本コラムは、ダイヤモンド社発行の「DX戦略の成功のメソッド~戦略なき改革に未来はない~」の第3の抜粋記事です。
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経済産業省が2022年9月に改訂した「デジタルガバナンス・コード2・0」によると、「組織づくり・⼈材・企業⽂化に関する⽅策」について、次のように記述している。
企業は、デジタル技術を活用する戦略の推進に必要な体制を構築するとともに、組織設計・運営の在り方について、ステークホルダーに示していくべきである。その際、人材の育成・確保や外部組織との関係構築・協業も、重要な要素として捉えるべきである。
そして経済産業省とIPAは同年12月に、個人の学習や企業の人材育成・採用の指針である「デジタルスキル標準(DSS)」を発表。第1章で述べたように、経営トップも含めたすべてのビジネスパーソンが身に付けるべき能力・スキルである「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材の役割や習得すべきスキル標準である「DX推進スキル標準」にスキル体系が大別されることとなった。
「DXリテラシー標準」が、DXを自分事として捉え、変革に向けて行動できるようになるというデジタルの基本、きっかけづくり的要素であるのに対し、「DX推進スキル標準」は、DXを推進する人材の役割や習得すべき知識・スキルを示し、それらを育成の仕組みに結び付けることで、リスキリングの促進、実践的な学びの場の創出、能力・スキルの見える化を実現することを狙いとしている。前者が全社員対象、後者が特定のプロジェクトメンバーに求められるスキルと換言することもできる。
DX推進スキル標準では、DX推進人材について「ビジネスアーキテクト」「デザイナー」「データサイエンティスト」「ソフトウエアエンジニア」「サイバーセキュリティ」という5つの類型に分けて定義している【図表3‐4】。
これら5つの類型は、企業や組織がDXを推進していく上で必要な主な人材を定義付けたものである。もちろん、企業や組織の状況、プロジェクトの性質、また時代の変化などによって機能や役割は異なってくるため、必ずしもこれらの定義に準拠する必要はない。重要なことは、戦略設計、アクションプランデザイン、データ解析および新たな知見の創出、ソフトウエア最適化、セキュリティーマネジメントといった人材類型に即した機能を、「社内外のリソースでデザインすること」である。5つの機能の一つが欠けている場合、そこに綻びが生じている危険性が高い。
ここでは、5つの類型のなかで「ビジネスアーキテクト」に着目し、そのリーダーシップについて考察する。
ビジネスアーキテクトに期待される役割として、DX推進スキル標準では「デジタルを活用したビジネスを設計し、一貫した取組みの推進を通じて、設計したビジネスの実現に責任を持つ」「関係者をコーディネートし、関係者間の協働関係の構築をリードする」と定義している。ただ、同標準では個別の製品・サービスや業務単位でのDXを想定し、全社的なDX推進の組織づくりや人材育成までは定義していない。したがって本書では、そうした全社のDX推進リーダーシップを発揮する人材について「DXリーダー」と定義し、その役割を掘り下げていく。
DXリーダーが具備すべき条件としては、大きく「戦略・組織構築力」と「社外連携・活用力」の2点である【図表3‐5】。
まず、図の右上の象限である「自社による戦略策定」においては、対象となる事業・サービス、業務などを明確にし、デジタル技術によりその課題解決を図るロードマップと体制、投資回収計画を立案する。また、重要なのはトップコンセンサスだ。中期的に大きな投資が発生する場合、その投資判断の必要性と回収計画の蓋然性、役員陣の協力体制、プロジェクトへの裁量など、経営判断に関わるプレゼンをトップに行う主体は、DXリーダーである。
次に、右下の象限の「自社での推進・ツール活用」である。DXは局所的であってはならない。関係各所に対する社内横断型の啓蒙活動や業務上協力・協働が発生する部門との合意形成、取り組みを通じたDXカルチャーの醸成、デジタルリテラシーの底上げへの貢献など、組織を動かし成果を出すことが期待される。またDX推進プロジェクトのゴール、すなわちKGI・KPIの達成に向けたプロジェクトマネジメント力も求められる。
そして、左上の象限の「戦略策定アドバイザリー」とは、外部のプロフェッショナル人材を自社に取り込む力である。DXビジョンの構想や中期DX戦略の立案、またマーケットの状況や競合会社の調査・分析といった上流工程の専門家を活用する。日本企業は概して上流の戦略機能を内製化する一方、下流の戦術機能では外製化を進めるという使い分けを行う傾向が見られるが、DXに関しては経営陣にとっても未知の部分が大きいだけに、〝脱自前主義〟は欠かせない。社内の知恵にこだわらず社外のプロが持つ知恵も積極的に駆使すべきである。
また、左下の象限の「実装段階のパートナー」とは、社内の情報システム部門や企画機能から導出されたパートナー候補との折衝・交渉・選定・連携に関わる主体という意味である。実装段階でのパートナーは、システム開発を請け負うSIer(エスアイアー=システムインテグレーター)、ソフトウエア・ハードウエアなどのベンダー、またセキュリティーエンジニアなどである。こうした外部パートナーがバラけるリスクについては「5つの障壁」で触れたが、DXリーダーがそのハブ(つなぎ目)として戦略実行パートナーを選定する体制を組むことで、自社のペースでDXを推進することが可能になる。
DX推進体制について、カルチャー、推進組織の在り方、リーダーが具備すべき条件などについて解説してきた。DXによって実現したい未来像や解決したい課題は企業によって異なるが、これまで培ってきたカルチャー、成果を創出してきた組織、そして社内外の人材リソースもまた、企業によって千差万別である。ぜひ、自社の特性を踏まえたカルチャー、組織体制、そしてDXリーダーの選定・指名をトップマターとして実践いただきたい。
「自社がDXを通じて何を目指すのか」というビジョンからDX戦略を描き、実践すべき改革テーマへ落とし込むメソッドを提言します。