人的資本経営に取り組む目的を明確にし、
くじけず測定・公表を続けよう

人的資本経営の定義
経済産業省は人的資本経営を「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義している。
人的資本という言葉は、人的資本開示の流れと共に日本に普及した。人的資本開示の動きを振り返ると、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、続く2022年には内閣官房・非財務情報開示研究会より「人的資本可視化指針」が発表された。さらに2023年には金融庁が人的資本に関する情報を有価証券報告書へ記載するよう義務付けている。
こうした一連の動きから人的資本経営への関心が一気に高まった2023年は、人的資本経営の「開示元年」だったと言えるだろう。情報開示が義務化されたことから、自社の人的資本を対外的にどのように見せるのかという「開示」の側面に関心が寄せられた年でもあった。そして2024年に入って多くの企業が人的資本の可視化に取り組み、本格的に人への投資を行う土壌がつくられていった。これを受けて2025年は、より本格的に人的資本経営を実践していく年になると考えられる。企業は2025年を人的資本経営の「実践元年」として捉え、人への投資を加速させ、人材の価値を最大限に引き出す取り組みを行う必要がある。

人的資本経営成功の定義
経営者にとって人的資本経営の成功の定義は、冒頭にも挙げた経産省の定義である「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」に集約される。つまり人的資本の価値を引き出す事により、中長期的な企業価値向上に繋げられているかという点だ。
企業価値向上を測定する方法は様々あるが、人的資本が関わる指標としてはROIC(投下資本利益率)が挙げられる。
企業価値向上のための経営指標については、こちらのコラムをご覧いただきたい。
ROIC経営とは?企業価値向上に向けたROIC経営の視点
ROICは投下資本回転率×営業利益率によって求められる。営業利益は売上・粗利率・販管費率によって決まるが、人的資本経営において重要なのは販管費率で、いわゆる人件費に関わる部分である。
当然、多くの業種で人件費が少なすぎることはリスクであり、市場価値から見て適性な水準が求められる。ではどのように適正な水準を求めればよいのだろうか。
人件費という指標は、企業規模が大きくなれば大きくなるのが当然であり、比較対象が限られる。そのためより抽象的な指標を用いる。代表的なものは労働生産性であり、その指標例は人的資本KPIとして、国際基準ISO30414に示されている。例えば一人当たりの生産高、間接人件費比率、正社員/非正規社員人件費比率等がある。
人的資本KPIの詳細については、こちらのコラムをご覧いただきたい。
企業価値を高める人的資本経営

人的資本KPI設定のステップ
人的資本KPIの設定については、次の手順を推奨する。
①自社が人的資本KPIを設定したい目的について整理する
②目的に沿った指標がないか「ISO30414」の指標を参照する
③候補となる指標が、自社で継続的に計測できるかを検討する
人的資本KPIの設定ステップの詳細についてはこちらのコラムをご覧いただきたい。
人的資本経営から考える人事KPIの設定ポイントとは

指標運用のポイントと取り組み事例
いかなる指標を運用する時にも重要なことだが、人的資本KPIの運用がいつの間にか立ち消えになってしまっては意味が無い。
指標運用のポイントは2点ある。
①運用体制を確立すること
②結果を公表すること
である。
運用体制の確立といっても特に難しいことはない。いつ・誰が・どのように測定し、どこに報告するかを明確にすれば良い。
結果の公表について、最も継続運用するために効果的なのは、毎年定期的に対外発表することだ。そうすることで改善のインセンティブが働くし、定期的に測定することが業務に組み込まれる。対外発表ができなくとも、社内で公表するだけでも継続運用にはプラスに働くだろう。
人的資本KPIを継続的に測定・公表している企業の事例として、ISO30414その他の指標を人的資本KPIとして設定している豊田通商を挙げる。豊田通商は2022年10月に国内の卸売業として初のISO30414認証を取得し、人的資本KPIの内容や実数値をHuman Capital Report 2022にて報告している。この取り組みはこのコラムの執筆時点である2024年まで続いており、数値が悪化している内容も含めて多数の指標が記載されている。
特に参考になるのが生産性指標である人的資本ROI、従業員一人当たりEBIT・利益であり、生産性指標を複数の角度から見ることにより、数字のマジックが起こらないように工夫されている。
さいごに
繰り返しになるが、人的資本経営を成功に導く指標の役割と運用のポイントは、人的資本経営の行う目的を明確にし、目的に合った指標を選び、毎年測定・公表することである。
人的資本経営は上場企業を中心に進んでおり、その内容はIRレポート、統合報告書、有価証券報告書などに記載されている。そのため自社に合う指標を選定する際には、まずは業界トップ企業の内容を参考にすると良い。
ただし、特に気を付けていただきたいのが、2022年の人材版伊藤レポートにおいては「人事KPIは自社の人事戦略から逆算して決めるべきであり、他社の真似をするものではない」と強調されていることだ。つまり、各企業が自社の目的や戦略に合わせて独自のKPIを設定することの重要性を強調しているのである。
まずは自社が人的資本経営に取り組む目的を明確にしていただき、ただの数字測定にならないよう進めていただきたい。
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この課題を解決したコンサルタント

タナベコンサルティング
HRコンサルティング事業部
チーフコンサルタント西野 陽
- 主な実績
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- 金融機関 経営幹部育成研修
- 金融機関 人事制度再構築コンサルティング
- 健康保険組合 人事制度再構築コンサルティング
- 医療機器メーカー 教育制度構築コンサルティング
- 電機メーカー系卸売業 人事制度再構築コンサルティング
- 検査機メーカー 人事制度再構築コンサルティング