1.中小企業におけるDXの現状
(1) 中小企業におけるDXの重要性
人口減少は日本全体における問題であり、DXは大企業だけでなく中小企業にとっても重要な経営課題となっています。むしろ、1人当たりの生産性が業績に大きく影響する中小企業の方が、DXの重要度は高いと言えます。既存のアナログ的・属人的な業務から脱却し、業務効率や生産性の向上を図る事ができなければ、生き残る事が難しい環境となっています。
(2) 中小企業におけるDX実装レベル
一方で中小企業の実態を見ますと、場当たり的なデジタル化や部門任せのデジタル施策に留まってしまい、全体的なDX戦略は推進できていない企業がほとんどとなっています。
タナベコンサルティングが実施したデジタル経営に関するアンケートを見ると、DXの取り組み進捗度に対する自社評価は、「全体的にまだ不十分」の回答が30.3%も最も多く、「全社的に高度に推進」できている企業は11.3%とまだまだ引く状況となっています。一方で、「一部または複数の"業務"でデジタル活用できている」とした回答が合計で46.6%と半数近くに迫っていることから、デジタル活用度そのものは徐々に高まっているのも事実です。
同アンケートの、DX戦略の推進状況の自社評価では、「部門別のデジタル方針・施策で運用」「デジタル施策は場当たり的」がともに23.5%で計47.0%と半数近くを占め、全社的なDXの方向性・戦略の策定には至っていないことが推察されます。
DXは単なるIT化、デジタル化ではありません。経済産業省では『DXレポート2』にて、DXの定義を「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立する」としています。要は「デジタル技術を活用して、企業の競争力を高める」ことこそがDXであり、部門任せのデジタル施策や場当たり的な取り組みでは不十分なのです。
(3) 中小企業でDXを阻む問題
なぜ、中小企業ではDXが進まないのでしょうか。実際に中小企業の経営者やシステム提供を行っているベンダー各社にヒアリングをしていくと、中小企業でDXが進まない問題点として下記の3つが見えてきました。
①導入優先・目的不在問題
本来、DXとはデジタル技術の導入により経営課題を解決し、経営戦略を実現、業績を向上させる、という「手段」です。しかしながら、特に中小企業においては、日々進化を続け、多種多様となっている各種のデジタル技術の特徴や優劣を見極め、自社の経営課題解決に向けたシステム全体像を描く、ということができる人材はほぼいないと言って良いでしょう。そのため、ベンダー各社の営業担当者や業務改善プロジェクトのリーダーから薦められるがまま、部分最適のシステム導入を進めてしまうケースも少なくありません。
その結果、本来は業績向上を実現するための「手段」であるはずのデジタル技術を導入すること自体が「目的」となってしまい、様々なシステムが実装されたものの経営課題の解決は進まず、システム自体が形骸化し、単純にコストを増加させることにつながってしまうのです。
②推進・運用計画の未整備問題
目的と手段を正しく認識できているケースでも、必ずしもDXが進むとは限りません。特にDXを通じて解決を図りたい課題が大きければ大きいほど、どこから着手すべきかが分かりにくくなるものです。推進計画を整備せず、アレもコレもと手を出せば結局どれも中途半端になってしまいます。
またシステム導入後の運用段階でも、「どのような目的(利活用)のために、どのようなデータを、どのタイミングで抽出・分析するか」といった運用計画が整備されていないと、本来の目的通りには運用できなくなってしまいます。実際に、システムに蓄積された膨大なデータを利活用できず、費用対効果を押し下げている企業も少なくありません。
いずれの問題も、大手企業のようにDX専任者や専任チームを置くことが難しく、兼任者が片手間に進めざるを得ない、という中小企業独特の事情も影響しています。
③経営陣の認識不足問題
中小企業では、DXについての正しい認識やデジタル技術に対する理解ができている経営者・幹部はまだ少なく、DXへの投資自体が行われないケースも少なくありません。
その原因は、経営陣が不勉強というケースも一部ありますが、最も多いのは、現実に多くの中小企業が上記①②のような問題を発生させているため、経営陣の中でDXが、「手間もコストも増え、かえって業務効率を落とす手段」や「費用対効果の悪い管理部効率化の手段」、あるいは「大企業のように資金も人材も潤沢な企業だけが取り組める手段」という間違った捉えられ方になっていることにあります。
中小企業には中小企業に合った、DX成功のポイントがあります。大手とは違った中小企業ならではのDXの進め方を、経営陣が理解し、間違った認識を無くすことが重要です。
2.中小企業におけるDX成功のポイント
中小企業におけるDX成功のポイントは、一言でいえば「着眼大局・超着手小局型DX」であり、大きく分けると「目的の明確化」・「推進計画確立」・「運用体制確立」の3ステップで進めていきます。(1) 目的の明確化:DX戦略の立案
成功するDXの第一ボタンは、何のためにDXを行うのか、という「DXビジョン」と、サプライチェーン・バリューチェーンでどのような変革を進めたいか、という「DX戦略」を立案し、目的を明確化することです。
経営戦略の実現に向けて、ビジネスモデル・マーケティング・マネジメント・HRの4セグメントで、現状の問題点とあるべき姿を明確化します。
DX戦略を推進する際、特に具体的なシステムを検討する段階になると、各論に入り過ぎてしまい目的を見失いがちになります。第1ステップとしてDX戦略を明確化することはもちろん、その後も定期的にこの目的に立ち返る事が、成功のポイントと言えます。
(2) 推進計画確立:成果実感を早める迅速かつ超着手小局
続いては実装を進めていく推進計画の立案です。中小企業では、迅速なクイックスタートおよび超着手小局のスモールスタートを行う事で、成果が実感できるまでのスピードを上げることが重要となります。
仕組みさえ整えれば浸透・推進が進む大企業と違い、中小企業では仕組みが整っても浸透・推進が進むとは限りません。中小企業でDXを進める際に特に注意する点は、「成果が実感できないとその後の社内浸透が進まない」という点にあります。
そのため、各施策の「効果スピード」を最優先に優先順位をつけ、更にモデル部門やラインを絞って実装を進めるという「超着手小局」の推進計画を立案していくことが、DX成功の2つ目のポイントとなります。
(3) 運用推進体制確立:正しく利活用するルールづくり
最後は、「DXビジョン」・「DX戦略」を実現し、業績が向上するまで、正しくデータを利活用させる運用推進体制を確立します。その際のポイントは、目的に沿って「どのデータ」を「どのタイミング」で「どのように利活用するか」を明確にしておくことです。
ここが明確でないと、運用段階になった途端「単に入力作業ばかり増えた」という状況に陥りやすいのです。会議体や関連制度と連動させ、蓄積されたデータを活かし「業績が変わったか・戦略は実現しているか」や「次にどんな手を打つべきか」を検討するPDCA体制を確立する事が、DX成功の3つ目のポイントとなります。
3.中小企業DXの事例
実際にこれらのステップでDXを進められた事例を紹介しましょう。(1) 製造業A社:中期経営計画の推進力を上げるダッシュボードマネジメントの実装
①A社の抱えていた問題:前中計推進体制の推進力不足
A社は以前より、トップダウン型の経営スタイルからの脱却を図り、社員を巻き込んだ中期戦略立案プロジェクトを進め、業績向上に向けた取り組みに意欲的に着手しておられました。
しかしながら、現実には中期戦略はなかなか進まず、業績も今一つ向上できずにいました。その原因は、中期戦略を立案したものの幹部陣の意識が低く、日常業務優先になってしまい、重点施策がほとんど実行できていなかったことにありました。
そこで次の新中期戦略の立案後、DXによる推進力向上策が検討されました。
②DXの3ステップ
A社では3ステップに沿って、初めにDX戦略を検討されました。
中期戦略の実現に向けた問題点を洗い出すと、幹部陣の意識の低さの原因は、日常業務やマネジメントの仕組みが中期戦略と紐づいておらず、会議前に慌てて報告資料を作成している状態で、対策も何も考えられていないことにある、と分かりました。
そこで「リアルタイムKPI管理による迅速意思決定で中期戦略を実現する」をDXビジョンとし、ダッシュボードマネジメントを実装したPDCA体制を構築していく事を決めました。
次に超着手小局の推進計画では、モデル部門を決めKPIの再設定から着手しました。ダッシュボード管理を行うため、定性指標や抽出方法が不明確な指標は全て見直し、また各課で多くても3項目以内になるよう、絞り込みを行いました。その上で、個々人の負担をなるべく軽減できるよう、これまで紙やExcelで入力していたものがシステムへの入力に変わった、という程度の変化になるようにシステムの全体像を検討しました。
またより早く効果を実感できるよう、ミドルウエアであるkintoneを活用した簡易なダッシュボードを導入しました。さらに、全てのKPI抽出体制を整えてから運用を始めるのではなく、一部のKPIでもダッシュボード管理ができる目処が立った時点で試験運用を開始しました。
その結果、早い段階でKPI推移が見える化され、経営陣だけでなく社員も効果を早くから実感でき、更なる改善に向けた意見が多数挙げられました。
最後に運用計画として、日々の報告ルールと会議の型決めを行い、他部署展開の計画まで立案しました。個人、役職者、幹部陣の誰が、いつ、どのフォームで、どのような報告を行うことで、どのようにダッシュボード管理されるか、を体系化し周知徹底させました。会議では、これまでの現状の詳細報告は省略し、中期戦略の達成度報告とその理由としてKPIの推移報告(ダッシュボード活用)、最後に次月以降の対策報告(KPIと連動した具体策)をする形式となりました。
③成果:KPIを常に意識したPDCA体制の確立
3ステップでDXが進んだことで、個々人は以前と変わらないような感覚で報告を挙げるだけで、戦略推進上必要な情報はリアルタイムで把握できるようになりました。幹部陣もダッシュボードを確認するだけで中期戦略の推進状況やボトルネックが歴然とするため、意識レベルが向上し、打ち手も早まっていきました。
またこれらのデータやダッシュボードの仕組みは、「製造品質を維持向上させる仕組み」として顧客へ見せていく事で、企業の競争力にもつなげておられます。
今後の運用継続と全社展開で、新中期戦略は着実に推進されていくでしょう。
4.中小企業がDXを成功させるポイント(まとめ)
以上の内容を踏まえまして、中小企業のDXが成功するポイントをまとめたいと思います。
「着眼大局・超着手小局型の3ステップでDXを進める」
ステップ1:DXビジョン・DX戦略を確立します。何のためにDXを行うのか、という全社視点・経営視点で見た、着眼大局の目的を明確化し、手段優先に陥らないようにします。
ステップ2:超着手小局型で推進します。資源に限りがある中小企業だからこそ、モデル部門を決めたスピード推進で、早期に成果実感できるかどうかが、その後の全社展開の成否を決めます。
ステップ3:データを利活用するPDCA体制をつくります。データ利活用のルールを決め、全社展開を進めていくことで、ビジョン・戦略を実現するまで改善を継続させます。
以上の3ステップで中小企業に合ったDXを進め、企業の競争力向上に取り組まれてはいかがでしょうか。
企業における「デジタル経営」を把握し、今後の企業の成長発展に向けた取り組みへの参考情報としてご活用ください。