:目的・課題の明確化→概念検証→実装・運用→効果検証のサイクルを回し、業務効率化のインサイトを得る
【守りのITシステム基盤(サイバーセキュリティ)】
1. 技術的対策:最新のセキュリティソフトやファイアウォールの導入など
2. 組織的対策:セキュリティポリシーの策定と従業員教育の実施
3. 物理的対策:入退室管理やデバイスのセキュリティ強化
これらの基盤整備には相応の投資が必要となります。IT投資の目安としては、売上高の1〜3%程度が一般的とされています。ただし、業界や企業規模によって適切な投資額は異なるため、自社の状況に応じて判断する必要があります。
3. データ利活用企業の実現には経営者のリーダーシップが必須
DXの推進は、もはや企業の成長戦略の中核を成すものとなっています。経営者は、デジタルガバナンスコードを指針としながら、自社のビジョンとDX戦略を連動させ、適切な組織体制を構築し、人材育成とITシステム基盤の整備に取り組む必要があります。それに加えて、自社の取り組みをステークホルダーに発信していくことが必須であり、DX認定制度などを活用したブランディングを行うことも重要です。

・データ利活用で、「勘」に頼らないダッシュボード経営へ
・DXレベル表でわが社の「現在」と「目指す姿」を明確に など

