1.はじめに ~IT戦略とDX戦略は目的が異なる~
最近ではデジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉は一般化しましたが、以前はIT化やデジタル化という表現が良く使われていました。どちらもデジタル技術を活用した改革という意味では近しいのですが、実際にはその目的は異なっています。
一般的にIT化というと「デジタル技術を活用したペーパーレス化や業務の自動化・効率化」を指します。一方で、DXというと「デジタル技術を活用したビジネスモデルの創出や変革、組織や企業文化そのものの変容」のことを指します。DX戦略とIT戦略も同様に目的や目指すところが異なる戦略の枠組みです。また、戦略を立てる主体組織にも差異があります。DX戦略は上記目的の影響度の広さから、経営陣や経営企画室、最近だとDX推進室といった組織が戦略策定の担い手になることが多くなっています。他方、IT戦略というとシステム企画部などの社内のハードウェア、ソフトウェアの業務インフラを整備していく部署が主体となって策定することが多い印象です。業務に必要なシステム機能を機能面と非機能面(セキュリティや保守など)で要件をまとめ、システムを構想していくことも行います。
本編に入る前に問いかけですが、自社の置かれている環境、今のご自身の立場や周囲の期待を考慮すると、これから策定すべきはDX戦略なのかIT戦略なのかどちらでしょうか。
本コラムではIT戦略の立て方について言及しますが、DX戦略を立てる際にも応用できる考え方となりますので、ぜひご参考ください。
2.効果的なIT戦略を立てている企業の特徴
(1)IT戦略が企業の戦略と連動している
まず特徴として挙げられるのは、IT戦略に一貫性があり、目的との紐づきがわかりやすいということです。つまり、経営戦略や事業戦略との関係性が明確で、企業として"実現したいことの手段としてITが活用される"という関係性が明確になっているということです。
例えば会社の方針として「従業員の柔軟な働き方を実現し、一人ひとりの強みを活かしたサービスを提供する」ことが定められているとします。この場合、「"柔軟な働き方"を具体化すると?」「それをITで実現するためには何が必要?」と考えていくことで、「テレワークができるような社内ITインフラの整備」や「多様な勤務形態を効率的に管理するシステムの導入」などのITシステムの必要性が議論できます。また、「一人ひとりの強みを活かした」とあるが、「そもそも強みは把握できているのか?」、「強みを把握してアサインや所属組織の配置転換に活かすためにはどういったITシステムが活用できるか?」と考えていくこともできます。このように、会社の方針(社長や経営陣がコミットしている内容)と紐づくことで、後は投資対効果が見合えばIT化の意思決定も早く進むことが期待できます。
既にKGI、KPIが設定されている場合は、その達成のために必要なデジタル視点のKPIを設定することでより戦略との紐づきを明確にできます。また、管理者や現場に説明する際にも、目的が伝わりやすいので納得感が生まれやすいというメリットもあります。さらに、IT戦略の実行段階においても効果を発揮します。アクションプランに書かれている実施事項を計画通りに遂行しようとすると、妨げになる要因はいくつも発生します。その時は全員が納得している目的に立ち返ることで、優先度や方向性を判断することができるのです。
(2)各部署の管理者やリーダークラスがIT戦略に納得感を持っている
組織規模にもよりますが、IT戦略の策定段階において、各部署から課題を吸い上げ、戦略検討のメンバーにも参画してもらうことで、より有効かつ実効可能なIT戦略を立てることができます。ITシステムを実際に使うのは管理者や現場の担当者です。彼らがシステムの操作方法だけではなく、なぜシステムを使うのかということを理解しておくことは継続的にシステムを活用するためには必須になります。
筆者自身がクライアントから相談を受けるケース(失敗事例)をご紹介します。クライアントは営業担当者の行動や商談の記録を全社で可視化して活用するために、営業支援システムを整備しました。しかし、使い方や運用ルール(誰が、いつ、何を記載するのか)の説明が不十分で、現場にシステムが定着せず、営業メモのようになっている状態でした。これではエクセル管理していた時と変わりがありません。このようにせっかくシステムを導入しても、しばらく経つと使われなくなるという経験は多いのではないでしょうか。この状況を避けるためにも、システムのユーザー(管理者や担当者クラス)が使い方だけではなく導入の背景(IT戦略)にも納得感と理解を持っている状態を作るべきです。
図1は、目指したいユーザーの状態の概略図です。ユーザーにメリットを感じてもらいながら、改善や工夫を考えてもらうためにも目的理解が必須なのです。効果的なIT戦略を立てるには、実行段階においてユーザーが「システムを継続的に改善していくことができる」状態に至れるように、戦略策定段階から仕掛けをしてくことが肝心となります。
3.IT戦略の策定をご支援した際に用いた検討フレーム
(1)中期経営計画や事業戦略を策定されている企業の場合
弊社がご支援する企業では3年後、5年後、10年後の定性ビジョンや定量ビジョン(売上、利益、人員規模などの目標値)を定め、そこに向けたロードマップや実行項目を中期経営計画に落とし込んでいる企業も多いです。しかし、IT戦略に関しては別テーマとして独立させていて、事業戦略との関係がわかりにくくなっているケースや、「デジタル化の推進」というキーワードを示すだけにとどまっているケースも見られます。
実際にご支援したクライアントでは、事業戦略(戦略テーマと実行項目)は策定されていましたが、優先度やIT活用方針があいまい、または抜け漏れがある状態だったため、表1のフレームを使ってIT戦略を明確にするためのディスカッションを実施しました。上記フレームを用いたことで、IT活用方針を検討していなかった戦略テーマに対してもアイディア出しができ、取り組みの優先度を明確にすることでIT戦略のロードマップを立てる際の検討材料にも活用することができました。
(2)事業戦略が未策定の企業の場合
事業戦略がまだ明確でない場合(事業戦略の策定と同時にIT戦略の策定も進めていくようなケース)も多いと思います。その場合は、ボトムアップ的にIT戦略を定めていく方法もあります。最終的に事業戦略と連動した形になるのか心配かもしれませんが、IT化の目的の多くは"業務効率化"のテーマにつながるため、そこを外さなければ事業戦略と紐づけることは容易です。
ボトムアップで検討する場合は、業務とシステムの現状把握から入ることが定石です。"業務棚卸表"と呼ばれる業務項目の一覧を作成し、効率化のための課題やIT化すべき業務の洗い出しを行います。いきなり細部の調査に入るのが困難な場合や調査の時間を取れない場合は、簡易的に以下の表2の様なフレームを使用して、部署ごとの課題感を把握する方法もあります。
IT活用方針や期待効果については、ボトムアップではアイディアが出ないこともあります。まずは業務&システムの課題をそれぞれ把握し、IT戦略の策定を主導する部署と各部署のディスカッションを通してIT活用方針を具体化していくことがよいでしょう。また、期待効果は経営インパクトがどのくらいあるかを検討して記載できるとよいですが、難しい場合はQCD+S(安全)や業務のムリ・ムダ・ムラの排除のような観点で整理できればよいでしょう。
このように整理をしていくことで各部署の課題を抽出しつつ、それをITでどのように解決するかの要素を整理することができます。ここで検討したIT活用方針を構造化し、括りなおすことでIT戦略の要素をまとめることができます。それを事業戦略と併せて議論することで不足するIT手段を補い、戦略との整合性を取っていくことが望ましいです。
4.まとめ ~IT戦略の立て方から考える~
今回はIT戦略を立てるときのポイントを事例も紹介しながら解説しました。IT戦略を立てる際にも必要なのは関係者とのコミュニケーションです。経営から現場まで一貫性のある戦略を立てることが企業変革の実現を後押しします。そのためには、「誰と」「いつ」「どのように」IT戦略策定に関する調査やディスカッションを行い、意思決定をしていくか、その実施ステップの設計こそ初めに取り組むべきです。会社の方針があいまいであれば、認識合わせをするために経営者と話すべきでしょう。現場の課題が良くわかっていないのであれば、管理者やリーダーとのディスカッション、場合によっては現場視察へ行き、担当者と対話するのが良いでしょう。このコラムを参考に明日ご自身が取り組むべきアクションを考えてみてください。
「自社がDXを通じて何を目指すのか」というビジョンからDX戦略を描き、実践すべき改革テーマへ落とし込むメソッドを提言します。