人事コラム
人材育成を取り巻く環境
本コラムは、ダイヤモンド社発行の「戦略起点の人材マネジメント」の第5章の抜粋記事です。
(1)企業経営における最大の悩み「人材育成」
人材マネジメントを行ううえで、人材育成は欠かせない施策の1つであることはいうまでもない。しかし、人材育成の課題をまったく抱えていない企業はめったにないだろう。筆者が経営者と話をすると、
「若手の成長が遅い(→今の若者は仕事への情熱が低い)」
「次世代の経営幹部が育たない(→早く引き継ぎたいのに任せられる社員がいない)」
――など、人材育成の課題が後を絶たない。また、「教育計画がない」「教育効果が見えない」といった教育制度そのものにおける課題も多岐にわたる。
タナベコンサルティングが2024年に実施した「人材採用・育成・制度に関する企業アンケート調査」【図表5‒1】によると、最も多かった人材育成上の課題は「次世代のリーダーづくり・後継体制づくり」であった。人材不足の現代において、多くの企業が育成に対して課題を持っていることは確かであり、現在の社員(現有戦力)を確実に戦力化していく仕組みは必要不可欠であるといえる。
(2)日本企業の人材育成の現状
まずは日本企業の人材育成が世界から見てどこまで進んでいるのかを確認していきたい。厚生労働省の「能力開発基本調査(2023年度)」によると、Off‒JT(通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練)に費用を支出している企業の割合は49.2%にとどまっている【図表5‒2】。前年度比では2.9ポイント上昇しているが、調査対象の約14.6万社のうち約半数がOff‒JTに投資していない状況が続いている。
また、GDPに占める企業の能力開発費(Off‒JT支出額)の割合を国際比較すると、日本は米国の20分の1に満たず、諸外国と比べて突出して低い【図表5―3】。もっとも、日本企業の能力開発は費用を支出しないOJTが中心(海外企業はOff‒JTが中心)のため、この結果から「日本企業は人材育成を軽視している」とは一概にいえないが、他国と比べて能力開発に投資をしていないことは確かである。これは社員の成長にお金を出し惜しみしているとも受け取れ、企業の競争力低下にもつながる危機的な状況といえる。
企業を経営するうえで、「人材」が極めて重要であることはどの経営者もよく理解しているはずである。しかし、実態として日本企業の人材育成は思うように進んでいない。この問題の根本には何があるのだろうか。考えられる要因を3点挙げていきたい。
①人材育成を経営戦略の一環として捉えきれていない
多くの企業が経営戦略に基づいて事業計画を毎年策定している。しかし、人材育成の計画を明文化している企業はごくわずかである。中期経営計画の策定と併せて、「中期人材育成計画」を策定している企業は少ないというのが現実である。
労働者の職業訓練や教育機会の確保を事業主に求める「職業能力開発促進法」では、労働者の能力開発を段階的・体系的に行うための「事業内職業能力開発計画」の作成が事業主の努力義務とされている。だが、「能力開発基本調査」(2023年度)によると、「すべての事業所において作成している」とする企業は14.1%にすぎず、77.2%の企業は「いずれの事業所においても作成していない」と回答していた【図表5‒4】。つまり、多くの企業は従業員の能力開発を計画的に行っていないのである。
人材育成に強い関心を持っていたとしても、実施すべき行動を具体的な計画に落とし込んでいなければ、成果を上げる(=人材力の強化)ことは困難であろう。たとえ計画があったとしても、人事部のみで作成すると事業戦略との連動性が弱くなり、効果的な教育にはつながりにくくなる。人材育成を経営戦略の一環であると捉え、全社の取り組みとして各部門の実態を踏まえた「方針・計画」へと落とし込み、予算化することが重要である。
また、人材育成においては「予算化」も重要なポイントとなる。「この研修にはいくらのコストがかかる」ではなく、「今年の教育費にはいくらの投資をしよう。そのためにはこの研修を受けてもらおう」といった投資の視点を持つことが人材育成への取り組みを加速化させる。
②「働き方の変化」に合わせた教育環境が整備されていない
新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの企業が半ば強制的にリモートワークの導入を余儀なくされた。人材育成の面では、コロナ禍で一時的にすべての研修がストップしてしまった企業や、いまだにコロナ前と同様の研修を実施できていない企業も多い。「多様な働き方」や「ワーク・ライフ・バランス」への関心が高まるなかで、より効率的な研修の実施も求められている。集合研修をただ単にオンライン化するだけでなく、より効果的・効率的に学ぶことができるカリキュラムを検討することが必要不可欠である。
③教育を「企業主体のもの」と捉えている
日本企業はこれまで終身雇用・年功序列が一般的であり、役職や勤続年数などの階層ごとに必要な知識・スキルを習得する「階層別研修」が広く実施されてきた。階層別研修は組織全体の「底上げ」を目的としており、社員1人ひとりに自分の役割を認識させることで会社が期待する活躍へつなげたり、同じ階層同士の社員のコミュニケーション機会をつくることで組織を活性化したりすることが可能な点が特徴である。
階層別研修は多くのメリットがある一方、会社の定めるタイミングで行われ、また同階層で同じ内容の研修を受けるため、社員はどうしても受動的な取り組み姿勢になってしまう。階層別研修が根づいている企業では、企業側・社員側ともに「研修は会社が用意するもの」という意識が強くなる。すると、社員から「こういった研修を受けたい」という自発的な声が上がりにくくなり、研修を「受けさせられている」と感じる社員も出てくる。そうしたなかで、企業は画一的な階層別研修だけでなく、「選抜研修」や「選択式研修」などの導入により、社員の自律を促し、自発的に受けたい研修メニューを選択できる環境を整備することも必要となる。
