人事コラム

労務リスクとは?企業が直面する課題とその具体的対策

労務管理の適正化は、人的資本経営の土台。経営戦略と直結する視点で解説します。

労務リスクの定義から主要類型、就業規則の整備・管理職対応・人的資本経営との接続まで、企業が直面する課題への具体的対策と社内体制の構築方法を、経営者が押さえるべき実践的な視点から体系的に解説するコラムです。

まずは自社の就業規則と労働時間の実態を点検することから始め、人的資本経営の土台づくりを始めましょう。

労務リスクとは何か

労務リスクとは何か

「労務リスク」とは、企業が社員との雇用関係において直面する法的・組織的・財務的な損失の可能性を指します。賃金未払い、不当解雇、ハラスメント、メンタルヘルス不調、就業規則の不備などが代表的な類型です。
こうした問題が発生する背景には、働き方の多様化があります。テレワークの普及や副業・兼業の一般化により社員の就業実態が複雑化し、従来の管理手法では対応しきれないケースが増えています。特に注意が必要なのは、問題が表面化するまで気づきにくいという点です。残業代の計算ミスや就業規則の不備は日常業務の中では見えにくく、社員から相談や申告があって初めて発覚するケースも少なくありません。労務リスクは「発生してから対処する」のではなく、「発生させない仕組みをつくる」という予防的な視点が経営上の重要課題です。
厚生労働省の公表データによれば、2024年に全国の労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案は2万2,354件、金額にして172億1,113万円に上ります。しかし、労務トラブルの損失は未払い残業代や解決金といった「見える損失」だけではありません。採用力の低下、離職の連鎖、取引先からの信用毀損といった「見えない損失」の方がはるかに大きく、回復にも時間がかかります。2023年3月期以降、有価証券報告書での人的資本情報の開示が義務化され、投資家が「人への投資」を評価する時代になりました。労務管理の適正化は、人的資本経営の土台です。土台が不安定な状態で「人的資本経営に取り組んでいます」と発信しても、説得力がありません。上場企業・IPO準備企業に限らず、採用市場においても「人を大切にする会社かどうか」は求職者が最も重視する要素の一つであり、経営戦略と労務管理を接続する視点こそが、今の経営者に求められています。

現代企業が直面する主要な労務リスク

現代企業が直面する主要な労務リスク

労務リスクは大きく以下3つの類型に整理できます。

 

(1) 賃金・労働時間に関するリスク

割増賃金の未払いや法定労働時間を超えた時間外労働は、労働基準監督署による是正勧告や刑事罰の対象となります。特に注意が必要なのが「名ばかり管理職」の問題です。労働基準法第41条第2号に定める「管理監督者」は、①職務内容(労働時間等の規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容)②責任と権限(経営者から重要な責任と権限を委ねられていること)③勤務態様(現実の勤務態様が労働時間等の規制になじまないもの)④賃金などの待遇(地位にふさわしい待遇)という4要件をすべて満たす必要があります。
コンサルティング支援の現場でも、名ばかり管理職の実態は珍しくありません。人事制度の分析を進める中で、管理職として処遇されている社員が採用・評価への関与も限定的で、出退勤の裁量もなく、役職手当も一般社員との差がわずかであるというケースに複数遭遇してきました。こうした実態は制度の外側からは見えにくく、丁寧な現状分析によって初めて顕在化します。

 

(2) ハラスメント・メンタルヘルスに関するリスク

厚生労働省の令和6年労働安全衛生調査によれば、仕事に関して強いストレスを感じる労働者の割合は68.3%に上ります。ハラスメントを放置した場合、企業は安全配慮義務違反(労働契約法第5条)を問われる可能性があり、損害賠償請求や訴訟に発展するリスクも現実的な経営課題であり、適切な防止措置と相談窓口の整備が求められます。

 

(3) 法改正対応に関するリスク

業務の目的や背景が十分に説明されないまま指示だけが下りてくる、フィードバックが不足している、部下の意見や提案が聞き入れられないといった状況では、社員は自分が組織の一部として尊重されていないと感じる。

リスクの芽を早期発見するための社内体制の構築方法

リスクの芽を早期発見するための社内体制の構築方法

労務リスクを未然に防ぐためには、以下の3段階で社内体制を構築することが有効です。
第1段階は「現状把握」です。
時間外労働の実態(36協定との乖離)、有給休暇の取得率、ハラスメント相談窓口への相談件数・内容は、リスクの早期発見に直結する重要指標です。データを「見える化」することで、管理職や経営層が問題を認識しやすくなります。
第2段階は「制度整備と不利益変更の防止」です。
就業規則は「作成して終わり」ではなく、法改正があった年、新しい働き方を導入した年、人事制度を改定した年には必ず見直しが必要です。特に重要なのが「不利益変更」への対応です。労働契約法第10条は、就業規則の変更で労働条件を不利益に変更する場合、変更内容の合理性と変更後の周知を求めており、賃金に関わる変更には判例上「高度の必要性」が求められます。人事制度再構築の支援現場では、「制度を変えたいが、不利益変更になるのがおっくうで手を付けられない」という経営者の悩みに直面することがあります。こうした場合、①新旧制度のシミュレーションを全社員分実施して不利益が生じる社員を事前に特定する、②調整手当や経過措置期間を設けて段階的に移行する、③説明会で制度変更の合理性と本人への影響を丁寧に説明する、④必要に応じて個別同意書を取得する、というプロセスを設計することで、「制度を変えること」と「不利益変更にならないようにすること」を両立させることができます。
第3段階は「組織浸透と管理職教育」です。管理職研修で最も重要なのは、「知識を教える」ことではなく、「自分ごと化させる」ことです。
タナベコンサルティングでは管理職研修に労務管理のプログラムを組み込み、法律論ではなく経営戦略の一環として労務リスクを捉える視座を養っています。研修では「コンプライアンスとは何か」という基本的な問いから出発し、時間外労働・有給休暇・安全配慮義務といった法令知識、パワハラ・セクハラ・カスタマーハラスメントの定義と類型、グレーゾーンの判断基準、メンタルヘルス不調への対応まで、管理職が現場で直面する実践的なテーマを一貫して扱います。ワークでは実際の職場で起こりうる場面を題材に参加者が自ら判断し議論することで、「知識として知っている」から「現場で判断できる」への転換を促しています。

専門家との連携

専門家との連携

労務リスクへの対応は、社内の取り組みだけでは限界があります。社労士は就業規則の作成・改定や労働基準監督署対応など労務制度・手続きの実務を、弁護士はハラスメントに起因する損害賠償請求や不当解雇を巡る紛争など法的リスクの判断・紛争対応を、それぞれ担います。これらの「法令遵守・実務対応」を担う専門家に対し、経営コンサルタントは経営戦略・組織戦略の視点から労務管理を位置づける役割を担います。タナベコンサルティングでは、労務管理を単なるリスク回避の手段ではなく、組織の信頼性と持続的成長を支える経営基盤として捉え、制度設計から管理職教育まで一貫した支援を行っています。専門家との連携は、「問題が起きてから相談する」のではなく、「問題が起きる前から関与してもらう」という予防的な活用が最も効果的です。

企業に求められる視座

企業に求められる視座

労務リスクは、賃金・労働時間の問題からハラスメント、法改正対応まで多岐にわたります。いずれも「問題が起きてから対処する」のではなく、就業規則の整備・管理職教育・継続的な現状把握という3つの柱を通じて、未然に防ぐ対策を構築することが重要です。人的資本経営の実現は、こうした地道な土台づくりの上にこそ成り立つものです。経営者自らが労務リスクを経営課題として認識し、制度・教育・専門家連携の三位一体で取り組むことが、持続的な成長の礎となります。

この課題を解決したコンサルタント

川口 弥蘭

タナベコンサルティング
HRコンサルティング事業部
チーフマネジャー

川口 弥蘭

「クライアントに寄り添い、課題を根本的に解決する」をモットーに、各社の理念・ビジョン・企業風土・採用競争力・制度設計・グループ人事まで、多面的要素から人事制度や教育制度の構築支援、事業戦略に基づくブランディング構築など、幅広いコンサルティングに携わる。また「企業の成長・ビジョン実現と共に、社員がイキイキと働くための人材育成」を研究している。

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