人事コラム
企業における人材育成の目的と重要性
本コラムは、ダイヤモンド社発行の「戦略起点の人材マネジメント」の第5章の抜粋記事です。
企業経営における人材育成の重要性を否定する経営者はいないだろう。しかしながら、「なぜ、人材育成に取り組んでいるのか」と問われたとき、明確に答えられる経営者がどれだけいるだろうか。人材育成とは、社員を育成することだけが目的なのではない。経営理念・経営戦略を具現化する人材の輩出、すなわち、経営目的を達成する手段にすぎない。そのため、経営方針や経営課題によって、取るべき人材育成の施策も異なってくる。人材育成の重要性を認識し、自社にとっての人材育成の目的を明確にすることが、人材育成方針を策定するファーストステップとなる。
次に、企業経営における人材育成が必要な主なポイントを3点取り上げていく。
- ・質の高い労働力を確保するため
- ・変化への適応力を高め、企業を存続させるため
- ・社員の個々の能力開発と同時に組織力の向上を図るため
(1)質の高い労働力の確保
1つ目は「質の高い労働力の確保」である。企業が労働力を確保するには、外部(労働市場)から獲得するか、社員(現有戦力)を育成するかのいずれかである。もちろん、人材育成の主眼となるのは後者であり、採用者の定着率向上や採用後の早期即戦力化につなげていくことが重要だ。
一方で、外部からの獲得についても、人材育成の取り組みそのものが求職者を引きつける要素の1つになり得るため、採用と人材育成は連関して取り組んでいくことで人材育成の副次的なメリットを享受できるだろう。
また、転職が珍しくない昨今においては、優秀な人材の流出を防ぐためにも人材育成は欠かせない。大手転職サイトの調査によると、転職の理由として「スキルアップしたかった」と回答する若者が増えているという。成長意欲の高い社員の期待に応え、社員のモチベーションを高めていくことも、人材育成を実施する重要な目的の1つである。
(2)変化への適応力を高め、企業を存続させる
これまで当たり前とされてきた価値観や社会の仕組みが、コロナ禍をきっかけに一変した。先行きの予測が極めて困難な「VUCAの時代」に対応するため、企業は常に変化が求められる。経営者であれば誰もが、「時代の変化についていけない企業は淘汰される」ことに危機意識を持っているだろう。しかし、自社の社員はどうだろうか。会社が変化するのであれば、その業務に従事する社員の持つ知識・スキルも当然、アップデートしなければならない。そのなかで、人材育成に取り組むうえでは、会社や個人が保有する知識・スキルの延長線上で教育していくだけではなく、未来を見据えた企業の成長と経営戦略の推進を実現するために必要な知識・スキルを可視化して、社員に必要な教育機会を提供していくことが、企業存続に欠かせない取り組みだといえる。
そうしたなかで、近年、注目されている育成システムの1つにリスキリングがある。リスキリングの目的は、「社員が新たに必要となる業務・職務に適応できるよう、職業能力を再開発・再教育すること」である。似た取り組みとして「リカレント教育」があるが、こちらは社会人の学び直しという意味を持つ。リカレントは一般的に、業務との連動性の有無にかかわらず、本人が主体的に新たなスキルや知識を習得することを指す一方、リスキリングは企業が主体となって、人事戦略として社員に学びの機会を提供する点が特徴である【図表5‒5】。
また、ITツールの導入や新規事業の立ち上げなど、既存業務から新しい業務へ転換するための社員のスキルチェンジを目的としており、新たな価値の創造が期待される。
企業がリスキリングを実施するメリットは、次の5点である。
- ①新しい知識・技術の保有者の継続的な輩出により、ビジョン・方針の推進力が高まる
- ②既存の考えや技術にとらわれない新しいアイデアが生まれやすくなる
- ③DX人材の育成により、生産性向上が期待できる
- ④戦略的な人材配置が可能となり、採用コストの削減につながる
- ⑤社員のキャリアアップや活躍の場が拡大することで、定着率が向上する
リスキリングは新たな戦略を推進するうえで欠かせない人材育成施策であるが、社員の負荷が大きいために、社員が自ら学ぼうとする自発的な姿勢を持たなければ推進力は高まらない。したがって、リスキリングの導入においては、事業戦略に基づいた人事戦略から教育体系へと落とし込み、必要なスキルを可視化したうえで、社員を動機付けて進めていくことが重要となる。
(3)社員の個々の能力開発と同時に組織力の向上を図る
社員1人ひとりのスキルアップはもちろん大切だが、企業としてさらに重視したいのは、「組織力の向上」である。高い組織力とは、組織全体の生産性向上、パフォーマンス向上、心理的安全性の高い風土の醸成、経営理念やビジョンの浸透を通じたベクトルの統一などが挙げられる。これらを実現するためには、ただ単に社員の学習を促すだけではなく、組織全体で人材育成に携わる仕組みによって、自律的に学び互いの成長を認め合う風土づくりが求められる。
現場で行われるOJTを例に挙げると、ただ業務を教えるだけの単純なOJTでは個人のスキルアップ以上の成果は得られにくいが、1人の成長をチーム全員で支援し合う仕組みがあることで、チーム全員が人材育成に関心を持ち、学び合い、教え合う組織風土の醸成に期待ができる。
個人と組織の成長に寄与する質の高いOJTを行うには、「人はどのように育つのか」について理解することが重要である。ここでは人の成長に関する考え方の1つとして、米国の組織行動学者であるデイヴィッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」【図表5‒6】を紹介したい。コルブは、人が経験から学びを得るプロセスは「具体的経験」「内省的観察」「抽象的概念化」「能動的実験」の4つのステップで成り立つとし、このサイクルを繰り返すことによって経験から学習し成長することができると述べている。経験と学習に関する学術的な知見のなかでは、一般的に広く知られているモデルである。
「内省的観察」の段階では、上司や同僚など他者との対話を通じた支援の重要性が指摘されている。個人が独力で経験を振り返り抽象化するのではなく、フィードバックやコーチングなどの支援を受けることで経験学習の質を高めることができるのだ。このモデルを理解することは、効果的なOJTを実施するための1つの指針となり得るだろう。
