中小企業におけるIT化の状況
(1)日本はIT化において周回遅れの状況
筆者は職業柄、海外勤務者あるいは海外勤務経験者の人と会話する機会が多いのですが、その人たちは総じて「日本のデジタル化は周回遅れ」と言います。
現金を持ち歩くのは日本人だけ、キャッシュレス対応が遅れている、まだFAXを使うのか、など聞けば聞くほど日本のデジタル化の遅れを感じます。
国際経営開発研究所(IMD)が2022年9月に発表した「世界のデジタル競争力ランキング2022」によると、日本は29位というポジションにいます。
このランキングにおいて日本は2020年に27位、2021年に28位と年々ランクダウンしています。なお上位3位にいるのはデンマーク、米国、スウェーデン。アジアをみると韓国8位、香港9位、台湾が位、中国17位となっています。日本はなぜ低ポジションなのでしょうか。
(2) 日本の中小企業におけるIT化の取り組み状況
2020年1月以降のコロナ禍により、日本企業の多くは強制的な時短勤務、テレワーク対応せざるを得ない状況が続きました。その結果としてオフィスにおいてはテレワーク環境の整備が進むなど一部でデジタル化は進みましたが、中小企業においては、いわゆるデジタイゼーション(アナログ作業をデジタルに置き換えること)やデジタライゼーション(デジタルで効率化、生産性向上を図ること)留まっている、といえます。これは"出来ることからコツコツと"という日本企業の特徴そのものではないでしょうか。日本人の多くは真面目で勤勉、コツコツ働き身を粉にしてまず出来ることから頑張ろうという体質であり、過去の延長線上にない変革は私たちの体質的に苦手なことの表れともいえるでしょう。
IT化が遅れる本質的な課題
日本企業のIT化が遅れる本質的な課題は、大きく3つに分けられます。
(1) 危機感の醸成不足
ひとつは経営者・幹部がIT化の遅れに対して危機感が薄いことです。総務省の「国勢調査」「人口推計、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」などによると、いま日本の人口は約1億2千4百万人。そして今から約30年後には約3千万人の人口減少が見込まれています。いまの近畿圏(大阪、兵庫、京都、滋賀、奈良、和歌山)の総人口が約2千万人なので、この近畿圏の人口が日本からごっそり居なくなる以上のインパクトがある数字です。
2050年に65歳以上人口が約4割となる超高齢化社会が到来すれば、今までと同等の生産量の担保や技術伝承が困難になることは明白です。
そうなった場合、事業を縮小せざるを得ない企業の増加に直結するため、早期にデジタル化を推進し省人化・省力化を図る必要があります。
こうした日本の未来予測に対して何も手を打たないと当然のごとく各企業の業績悪化を招くため、経営者・幹部は正しい危機感を持たなければいけません。
正しい危機感を醸成いただくうえでもうひとつ、2025年の崖問題はご存じでしょうか。
2025年の崖問題とは、経済産業省が警鐘を鳴らしている社会課題です。いまから2年後の2025年頃は、以下のような大きな問題が起こり得るということです。
①自社の基幹システムが古いまま(いわゆるレガシーシステム)だとDXを推し進める企業との差が大きくなり、自社の競争力が大きく低下する
②日本社会がこれからデジタル化の方向へと進む中、今のうちにIT(DX)人材を確保しておかないと、DXを推し進める企業との差が大きくなり、企業の競争力が大きく低下する
こうした経済産業省の警鐘に反応せず、放置しているとどうなるかというリスクも発信されています。デジタル競争の敗者、負け組にならないようにというアラームを国が鳴らしています。
(2)DXビジョンがないこと
日本企業のIT化が遅れるもうひとつの課題は、自社におけるDXビジョンを描いていない企業が非常に多いことが挙げられます。 経営者・幹部の方からよくお聞きするのは、以下のような内容です。
※タナベコンサルティング作成
いろいろなご意見がありますが、本質的には「自社におけるDXの方向性、目指す姿が定まらない」いわゆるDXビジョンを描いていないことに行きつくと考えています。自社のDXビジョン、つまりデジタル技術を活かしてどのようにビジネスモデルを変革したいか、どのような業務フロー、データフローを実現したいか、どのような働き方を実現したいか、こうしたビジョンをしっかり定めて現状とのギャップを推し量れば、IT化の課題や対策は自ずと見えてきます。
デジタルで何を実現したいか。難しい経営テーマでありますが、ここにしっかりと対峙することが必要です。
経営者・幹部である皆様が、こんな会社にしたい!こんなことで世に貢献したい!という夢を社員と共有いただくのが出発点となります。夢というのは出来るかどうかではなく、こうしたい!という意思ですあり、その意思共有が非常に重要なのです。
(3) ITリテラシーが圧倒的に不足
3つめはリテラシー不足です。たとえば製造業ではIoTという言葉がありますが、
IoTで実現できることは何か、ご存じでしょうか。IoTとはInternet of Thingsでの略称であり、工場設備をインターネットに接続し、それぞれの設備からデータを収集・分析して効率化を進めるもの、といった認識が大半かと思います。
しかし本来のIoTとはそれに留まらず、自社工場と他社工場、取引先とをデジタルでつなぐ、異業種企業とデジタルで繋がることで今までにないバリューチェーンを構築して革新的なビジネスモデルを創造しうるものです。
上記のように考えてみると経営者として事業者としてワクワクしてきませんか?ITリテラシーを高め、先端のデジタル技術で何をなしえるかといった情報により敏感になるとこうしたワクワク感はさらに高まります。
IT化のポイント
さて以上を踏まえてIT化のポイントをいくつかお伝えしたいと思います。
(1)自社のDXビジョンを定めること
デジタル技術で何を実現したいか、というビジョンを定めることが最も重要です。
自社は何をもって顧客価値を生み出すか、自社のバリューチェーン上どの工程でどのような尖がった差別化要因を持ちたいか、という視点での検討していただくと良いでしょう。
タナベコンサルティングではDXビジョンとして4つのカテゴリがあると考えています。①ビジネスモデルDX ②マネジメントDX ③マーケティングDX ⑥HRDX と区分しています。
(2)資源配分を変えること
VUCAの時代といわれて久しいですが2023年現在、ロシア・ウクライナ問題やエネルギー問題など多数の社会的経済的課題があり、歴史的にみても大きな変化が継続的に発生しています。
そして今後も気象要因や政治的要因、地政学的要因などにより、社会・経済環境は刻々と変わりゆくことは誰もが想像することと思います。
こうした悲観的になりがちで先が読めない不確実性がとても高い時代となった今、タイムリーに「環境適応」していく必要があります。
経営とは「環境適応業」。このマインドセットの切り替えが重要です。デジタル投資はという無形資産に対する投資が企業の競争力を高め、これからの社会・経済環境にタイムリーに適応していくためにも必須といえます。
そのデジタル投資では、ひとつ参考指標があります。
システム(ERP)投資の相場として「年商の1~3%程度」という数字があります。
こちらは日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)「企業IT動向調査報告書」や、弊社タナベコンサルティングのクライアントの状況を参考にしています。
貴社におかれるデジタルへの投資規模はいかがでしょうか。
デジタル投資が先行する企業とそうでない企業との間の格差は、経済産業省が警鐘を鳴らす2025年の崖問題そのものといえます。
企業経営において、戦略とは経営資源の再配分です。設備への投資は事業業継続に必要なものですが、会社の未来づくりにはERPシステムやIT(DX)人材への積極投資が必要で、そのあたりへのリテラシーが高い企業ほど先行者利益を獲得できる、と考えます。
※出所:タナベコンサルティング作成
(3)自社のERPリプレイス・導入を検討すること
ERP(Enterprise Resource planning)は統合型基幹システムとも言いますが、IT化を進めるにあたりこのERPリプレイスまたは導入をされる企業が増えてきています。
この背景として、実はERP導入プロセスそのものがIT化およびDX(デジタルトランスフォーメーション)に繋がるから、という背景があります。
DXの推進というテーマは各企業で苦労されているかと思いますが、そのような中でERPというシステムの導入というのは、デジタルトランスフォーメーションの取り組みとして、大いに期待されることの一つです。
DXは一足飛びに実現できるものではなく、デジタイゼーションから始まってデジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションと3ステップを踏むケースが多いですが、ERP導入はこの3つのステップを順に推進することとなります。
最初のステップはデジタイゼーションです。アナログ作業の業務を棚卸して、業務フローの見直しや、不要な業務、過剰品質の業務を見直して、一部デジタルへの置き換えを検討します。
次にデジタライゼーション。業務・プロセスのデジタル化、ということでRPAの導入やグループウェアの導入・活用など、業務フローやデータフローをアナログベースからデジタルベースへと大幅に置き換えて企業の生産性を上げていくものです。これはまさしくERP導入で実現できるものです。
そして最後に、デジタルトランスフォーメーション。つまり、デジタルを活用して企業価値を高めていく、企業の収益性を高めるステップです。ビジネスモデル、商売の在り方そのものを革新していくことこそがERP導入やリプレイスで実現可能なものとしての認識が広がっています。
上記のように実はERP導入プロセスそのものがDX(デジタルトランスフォーメーション)に繋がるのだ、とご認識いただければと思います。これは私たちも日々のコンサルティングを通して実感しています。世間では「DXといっても、具体的にどうしていいか分からない」というお声をいただきますが、ERP導入プロセスこそがソリューションのひとつといえます。
※タナベコンサルティング作成
(4)IT(DX)人材を発掘すること
ある製造業A社では、自社でのIoTを30代の中堅社員Bさんがリーダーとして推進しています。Bさんは技術部門に所属し、新しい加工技術の開発や設備保全を担当しています。そんなBさんは新しいもの好きで、休日になると架電量販店巡りをして新登場のデジタルデバイスをみて楽しむのが好きなデジタルへの好奇心旺盛な人材です。こうしたBさんの嗜好に着眼したA社社長はBさんを自社のDX推進リーダーに任命しました。A社社長はBさんに「面白そうなのがあったら会社経費でトライアルしていいよ」といつも言っています。Bさんは大好きなデジタル×仕事でモチベーションが大きく高まり、架電量販店巡りや各種展示会へ足を運び、いまRaspberry Piの活用で自社工場のIoTをとある地方行政と連携で進めています。Raspberry Piとはワンボードマイコンと呼ばれる小さなコンピュータのことで、当初はイギリスのRaspberry Pi 財団により教育用の安価なコンピュータとして開発されたものが、今では多くのエンジニアに活用されています。BさんはこのRaspberry Piを自社工場の設備監視や予知保全に活用して、生産性を上げようとしています。A社は購入してから20~30年経過している設備が多く、故障による稼働停止が慢性化しており、Bさんは月の半分以上を在籍する関西工場から関東工場へ長期出張して故障対応していました。Bさんは生まれたばかりの息子さんと会えなくなる出張をどうすれば減らせるか、と真剣に考えており、また、新しいもの好きなキャラクターも相まってBさんはRaspberry Piと出会い、いま最高のモチベーションを持って仕事に取り組んでいます。
このBさんのようなデジタルへの好奇心が旺盛な人材は、皆さんの会社にもいらっしゃるのではないでしょうか。IT化・デジタル化は誰かに指示されて進めるよりも自発的行動ができる人材が適任です。自社に眠るBさんのような人材を発掘することも中小企業における重要なIT化のポイントです。
(5)IT化組織(推進体制)をつくること
IT化を推進するにあたり、経営者・幹部の方にはビジョンや戦略に加えて「行動指針」を明示することが必要です。自社の社員に対してIT化を推進せよと大号令を発するだけですと、進まないのが現実です。IT化はトップダウンで変革を進めるのが効果的で、加えて推進体制も重要なポイントです。自社リソースだけではなかなか困難なため、自社のビジョンや価値観に共感するパートナー企業、パートナー人材を創ることがポイントとなります。IT化を推進するパートナー人材に適しているのは、つぎのキーワードに当てはまる社員です。「未来志向の人」「知的好奇心が旺盛な人」「ビジョンを共創できる人」「現状の創造的破壊ができる人」
こうした人材と共にIT化を推進していきましょう。