構想策定の重要性とその効果的な進め方

コラム 2024.05.17
マーケティングDX 戦略・計画策定 デジタルマーケティングデータ活用企業成長
構想策定の重要性とその効果的な進め方
目次

2024年1月、公益社団法人日本マーケティング協会(本部:東京都港区、会長 藤重貞慶、理事長 恩藏直人)は、34年振りにマーケティングの定義を刷新しました。これはマーケティングを生業にしている人間からすると大変な衝撃を受ける内容です。一方で、マーケティング後進国と揶揄される日本の企業にとっては大きなチャンスでもあると筆者は考えています。

マーケティング定義の歴史をさかのぼると、1950年代にアメリカのマーケティングの実態を視察した日本生産本部(経産省管轄の財団法人)が、1955年頃よりマーケティングの必要性を訴え、以降マーケティングに対する研究が盛んになったと言われています。戦後、モノ不足・経済的貧困を経験した先達は、高品質のモノづくりを追求し、それを日本全土に行き渡らせることが日本の豊かさの土台を築くうえで重要だと判断しました。

真面目で研究熱心な国民性を活かし、技術研鑽、仕組み構築を進めました。程なくして日本のモノづくりは世界水準となり、メイドインジャパンブランドの確立に繋がります。つまり、モノが不足していた1950年代は、作ったら作った分だけ売れる大量生産・大量消費の時代であったため、製品を作ったこと、販売していることを消費者に周知する活動がマーケティングの定義とされていました。当時の成功体験をもとに成長戦略を敷いてきた企業は、いまだに良い品質をうたい、技術力の高さを訴えかけることがマーケティング活動だと考えているケースが多いように感じます。

もちろんそれは間違いではないのですが、同時に正解でもありません。今やマーケティングにおいて、正解と呼べる勝ちパターンというものは存在しません。その意味では、令和の時代になっても1950年代の感覚をひきずり、当時の勝ちパターンを疑うことなく今も踏襲しようとする行為は間違いだといえるでしょう。自社はそんなことはないから安心だと考えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、人は成功事例を参考にするものです。「ベンチマーク先のあの企業がやっているから参考にしよう」という方法論を採用し、長年マーケティング戦略の根本的な見直しを図ってこなかった企業は、もしかしたら1950年代の成功事例のエッセンスが今なお残る戦略を継承している可能性があります。

話をマーケティング定義に戻します。新しいマーケティング定義は以下の通りです。比較するために、1990年に制定された定義も併記します

マーケティングの定義(2024年制定)

(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。

注 1)主体は企業のみならず、個人や非営利組織等がなり得る。
注 2)関係性の醸成には、新たな価値創造のプロセスも含まれている。
注 3) 構想にはイニシアティブがイメージされており、戦略・仕組み・活動を含んでいる。

マーケティング定義 制作委員会

マーケティング定義の制定委員会は当協会の理事長である恩藏直人教授を始め、日用品メーカー・重厚長大メーカー、サービス業界から5名、東西の大学からマーケティングの研究者を5名、以下計11名の委員から構成(五十音順、敬称略)。

委員長 :恩藏 直人 (早稲田大学 教授)
委員 :岩﨑 拓 (博報堂 執行役員)、栗木 契 (神戸大学大学院 教授)、里村 卓也 (慶應義塾大学 教授)、須永 努 (早稲田大学 教授)、平木 いくみ (東京国際大学 教授)、西尾 チヅル(筑波大学 教授)、福島 常浩 (トランスコスモス 上席常務執行役員)、星野 朝子 (日産自動車 執行役副社長)、柳井 慎一郎 (サントリー食品インターナショナル 常務執行役員)、山口 有希子 (パナソニックコネクト 取締役執行役員 CMO)

1990年に制定されたマーケティングの定義

マーケティングとは、企業および他の組織1)がグローバルな視野2)に立ち、顧客3)との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動4)である。

1)教育・医療・行政などの機関、団体などを含む。
2)国内外の社会、文化、自然環境の重視。
3)一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。
4)組織の内外に向けて統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、および顧客・環境関係などに係わる諸活動をいう。

(出典:公益社団法人日本マーケティング協会「34年振りにマーケティングの定義を刷新」https://www.jma2-jp.org/home/news/916-marketing

1990年の定義では、マーケティング活動の主体を「公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動」としていましたが、2024年の定義では、「ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセス」であると定義しています。前者が追求するものは経済的豊かさであり、正々堂々お金を儲け続ける活動を指していますが、後者が追求するものは持続可能な社会の実現であり、実現を可能にする構想・プロセス、つまり「将来絵図を描くこと」がマーケティング活動の主体だとうたっています。「そんなこと言っても、企業は売上と利益を得る社会の公器であり、稼ぐ機能をなくしてはもはや企業ではない」そんな声が聞こえてきそうですね。そしてそれは正しい指摘だと考えます。売上と利益を上げられない企業は、経済活動の主体としてはいずれ沈みゆく船と同義です。

そのためここでは、従来日本企業がマーケティング機能だと認識していた概念が、本当の意味でのマーケティング機能ではなく、どちらかといえば営業機能や販促機能の延長線にあったのではないかという仮説のもと論を進めてみましょう。なぜなら市場創造とは、自分たちの売り先を見出し開拓することであります。また公正な競争とは、大別すると、既存の商習慣に倣い既存のビジネスフィールドで戦うこと、あるいは破壊的イノベーターとなり、既存の商習慣を塗り替えるようなビジネスを展開し、ビジネスフィールドそのものを創造すること、この2つに帰着します。

販促して顧客創造し、営業して顧客開拓し、仕事をつくって売る、シンプルに整理するとこの3つが活動の基軸になります。これらの活動を総称した概念がマーケティングだと認識していると筆者は解釈しているのですが、この解釈が正しいとするならば、わざわざ総称して実態をわかりにくくする必要性はありません。それぞれの活動の意義と、生み出すべき成果を正しく認識し、企業活動としてブレイクダウンさせたいならば、総称としてのマーケティング概念は、意味の抽象化を加速させ、かえって活動のパフォーマンスを阻害する要因にすらなりえます。これは日本のビジネスシーンでよくある現象で、海外産の概念を日本になじませる努力をする前に、概念だけを先輸入することで起こる悲劇の一つだと捉えています。

今回刷新されたマーケティング活動の定義は、構想という行為と、構想のもとにプロセスを実践することが主軸となります。見落としてはならないのが注釈です。「関係性の醸成には、新たな価値創造のプロセスも含まれている」「構想にはイニシアティブがイメージされており、戦略・仕組み・活動を含んでいる」と記載されていますね。つまり、従来行ってきた販促、営業、ビジネスデザイン、実践チームの組織化・マネジメント等を通じた経済活動が総合的に含まれることを意味しています。ただし、その最終目標はあくまでも「より豊かで持続可能な社会を実現」することにあります。すべての経済活動が、より豊かで持続可能な社会の実現に貢献するものであること、そのビジョンなき経済活動は新しい定義に則るとマーケティングではない、と解釈できるのではないでしょうか。

つまり今後あらゆるマーケターは、販促計画や営業強化対策を練る際に、あるいは新規市場創造を目指してビジネスデザインをする際に、その活動の結果、自分たちに利益をもたらした先に、社会に対してどのような影響を与えるかまで視野に入れる必要があるということです。そこに言及できないマーケターは、マーケターと呼べない存在になるのでしょう。このことから、新しい定義の狙いは、経済的豊かさを求める稼ぐ装置としての企業からの脱却および、地球の存続を担う事業者として具体的なアクションプランを描ける企業への成長促進が背景にあると推察できます。

今後企業に求められるマーケティング力は、大きく三本柱に集約されると予想します。1つ目は、地球の存続を担う事業者として現実と理想のバランスを鋭く突いた構想を描く能力、2つ目は、構想を現実化させるための確かな計画立案力、3つ目は、計画にもとづき着実に実践に落とし込んで成果を出す能力。まずはこの三本柱のスキルセットをどのように育むか、それが最も重要な論点です。方法論は、能力を持つ人材が試行錯誤しながら自ら編み出していくほかありません。

しかし、最終的な目標が持続可能な社会の実現ですから、能力がある人材同士、会社の垣根を超えて協力しあえる可能性も同時に秘めています。それが実現できれば、企業単独では実現しえない大規模なネットワーク型のトランスフォーメーションが成立するかもしれません。仮にそのようなビジョンを描くことがマーケターの仕事の1つになると仮定すると、マーケターはトランスフォーメーションの担い手として活躍する花形人材として新しい立ち位置を獲得していくのかもしれません。

トランスフォーメーションというキーワードは、IT化やDX推進によって、すっかり定着したように思います。しかし、未だにDX推進の動機が、既存業務を効率的に楽にすることを主眼に置いたものであり、上述したような持続可能な社会の実現を想定しているものではありません。中小企業の方は、「うちにはまだ早い、そんな壮大なことは大手に任せて」とおっしゃいます。大手企業の方は「国が指定する基準に準拠することが重要」とおっしゃいます。

この点に大きな違和感を抱くのは私だけでしょうか? 現在は、マーケティング定義が刷新された背景からもわかるように、その価値観自体をトランスフォーメーションする時期に差し掛かっているのです。厳しい言い方をするならば、価値観の土台が1950年代から変化していないため、稼ぐための、あるいは延命するための既存業務の省人化という発想が生まれ、IT化やDX推進の目的も同様の方向性に着地すると考えられます。IT化やDXを進める前に、まずは価値観をトランスフォーメーションしましょう。価値観が変われば、構想できるものも変わります。具体的な実行計画を走らせる前に、まずは時代が求める構想力を、そして、構想を現実化することがわくわくして仕方ないという、どんな物事でも楽しめる力を持ちましょう。

私は現場で、新しいマーケティングの定義に沿った仕事を少しずつ始めていますが、まずは何をおいてもその2つの力を人間が備えることが重要だと感じます。その2つの力はITでは代替できない、人間固有の力です。この2つの力が十分に備わっていれば、計画立案力と実践力に多少不安があっても問題ありません。仮に計画や実践の方法論がわからなくても、ITによるサポートを導入したり、プロが考えた提案プランを導入したり、対策はいくらでも打てます。サポート機能を付与した状態で2つの力が備わった人材をリーダーに据えれば、構想を現実化する計画やアクションプランは高確率で成功するでしょう。

関連資料
AUTHOR著者
デジタルコンサルティング事業部
ゼネラルマネジャー
藤島 安衣

マーケティングやブランディングの戦略策定~戦術の展開まで一気通貫して対応広告制作ディレクター、コピーライター、塾講師、会場運営、モデル・俳優などを経験。誰よりも顧客を理解することに努め、顧客の歩む道を見据えたプランニングを行う。スピーディなPDCAを回し、現場を着実に変えるコンサルティングスタイル。

藤島 安衣
関連サービス
データ利活用ナレッジ

関連記事

ABOUT
TANABE CONSULTING

タナベコンサルティンググループは「日本には企業を救う仕事が必要だ」という
志を掲げた1957年の創業以来、66年間で大企業から中堅企業まで約200業種、
17,000社以上に経営コンサルティングを実施してまいりました。

企業を救い、元気にする。私たちが皆さまに提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。

コンサルティング実績

  • 創業 66
  • 200 業種
  • 17,000 社以上