人事コラム

コンサルタント一問一答人材育成・研修企業内大学(アカデミー)

技術伝承が進まない原因と対策

暗黙知を形式知へ変換する具体的手法で、組織の技術を次世代につなぐ。

技術伝承が進まない背景・阻害要因を整理し、暗黙知を形式知へ変換するプロセスと、マニュアル・動画・ITツールを活用した実践手法を経営者・人事責任者向けに解説します。

まず「見える化」から始め、「経営の仕組み」にしましょう

技術伝承が求められる背景

技術伝承が求められる背景

製造業や専門職の現場では、熟練者が長年かけて培った技術・ノウハウを次世代へ引き継ぐ「技術伝承」が、経営上の重要課題として位置づけられています。

少子高齢化の進行により、生産年齢人口(15〜64歳)は長期的な減少傾向にあります。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2020年に約7,509万人だった生産年齢人口は、2060年には約5,078万人まで減少する見通しです。この減少幅は約2,500万人にのぼり、現在の東京都と大阪府の人口を合わせた数を上回ります。「そんなに減るのか」と驚かれる方も多いかもしれませんが、これは決して遠い未来の話ではありません。経済産業省・厚生労働省・文部科学省が共同で発行する「2024年版ものづくり白書」では、34歳以下の若年就業者数が2002年以降、緩やかな減少・横ばい傾向にあることが示されています。

こうした構造変化の中で、ベテラン社員の退職とともに技術・ノウハウが失われるリスクは高まっています。しかし支援現場では、「必要性は理解しているが、経営課題として優先順位づけできていない」企業が大半を占めます。「今は受注が多く、教育に人を割けない」「ベテランを外すと現場が回らない」という声は典型的です。

最大の問題は、技術伝承の遅れが"人事課題"として扱われ、事業継続リスクとして認識されていないことです。ベテラン退職後に初めて、品質不良の増加・納期遅延・特定顧客案件の受注不能といった形で経営インパクトが表面化します。技術伝承は「教育テーマ」ではなく、収益力・供給力・顧客信頼を守るための「経営テーマ」として捉えることが、推進の第一歩です。

技術伝承が進まない3つの阻害要因

技術伝承が進まない3つの阻害要因

技術伝承が思うように進まない背景には、複数の構造的な要因が絡み合っています。代表的な阻害要因として、以下の3点が挙げられます。

①暗黙知の言語化が困難
熟練者が持つ技術の多くは、長年の経験や感覚に基づく「暗黙知」(言語や文章では表現しにくい知識・ノウハウ)です。ただし、真因は個人の表現力ではなく、組織として暗黙知を引き出す設計がないことにあります。本人は無意識にやっているため説明できず、教える側も「何を分解すればよいか」が分からず、受け手も質問の仕方が分からない。この三重の構造が、言語化を阻んでいます。

②伝承者のリソース不足
「2024年版ものづくり白書」では、製造業の61.8%が「指導する人材が不足している」、46.1%が「人材育成を行う時間がない」と回答しています。さらに、ベテランが意図的に技術を共有しないケースも存在します。背景は単なる意地悪ではなく、「自分の価値が下がる不安」「教えても評価されなかった経験」「若手への不信感」といった心理が多く、精神論で解決しようとしても機能しません。

③伝承を受ける側の人材不足
若年就業者の減少により、技術を受け継ぐ側の人材そのものが不足しています。後継者が確保できなければ、伝承の仕組みを整えても機能しません。伝える側・受ける側の双方の課題を同時に解決する視点が求められます。

暗黙知を形式知へ変換するプロセス

暗黙知を形式知へ変換するプロセス

技術伝承を推進するうえで中核となるのが、「暗黙知」を「形式知」(言語・図表・映像など、他者と共有・活用しやすい形に表現された知識)へ変換するプロセスです。

この変換を体系的に捉えるフレームワークとして、経営学者の野中郁次郎氏が提唱した「SECIモデル」があります。①共同化→②表出化→③連結化→④内面化という4つのプロセスを循環させることで、組織全体の知識を高めていく考え方です。実務上の出発点は「表出化」にあります。

自らの勘と経験で高品質な製品を生み出している熟練者は、言語化が苦手な方が多い傾向があります。長年体に染み込んだ動作や判断は、本人にとって「当たり前」であるがゆえに、言葉にする必要性すら感じていないケースも少なくありません。そのため、いきなり「言語化してください」と求めることは逆効果です。作業を時系列で分解し、判断場面を特定し、例外対応を聞くことで突破口が開きます。具体的には、「何を見た瞬間に違和感を持ちますか」「この工程で失敗の兆候はどこに出ますか」「できる人とできない人の差はどこで出ますか」といった問いかけが有効です。

また、話させるより「やってもらいながら止めて聞く」アプローチが効果的です。作業しながら「今、何を見ていますか」と問いかける再現インタビュー、本人に映像を見せて判断点を後追いで説明してもらう動画の見返し、成功より失敗事例を起点にする方法などが、現場で実績を上げています。ポイントは、「ゼロから言葉で説明させない」ことです。

技術伝承の具体的手法

技術伝承の具体的手法

暗黙知の形式知化を実現するための具体的な手法として、以下が広く活用されています。

①スキルマップによる伝承管理
単独で最も効果が出やすいのはスキルマップです。マニュアルや動画より先に、「何を・誰が・どの水準まで・誰へ渡すか」を可視化できるからです。属人化の深刻度が見え、優先順位が決まり、評価制度や教育計画とつなげやすくなります。成功のポイントは、「できる」の定義を明確にし、更新責任者を置き、昇格・配置・多能工化と連動させることです。技術伝承が進んでいる企業とそうでない企業の分かりやすい差は、「人に仕事が付いているか、仕事に仕組みが付いているか」 です。スキルマップはその分岐点をつくる最初の一手となります。

②マニュアル・動画マニュアルの整備
作業手順の文書化は形式知化の基本です。ただし文字だけでは動きや感覚的な要素を伝えにくいため、動画マニュアルが有効です。動作のスピード・力加減・手さばきなど、文字では伝えにくい要素を映像で記録することで、暗黙知の可視化が可能になります。作成の際は、要点を絞った短い動画を複数用意し、項目別に整理することが効果的です。

③ITツール・デジタル技術の活用
クラウド型のナレッジ管理ツールや動画マニュアルシステムも普及しつつあります。ただし、導入直後は盛り上がっても形骸化するケースは多く見られます。形骸化の主因は「作ることが目的化」「現場の業務フローに組み込まれていない」「更新責任者がいない」ことです。配属初日・段取り替え前・不良発生後など、「見るべきタイミング」を設計し、確認テストや成果指標と紐づけることが継続の鍵です。

技術伝承を成功させる活用ポイント

技術伝承を成功させる活用ポイント

技術伝承を成功させるためには、以下の視点を組み合わせることが重要です。

①優先順位の設定
すべての技術を一度に伝承しようとすると、双方に過度な負担がかかります。「代替要員がいない技術」「品質に直結する作業」「退職リスクが近い熟練者の保有技能」など、重要度と緊急度に基づいて伝承すべき技術を絞り込み、段階的に取り組むことが現実的です。

②仕組みとしての継続性
多能工率・習熟率・認定者数などをKPI化し、月次会議で進捗を確認する体制を構築します。標準書・動画の更新責任者と頻度を決め、技能習得をキャリア要件に接続することで、技術伝承は「キャンペーン」ではなく「経営の仕組み」になります。

③経営層のコミットメント
経営層が動くきっかけは、多くの場合「実害が見えたとき」です。そのため、属人業務を棚卸しし、退職リスク者と保有技能を可視化し、代替不能業務を洗い出し、教育不足による損失(不良コスト・立上がり期間・残業・機会損失)を経営数値に翻訳して示すことが、経営層を動かす最も有効なアプローチです。

技術伝承の成否は、現場の善意ではなく、経営の設計力で決まります。
自社の10年後、20年後がどうなっているかを想像したとき、技術伝承が課題となる場合は、今回の内容を参考に早期に取り組んでください。

この課題を解決したコンサルタント

日髙 洸

タナベコンサルティング
HR&人材育成
コンサルタント

日髙 洸

金融業界、大手人材広告会社での新卒採用支援・販促支援経験を経て当社へ入社。業界・規模を問わず、幅広く多くのクライアントの採用戦略を支援してきた経験を活かし、現在はHRコンサルタントとして活動。定量的な分析と現場視点のノウハウを融合させ、企業の持続的な成長を「HR」の側面から多角的にサポートする。

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