STUDY

事業ポートフォリオ再構築の進め方

内田 佑

本プログラムの執筆者

タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメインコンサルティング
チーフマネジャー

内田 佑

中堅建設会社の採用を成功に導く等、中堅・中小企業の採用戦略構築や中期経営計画策定を得意としている。また、建設業・製造業での経営支援を数多く手掛け、建設・製造ドメインのスペシャリストとしても定評がある。

これからの時代を生き残るために重要な全社戦略という視点

現代のビジネス環境は、ますます複雑で変化が早くなってきています。国境を越えた競争の激化やテクノロジーの急速な進化など、様々な要因が企業に新たなチャンスとピンチをもたらしています。
こうした状況の中で、リスク分散や成長機会の拡大などを目的に事業の多角化を進めている企業は多くなっています。
ひとつの事業が困難に直面した場合でも、事業を多角化することができていればすぐに会社が傾くことはなく、危機に柔軟に対応することができます。

しかし、多角化が進むと各事業が各々の戦略を優先して事業を経営することで利益の相反などが生まれます。
そのため、すべての事業を統括し、全社最適を進めていくためにも、全社戦略という考え方が非常に重要になってきており、そのひとつとして事業ポートフォリオが再注目を浴びています。

事業ポートフォリオがなぜ重要なのか

事業ポートフォリオとは、簡単に言うと「企業の運営している事業の一覧」です。
事業ポートフォリオを分析し、検討することで以下のようなメリットがあります。

① 事業の「選択」と「集中」の判断材料となるメリット

多角化していく事業を管理するためには、各事業のポジショニングを正しく把握する必要があります。
事業ポートフォリオを分析することによって、競争力が高く収益を生む事業なのか?今後経営資源の投下が必要な事業なのか?撤退の検討が必要な事業なのか?など、各事業の現状のポジショニングを一覧で管理することができ、経営資源の最適化や撤退の判断の材料とすることができます。

② M&Aの判断材料となる

変化の早い現代の経営環境において、既に確立されたノウハウや技術をそのまま手に入れることができるM&Aは、企業の成長戦略のひとつとして、非常に有用な手段となっています。
自社の事業ポートフォリオが明確になっていると、M&Aの際も、「どのような市場に進出すべきか」、「どのような事業が必要か」、「現状の事業とのシナジー効果はどうか」などが分かりやすくなり、M&Aの際の判断材料としても役に立つと言えます。

事業ポートフォリオ再構築の進め方

STEP1 全社ビジョンの再定義と企業ドメインの明確化

事業ポートフォリオを再構築していく際にまず実施していただきたいのは、「全社ビジョン」の再構築です。"理念"や"ミッション・ビジョン・バリュー"、最近では"パーパス"などのように、そもそもわが社は何のために存在するのか?どうありたいのか?という企業としてのあり方を明確にすることが重要です。

企業としてのあり方が不明確なまま事業の多角化を進めていくと

① 既存事業と新規事業の間にシナジー効果が生まれにくい
② 経営資源が分散し収益性の低下や効率性の低下につながる

など、企業としての競争力の低下につながるデメリットがあります。
また、最近では消費者も従業員も"ストーリー"を重視する傾向にあります。会社として多角化にストーリーがなければ、消費者をファン化することができませんし、従業員のモチベーションや協調性の低下にもつながりかねません。

わが社は何のために存在し、社会にどういった貢献をするのかを明確にした上で、事業ポートフォリオを構築していく必要があります。

また、全社ビジョンが明確になると同時に企業ドメインが決まります。ドメインとは「事業範囲」であり、企業ドメインとは、自社は何をする会社なのかを明確にすることです。
新しい事業を立ち上げたりM&Aする際も、その企業ドメインと全く関係ないようなものには手を出せません。各事業がバラバラになることを防ぐためにも、企業ドメインを策定し、「手を出さない範囲」を明確にすることは重要です。

STEP2 現在の事業ポートフォリオの分析

現在の事業ポートフォリオの全体像

ここからは実際の事業ポートフォリオの再構築について説明していきます。まず重要なのは、自社の事業群の現状を正しく一覧で把握することです。
そのための手法で有名なものには、ボストンコンサルティンググループの提唱したPPM(プロダクトポートフォリオマネジメント)などがありますが、タナベコンサルティングでは、縦軸に「市場の成長性」、横軸に「事業の収益性」を置き、それぞれの高低の組み合わせで「育成事業」「主力事業」「収益事業」「判断事業」と4つの象限に分けたもの事業ポートフォリオ分析マトリクスと呼んでいます。

自社の事業をマトリクス上にプロットし、現状を把握します。(【図1】)。

図1

<縦軸>事業成長性(事業に伸びしろはあるのか?)

タナベコンサルティングでは、戦略を構築する上で重要なのは「勝てる場の発見と勝つための条件づくり」と提言しています。
ただ、その勝てる場が国内の人口減少と共にどんどん縮小していくのであればその事業も縮小していきます。
また、市場が拡大していても自社の強みが発揮できないようであればその事業にそれ以上の伸びしろはありません。

各事業の成長性を見る上で、ぜひとも再検討していただきたいのは自社の強みが生かせるマーケットをいかにセグメント(区分)するかが重要です。
その事業が属している業界全体を市場として捉えてしまうと、ライバルが強大で自社の強みがいかせなかったり、人口減少が影響して市場が縮小していたりします。

例えば、建設業界全体で見ると大きな新設工事が減り、少しずつではありますが市場規模が縮小してきています。
しかし、インフラメンテナンスだけに注目すると2030年までに大きく成長する市場となります。
このように、市場を再度セグメントし直した上で、その事業は成長性があるのかどうかを再度検討します。

<横軸>収益性(利益を生み出す事業か?)

事業の成長性を見極めるのと同時に、収益性についても評価をする必要があります。
どんなに成長性の高い事業でも、収益性がなければ、企業全体への貢献度の低い事業となります。
収益性を示す指標というのは数多くありますが、ここではシンプルに売上高経常利益率(経常利益÷売上高×100)で収益性を判断します。

~収益性は何パーセントを目指すべきか~

少し横道にそれますが、売上高経常利益率は何%を目指すべきなのかという話をさせていただきます。

タナベコンサルティングでは一貫して売上高経常利益率10%を目指すべきだと提言し続けています。
なぜ10%なのか?それは、これだけの収益力を確保できる企業は、どのような業界でも一握りしかおらず、オンリーワンか圧倒的ナンバーワンの領域に近くなるからです。
このポジションの企業は、価格競争にさらされるリスクも少なく、潤沢なキャッシュを次の成長や進化に向けて再投資して更に他社よりも成長していけるようになります。売上高経常利益率10%をぜひ目指してください。

実際に事業をプロットする

各事業の成長性や収益性を検討した上で図1のマトリクスにプロットしていきます。

・主力事業:成長性も収益性も高い事業は間違いなく自社の「主力事業」と言えます。このような事業が少しでも長く会社の成長をけん引できるようにしていく必要があります。

・育成事業:成長性は高いものの収益性が低い事業は育成事業といえるでしょう。今後収益性を上げていくためには、事業競争力を高める必要があります。シェアを拡大していく中で、どこかで収益性を高める方向に移行し、主力事業へと育てていくことが重要です。

・収益事業:成長性は低いものの収益性は高い事業は、会社の収益の源泉となっている収益事業です。歴史の長い会社の祖業がこのポジションになっていることをよく見かけます。
このような事業は、既に競争相手が減っている等で競争が起きず、安定した収益を上げることができます。

・判断事業:成長性も収益性も低い事業は事業存続自体を検討すべきです。
自社の全事業を全てプロットし、各事業がどの区分になるのか?現在の自社の事業構成はどのような構成なのかを明確にします。

全体最適の視点で俯瞰して見る

完成した事業ポートフォリオ分析マトリクスを参考に、事業ポートフォリオの再構築を検討していきます。その際に大事な視点は、「全体最適」という視点です。

会社全体の業績が悪いからと、全事業一律で予算カット等をしてしまう企業もありますが、多角化している企業は各事業によって状況が全く異なります。そのため、各事業の現状に合わせた対策が必要となります。
また、事業単体で見るのではなく、シナジー効果についても考える必要があります。

事業単体では判断事業に属していて、すぐにやめるべき事業だったとしても、違う事業とシナジー効果が期待できるのであれば、事業を継続すべきと判断することはありえます。シナジー効果について2つに分けて説明すると

① バリューシナジー

事業間の相乗効果によって新たな価値が創出され、事業競争力が高まることを言います。多くの場合はバリューチェーンの強化によって生まれるシナジーになります。
例えば、良い技術を持っていて開発力が強いが出口戦略が弱くなかなか業績が伸びなかった事業Aがあるとします。その場合、販売力の強い会社BをM&Aし、会社Bの営業力で事業Aの業績が大きく向上する等がありえます。

②コストシナジー

事業間の相乗効果でコスト競争力が高まることを言います。例えば、垂直統合によってメーカーが部品調達先の事業をM&Aしたとします。調達先が得ていた付加価値を自社に取り込むことで、仕入れコストが低減するのでコスト競争力が高まります。

上記のようなシナジー効果の発揮が期待できる事業については、たとえ判断事業に属していたとしても継続させる必要があります。

分析を踏まえながら事業ポートフォリオを再構築する

実際に事業ポートフォリオを再構築していく際のキーワードを6つ挙げると
「攻める」、「守る」、「やめる」、「まとめる」、「分ける」、「始める」
が言えます。それぞれのキーワードをもとに事業を見ていくと

攻める:主力事業や育成事業のように更なる経営資源の投下で成長力や収益性が向上していく事業は、徹底的に経営資源を投下し、事業拡大を狙っていくべきです。

守る:収益事業のように成長性が全く見込めない事業が収益性が高い事業というのも企業全体を見るととても重要です。そのような事業は、コストカット等を遂行しながら守っていくことが重要です。

やめる:判断事業に属している事業が、他の事業とのシナジー効果を出すこともできずどうにもならないと判断した場合は事業そのものをやめるという判断が必要となります。

まとめる:既存の事業間で別々に存在するよりもまとめてしまった方が技術交流が進んだり、コストシナジーが期待できるようであれば事業をひとつにまとめるという判断も必要です。

分ける:ある事業の中で今までとは全く違う商品や技術が新しくできた場合や、今まで持っていた技術や商品だとしても、特にそこに注力していくというメッセージを強く打ち出していきたい時などは思い切って事業を分けてしまうというのも効果的です。ひとつの事業として経営資源を投下することで、シェア拡大のスピードが上がり、事業の成長スピードが加速します。

始める:事業ポートフォリオを俯瞰してみた際に、事業ポートフォリオに不足しているピースに気づくことがあります。
それは技術かもしれませんし、エリアかもしれませんし、開発や販売、製造等のバリューチェーンのどれかかもしれません。

その不足しているピースを新規事業として新しく始めることでシナジー効果が発揮され、事業ポートフォリオが強化されることがあります。

また現代では環境変化のスピードが非常に早くなっていることもあり、自社で新規事業としてゼロから立ち上げるよりも、既に事業として成り立っている会社をM&Aで購入することの方が増えてきています。

上記のように、様々な視点から事業ポートフォリオを俯瞰して見ることで、全体最適な事業ポートフォリオを再構築していくことが必要です。

事業ポートフォリオをマネジメントする重要性

実行してこそ価値がある

最後に、ここまで読んでくださった皆さんにぜひともお願いしたいことが1点あります。

それは、「デザインから推進までを担当する組織の立ち上げ」です。
事業ポートフォリオの再構築は、デザインすること自体にはなんの価値もなく、デザインした事業ポートフォリオを実現して初めて価値があります。そのためにも新しい組織の立ち上げが重要です。
それは経営企画室かもしれませんし、経営陣かもしれません。どんな組織で運営するにせよ、それぞれの事業に深くかかわっていない第3者的な組織が必要です。

例えば、判断事業に属している事業のトップが自らの事業をどこかと合わせる、ましてや撤退するという判断を下すことはなかなかできません。
また、ある事業を撤退することに決めたとして、その事業のトップがその会社の決定に前向きに行動してくれるとも限りません。
事実、そのようなケースを何社も見てきました。それでも事業ポートフォリオの再構築を定期的に断行していかなければ企業全体の競争力は低下していきます。

そのためにも、マネジメントする組織や仕組みは必要不可欠です。事業ポートフォリオ再構築は実行してこそ価値がある。このことをぜひ忘れないでください。

ABOUT

タナベコンサルティンググループは
「日本には企業を救う仕事が必要だ」という
志を掲げた1957年の創業以来、
66年間で大企業から中堅企業まで約200業種、
17,000社以上に経営コンサルティングを実施してまいりました。

企業を救い、元気にする。
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