戦略なきデジタル化のリスクと課題
近年、企業のデジタル変革を阻害する「2025年の崖」として問題視されていた経済損失が、ついに顕在化してきています。「2025年の崖」とは、企業の経営戦略の中核としてDXを推進しなければ業務効率・競争力の低下に歯止めがかからず、将来的に約12兆円もの経済損失につながるとされています。その中でも特に、DXの推進が進まないこと、すなわち、システムの一部改修等の後手後手の対処的な対応だけで、既存の基幹システムやソフトウェアなどが時代遅れの「レガシーシステム」になってしまう問題が挙げられています。
江崎グリコは、2024年5月1日に、基幹システムの障害によるチルド食品(冷蔵品)の出荷停止期間に関するリリースを出しました。調達や生産、物流などの情報を統合するERPを構築し、4月3日に全面的な移行を実施したところ、切り替えに伴うシステム障害が発生し、全国の物流センターで出荷業務に遅滞が生じました。同社が発表した2024年12月期の業績予想では、システム障害による影響額について、出荷停止期間に売り上げが見込めないことから売上高で200億円、営業利益で60億円減少する見通しとしています。今回のシステム障害発生の問題点は特定できているとしながらも、今後、切り替えの準備は万全だったのか、システムと現場の業務フローにミスマッチはなかったのかの検証を進めていくとしています。
この事件は、既存の基幹システムの「レガシー化」から脱するために、基幹システムの刷新を進めていく上での、戦略なきデジタル化がもたらすリスクを浮き彫りにしました。デジタル化の実現のためには、業務の流れや現状を抑え、何をどう効率化するのかという方向性=DX戦略を明確にし、デジタルとアナログを活用した業務改革を進めるべきであると考えます。本コラムでは、デジタルとアナログの知見をいかに融合させ、シームレスに連携することで、リスクを最小限に抑えつつ効果的なDXを実現する方法について考察します。
デジタルアナログの融合(デジアナ融合)の必要性とステップ
デジタルとアナログの融合、いわゆる「デジアナ融合」は、業務改革を推進していくうえでの課題を解決するための鍵となります。デジタル技術の利点を最大限に活かしつつ、アナログの知見や経験を取り入れることで、より柔軟で強固な業務プロセスを構築することができます。その取り組みのステップとしては、以下の4ステップが挙げられます。
1.属人化している現場の知見・ノウハウの 可視化
まず、現場で属人化している知見・ノウハウの可視化を進めていくことが重要となります。可視化のためには、現場で働く従業員の経験やノウハウをデジタルデータとして収集し、まずは暗黙知から形式知化(第三者からでも、見える・確認できる状態にする)を進めます。
具体的には、作業手順や問題解決のプロセスを動画やテキストで記録し、データベース化することが考えられます。これにより、副次的に新人や未経験者でも迅速に現場の知見を学ぶことができるようになります。
2. デジタル化対象情報・業務とヒトによる判断を必要とする情報・業務との区別
形式知化した知見・ノウハウのデータベースに対して、今後デジタル化すべき情報・業務であるか、ヒトによる判断を必要とする情報・業務であるかの区別を進めていく必要があります。今後デジタル化すべき情報・業務に関しては、人の手をかけずに作業品質を標準化するためのアプローチを進めていきます(ひいては、デジタル化による自動化を実現する)。
一方で、ヒトによる判断を必要とする情報・業務に関しては、形式知化したデータベースをもとに、その判断の基準となる事項を整理し、次世代メンバーへ継承できるように仕組化・教育への落とし込みを進めていく必要があります。
3. デジタルとアナログのバランスを取る
ステップ2で整理した区分の通り、現場でのオペレーションでは、デジタル化だけでは解決しない重要なアナログ作業が存在します。よって、業務の画一的なデジタル化の進展に伴い、アナログの知見が失われるリスクを避けるために、デジタルとアナログのバランスを取ることが重要です。
例えば、定期的な現場見学や従業員との対話を通じて、現場の状況やニーズを直接把握することが有効です。また、デジタルツールの導入による業務効率化が進む一方で、重要な判断やトラブル対応には現場の知見を活用することで、より効果的な業務運営が可能になります。
4.継続的な改善とフィードバック
デジタルアナログ融合は一度の導入で完結するものではありません。継続的な改善が必要です。定期的に現場のフィードバックを収集し、デジタルツールや業務プロセスの見直しを行います。また、新しい技術の導入や現場の状況変化に応じて、柔軟に対応することが求められます。
AX(アナログトランスフォーメーション)×DX(デジタルトランスフォーメーション)マトリックス
タナベコンサルティングでは、アナログによる業務改革=AX(アナログトランスフォーメーション)、デジタルによる業務改革=DX(デジタルトランスフォーメーション)の2軸を掛け合わせて、AX(アナログトランスフォーメーション)領域の改善により足元を固め、さらにDX(デジタルトランスフォーメーション)領域にも踏み込むことで、抜本的な業務革新が実現するとしています。製造業の事例をもとに、AX×DXの取り組みを整理すると以下の図になります。
AX×DXの実施を通じて、抜本的な業務改革を推進するにあたって、以下のチェックリストに基づき、現状の取り組みレベルを判定して、着手すべき事項について整理しています。
チェックリスト等にもとづく現状課題の認識から、業務改革を実現するDX戦略を描き、アクションプランを具体化し進行していきます。AX×DXによる業務革新が進行することで、デジタルアナログの融合の実現を図ることが可能になります。
デジタルアナログ融合の実例
トヨタ自動車は、デジタルとアナログの融合を成功させた代表的な企業です。同社は現場の「カイゼン活動」を重視し、従業員が日々の業務改善に積極的に参加しています。同時にIoTやAIを活用したスマートファクトリーの構築にも力を入れており、デジタル技術とアナログの知見を効果的に融合させています。このような取り組みにより、トヨタは生産効率の向上と高品質な製品の提供を実現しています。
また、トヨタはデジタルツインの考え方を採用し、生産ラインの最適化を進めています。デジタルツインとは、現実の世界から収集したさまざまなデータをまるで双子であるかのようにコンピュータ上で再現する技術のことです。実際の生産設備のデータをリアルタイムで取得し、仮想空間でのシミュレーションを行います。これにより、生産ラインのボトルネックを特定し、効率的な改善策を実施することが可能となります。また、デジタルツインを通じて設備の予防保全を行い、ダウンタイムの削減を実現しています。
デジタルアナログ融合(デジアナ融合)は、企業が持続的に成長し、競争力を維持するための重要な戦略です。デジタル技術の利点を最大限に活かしつつ、現場の知見や経験を取り入れることで、柔軟で強固な業務プロセスを構築することが可能です。戦略的なデジアナ融合を通じてリスクを最小限に抑え、企業全体のパフォーマンスを向上させることができます。
デジアナ融合を成功させるためには、明確なDX戦略を明確にし、DX戦略に対してバックキャスティングの発想で現場に落していく「演繹的なアプローチ」で改革を進めていくことが必要で、その結果、後手後手の対処的なデジタル化によるリスクを抑えることが可能となります。一方で、現場の声を取り入れ、現場業務の要となりうる人の判断が必要となる業務・情報を押さえた上で、 デジタルとアナログのバランスを取ることも必要です。また、企業全体で取り組みを継続できる仕組みづくりが重要となります。デジアナ融合を通じて業務革新を実現して新たな成長機会を掴み、競争力の持続的な向上を目指していきましょう。