目指すは電気工事業界のレアル・マドリード。
電気工事業界全体の社会的ポジションの向上も視野に入れた採用マーケティング・ブランディング戦略強化で「若く成長意欲が高い仲間集め」を推進
創業1914年の錦戸電気は、2014年、ちょうど100周年を迎えるタイミングで大滝力緒氏が代表取締役社長に就任しました(以下、大滝社長)。大滝社長は、苫小牧で圧倒的な No.1 になることを掲げて成長してきました。また、会社としては初のM&A戦略も推進し、今では清水電設株式会社、株式会社吉本電業社をグループ傘下に加え成長、北海道EFホールディングスの代表も務めています。
社内外の誰もが、北海道の企業として誇りを持てる会社を目指すと公言する大滝社長。そのために力を入れているのが採用マーケティング戦略です。業界全体の高齢化、技術者不足、働き方改革による現慣習のアップデートなど、課題が山積ですが、次世代を担う人材の積極採用、挑戦の場の提供、風通しの良い社風づくりなど、理想のチームづくりをするため精力的に取り組んできました。
本稿では、錦戸電気の採用マーケティング戦略強化の進め方の軌跡や、今後目指すビジョンなどをご紹介します。
1.目指すは"ホワイトな"「電気工事業界のレアル・マドリード」
成長路線を歩む企業ならではの採用戦略上の課題および対策とは?
(1)「レアル・マドリード」を理想の在り方に据えたチーム戦略
レアル・マドリードは、数あるグローバルサッカーチームの中でも非常に知名度が高いチームですが、大きな特徴として、「チームメンバー全員が主役級の実力を持っている」という点が挙げられます。不足機能をチームワークで補うのではなく、そもそも各選手が自分のポジションを実力の不足なく務めあげることができ、そのなかで対戦相手に合わせて個々の個性を生かしたチーム編成や戦略が組み上げられます。
錦戸電気が理想のチームとして掲げ、「電気工事業界のレアル・マドリード」というマーケットポジションを狙うことは、苫小牧No.1企業、ひいては北海道の誰もが誇れる企業を目指すという大滝社長のビジョンを実現することを考慮すると、わかりやすく理にかなった着眼点といえるでしょう。
(2)成長段階でのブラックな働き方が、現在の採用戦略に消えない傷跡を残す
錦戸電気は、苫小牧市内建築物(木造・公共工事以外)の電気工事施工シェア苫小牧No.1、一次下請率99%、取引者数約50社中約20社が大手ゼネコン等の実績を実現しています。社員一人ひとりの実務領域も広く、パートナー企業含めて現場の対応力が高いことから、取引先からの評価は高く信頼を勝ち取っており、それは入札成功率にも表れています。
しかし現在の姿を獲得する前の段階では、ブラックな働き方が常態化した時期があったことも事実です。時代背景的には時間外労働が当たり前の業態でしたし、売上という数字目標の達成が、社員一人ひとりの経済的豊かさに直結することを肌で感じ取りやすい成長段階にありました。今であれば眉をひそめられるような無茶な働き方をしても、社内一丸となって同じ目標を追うことが自然にできており、苦楽をともにすることで団結力が培われた時期です。結果的に同業他社を寄せ付けない強さを獲得したことで、同業者からブラック企業と揶揄されることが増えました。それが尾を引き、同業他社からの転職者という即戦力人材の採用応募数が減少する事態に発展。採用戦略上の課題としては、「同業他社によるネガティブキャンペーン効果が払しょくできない」という珍しいパターンです。この課題が、長きに渡って解決できていませんでした。
(3)子供の学校行事は100%参加推奨!目指すは"ホワイトな"「電気工事業界のレアル・マドリード」
錦戸電気の採用サイトはタナベコンサルティングにて制作していますが、採用サイト構築の際に採用ブランド戦略をご一緒に検討しました。その際、現在の錦戸電気が、社長自ら子供の学校行事の参加率を100%にすべく社員に声掛けをしたり、仕事とプライベートの両立を図る考え方に賛同的であるなど、実態がかつての昭和的・平成的なブラック企業の内情とはまったく異なる社風を形成していることに驚いたものです。「企業は人が財産、特に今は業界全体が若手人材不足であり、彼らの価値観を上が理解して活躍の場をつくってあげないことには、遅かれ早かれ会社が潰れてしまう」。大滝社長は、ご縁をいただいてからというもの、何度となくこの健全な危機感ゆえのご発言を繰り返していらっしゃいますが、言葉だけで終わらず、自ら先頭に立ち社内を巻き込む実践者でもあります。採用ブランド戦略において、採用ブランド力が高い企業(社員が社員を呼び、同志の発掘を促す仕組みや情報発信網が形成されている企業)になることを目的とするならば、間違いなく社長の先見性の高い視点や考え方を体系化する必要がある、と即断しました。結果、採用ブランドコンセプトは"ホワイトな"「電気工事業界のレアル・マドリード」を目指す、に決定。採用サイト上では、「錦戸電気ブランド」「ヒトでわかる錦戸電気」というページを中心に、社長の人に関する経営哲学が伝わりやすい構成になっています。
■錦戸電気 採用サイト
https://www.nishikido.jp/
■錦戸電気採用サイト|錦戸電気ブランド
https://www.nishikido.jp/brand/
■錦戸電気採用サイト|ヒトでわかる錦戸電気
https://www.nishikido.jp/fact2/
2.採用ターゲットは「若くて意欲高めな二次新卒の男性人材」
最も競争率が高い採用ターゲットの応募率を高めるための採用戦略シナリオ
(1)社内対策①:
人材不足に対する健全な危機意識の浸透と現場でもできる人材募集対策をセットで提供
大滝社長が先見性の高い健全な危機意識を持っていることは前述したとおりですが、多くの場合、社員が同じレベルで危機意識を持つことは稀です。しかし、電気工事業界という広いようで狭い業界では、実態として、現場の技術者や施工管理者本人が、何につけ一番の広告塔として機能する側面があります。例えば、施主や発注主と打合せをする機会が多い施工管理者は、その働きが会社の評価に直結する場合が多いですし、パートナー企業との連携業務をうまく取りまとめるリーダークラスの技術者は、パートナー企業からの信頼も厚く同業者からも一目置かれます。彼らが自身の繋がりの中で、求職希望者の相談に乗る際に、「錦戸電気で一緒に働いてみないか?」と言えるかどうかは非常に重要なポイントです。彼らは無理にヘッドハンティングすることはありません。あくまでも、現状の職場環境では自身の理想のワークライフバランスを実現できないと悩んでいたり、自身が経験したことのない規模の工事に携わりたいなど挑戦意欲を燃やしている知人の相談に乗るケースがほとんどです。
その際、自信と誇りをもって、「錦戸電気なら大丈夫、一度来てみる価値はある」と言えるかどうか、そしてその推奨行為が、相談者にとっても会社にとっても良い結果になると確信できるかどうかが重要です。採用ブランド力が強い企業の分水嶺であると言っても過言ではありません。錦戸電気では、その一言を社員全員が言えるような環境づくりを目指し、採用向けの情報発信ツールを充実化させ、情報発信コンテンツのクオリティアップを目指しています。また、推奨者のモチベーションを高めるために、採用面接実施、採用決定の二段階で褒賞がもらえる制度を導入しています。導入初年度でさっそく制度を利用し、会社、入社者、推奨者の三方良しを実現した若手社員もいるほどです。
(2)社内対策②:
採用向けSNS動画コンテンツの内製化を促進。全員参加型動画コンテンツの制作を通じて社内の協力意識を強化
SNSアカウントは、ただ開設しているだけでは採用情報発信媒体の役割は果たしません。採用ターゲットの関心を惹き、企業に対する期待値を高め、新着情報の通知がきたら思わず見てしまう状態を作り出す、いわゆる「採用広報装置としての機能」を果たすためには、「時間をかけて採用SNSアカウントとして育成する」目線が必要不可欠です。育成されたSNSアカウントは、関係のない業態でも評判になり、閲覧数やフォロワー数が伸びます。数値実績に応じて、本当に欲しい採用ターゲットにリーチしやすくなり、1つの投稿をきっかけにアカウントを知ってもらうことができます。闇雲に数値実績を伸ばすことは、必ずしもアカウント運用目的とはいえません。採用ターゲットが知らぬ間に自社アカウントの存在を認識し、アカウントで発信される情報に触れる頻度が増え、いつまにか転職時の選択肢として自社が上位に食い込むという状況を作り出すこと。そのための情報戦をどのように戦うべきか、その戦いに勝算を見出すためにはどのような取り組みが必要か、これを戦略シナリオ的に整理することが、採用マーケティング戦略です。
採用マーケティング戦略の要となるのがコンテンツ戦略ですが、とはいえ、SNSコンテンツを内製化し、定期的に情報更新する社内機能は、多くの電気工事事業会社は持ち合わせていません。錦戸電気も例に違わず同様です。本腰を入れて推進するためには、社内に基礎土壌を築き、耕し、小さな芽ぶきを丁寧に育て、育った花を社内全体で褒めるというサイクルを埋め込むことが必要ですが、そのためには中長期視点で取り組む経営的視座が肝要です。
錦戸電気では、まずは「採用向けSNS動画を内製化できる体制をつくろう」という目標からスタートしました。動画シナリオを考案することができない(コンテンツプランナー不足)、動画撮影ノウハウを持っていない(カメラマン不足)、当日撮影をリードする人がいない(撮影ディレクター不足)、動画編集ができない(編集者不足)など、あらゆる機能が不足の状態からのスタートです。いざ、今後のスキルアップを期待して担当者を任命しても、任命された側のプレッシャーが非常に大きく、常に自信のなさや不安との闘いです。しばらくは、タナベコンサルティングが種々の機能を代行しながら、担当者の対応範囲の拡張を促しつつ、定期的なケア面談を実施しながらの伴走支援となりました。
しかし錦戸電気の場合は、大滝社長によるトップダウンの推進力が強く、社員を演者として積極登用する流れを自然につくることができました。最初は照れて恥ずかしがる社員が多かったものですが、今は、演者としての役割や期待する動きを伝え依頼すると、快く協力してくれる社員が増えています。タナベコンサルティングとしては、撮影時に可能な限り「撮影協力すると楽しい、たまにはこのようなリフレッシュも良い、あの社員の知られざる一面がわかって興味深い」など、ポジティブな感情で参加してもらえるよう工夫しているのですが、その方針も功を奏した感触があります。
アカウント育成期間にはまだ入っておらず、動画コンテンツ作成およびアカウント投稿までの習慣化を進めている状況ですが、採用SNSチームとしてメンバーも増やし、チームとしての動きも連携が取れてきています。次なる目標である「採用広報装置としてSNSアカウントを育成する」に向かって推進できる土壌は整えることができました。少数精鋭が前提の中小企業であるからこそ、推進担当者の自信やモチベーションアップと機能の組織化を丁寧に進め、確実にステップアップする方向でチーミングしていく配慮が必要です。
■錦戸電気youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/@nishikido-denki
■錦戸電気Tiktokアカウント
https://www.tiktok.com/@nishikido_denki
3.社員同士の横の繋がり・縦の繋がりを強化する起爆剤としての採用活動
グループ全社で採用目標を共有し全社一丸となる機会を創出
(1)グループ経営強化のカギを握る、若手社員同士の横の繋がり、ベテラン社員との縦の繋がり
錦戸電気、清水電設、吉本電業社の三社がホールディングス経営を進める、北海道EFホールディングス。大滝社長は、創業初のM&Aを進めながら、ホールディング経営の盤石化・飛躍のためには、各社の次代を担う若手社員同士の横の繋がりが重要だと考えています。そのためには、三社に共通するメリットや実現したい姿など、三社が同じ立ち位置、目線で取り組める目標設定が必要です。その観点から採用活動は、グループ全社で推進するうえで共通の目的をつくりやすく、相互協力体制を組みやすい領域です。現在採用マーケティング戦略は、錦戸電気単独での活動として進めていますが、錦戸電気で成功パターンを見出すことができれば、各社への派生、あるいはグループ全体での波及と、次なるステップアップを見込みながら推進することが可能です。
いずれにせよ、採用活動のカギを握るのは、採用SNSチームの内製化・スキルアップと、情報コンテンツの主役を担う若手社員たちであることは間違いありません。そのためには、グループ各社の横の繋がりはもちろん、若手社員の活動の意義や効果を理解しつつ、後方支援役として温かいまなざしを持ちながら協力の手を差し伸べるベテラン社員との縦の繋がり強化が必須です。
(2)グループ会社が一丸となって「楽しみながら」継続できる、新しい採用活動の在り方を模索
採用活動は継続が命です。採用戦略として決まったことを、品質の向上を目指しながら継続することが最も成功の可能性を上げることになります。指示だから仕方なくやらされている意識が強い取り組みは、義務感が強く楽しみを見出しにくいため、採用活動の場合は特に向いていません。ましてや、社風や会社の雰囲気など、紹介文面では伝えきれない自社の魅力を伝えるのがSNSコンテンツだとしたら、やらされている意識が強い社員が演者として登場することはかえってデメリットになる可能性すら秘めています。
錦戸電気の社員の人柄や個性など、実際に接しないとわからない魅力を伝えるには、彼ら自身がSNSコンテンツの演者となることを楽しむ構図を実現する可能性があります。それには、経営者、作り手、演者、サポーターなど、すべての関係者が純粋に楽しむこと、そして先述したように、この会社に勤めていることが誇りであり、一緒に働く仲間を増やしたいという感情が溢れるような環境であることが理想的です。
いずれにせよ、従来の採用募集方法論として一般的だと思われていた方法を継続しても、以前ほどの効果が出ないことは明白です。1つは応募者の絶対数の減少、1つは情報量の増加が招いた自社認知度の相対的な低下、1つは働く選択肢の多様化が進んだことにより業務内容の比較対象の増加。これ以外にも複数の要因が重なり合い、各社の採用活動の成果が振るわない現象が常態化しつつあります。給与水準や福利厚生水準の向上は、採用効果として即効性があるものの、上位互換の競合が現れたときに対策として機能しなくなります。異なるアプローチとして、採用ブランド力の強化ならびに採用マーケティング戦略強化という選択をした錦戸電気ならびにHFホールディングスの採用動向については、今後も注目し続ける価値が大いにある事例です。
- 会社名
- 株式会社錦戸電気
- 所在地
- 北海道苫小牧市新明町1-1-8
- 設立
- 昭和23年9月29
- 代表者
- 大滝 力緒
- 売上高
- 20憶円
- 従業員数
- 45名(2023年7月時点)