人事コラム
現場を変える宿泊業に適した人事制度とは
宿泊業で働く人材が活躍するための抜本的な人事制度構築で、採用・育成・定着の好循環を生み出す実践手法を解説します。
宿泊業界がより一層成長するには、人事制度の抜本的な見直しが不可欠です。このコラムでは、職域別の等級設計、職種を加味した評価/報酬、適切な運用の仕組みの3つの柱で、人材定着率を高める人事制度改革の実践方法を紹介します。
宿泊業の人事制度改革で人材活躍を実現する方法
宿泊業を取り巻く環境変化と人事制度
宿泊業界は現在、大きな転換期を迎えている。厚生労働省の統計によれば、2025年6月時点で宿泊業・飲食サービス業の有効求人倍率は2.53倍と、全産業平均1.22倍を大きく上回っている。一方で、インバウンド需要の回復により宿泊施設の稼働率は上昇傾向にあり、需要と供給のギャップが拡大しているのが現状だ。
この環境下で、人材の確保と定着は経営の最重要課題と言えるだろう。公的機関の調査では、2025年1月時点でホテル・旅館業の60.2%が正社員不足を感じており、さらに、宿泊業・飲食サービス業の離職率は26.6%と全産業平均15.4%を大幅に上回っている。
こうした課題の背景には、労働環境の厳しさが起因している。賃金構造基本統計調査では、宿泊業・飲食サービス業の平均月収は約27万円と全産業で最も低い水準にあり、有給休暇取得率も51.0%と最下位であった。また働き方もシフト勤務や夜勤などが主であり、土日祝休みというような一定のリズムが作りづらい。宿泊業は華やかなイメージを持たれることも多いが、実態として「きつい・安い・休めない」という現状がある。
このような課題に対処するための重要な施策の一つが人事制度改革である。適切に設計された人事制度は、採用力の強化、人材育成の効率化、定着率の向上という好循環を生み出す起点となる。
顧客体験を最大化する職域特性を加味した等級設計
宿泊業は、大きく分けるとフロントに立つ一般社員とそれらを統括する支配人で構成される。職種も分業されており、フロント業務、客室清掃、レストランサービス、調理、施設管理など、異なる専門性を持つ人材がそれぞれの現場で働く形式でオペレーションが回っている。本来であればそれぞれのセクションに高い専門性を持つ人材がいるにも関わらず、これまでの等級制度では入社後は支配人、いわゆる管理職を目指す単線型の人事制度で運用されるケースが大半であった。結果として、キャリアパスの限界やマネジメント志向が無い社員の離職を招くことも多かったであろう。
これらの課題を解決する一つとして、職域特性を加味した複線型人事制度が有効な手段である。例えば、あるホテル運営会社では入社段階で「支配人を目指すマネジメントコース」と「接客や特定分野を極めるプロフェッショナルコース」を選ばせて、本人の希望で職域別に処遇する等級制度を導入している。また、入社後は本人の意向によるキャリアチェンジも可能としている。このように管理と専門という職域別に等級設計を行うことがこれからの時代にはフィットするだろう。
加えて、等級設計においては、各職種の業務内容を詳細に分析し、階層ごとに期待される役割を言語化することも重要である。例えば、フロント業務であれば、初級レベルでは基本的なチェックイン・チェックアウト対応、中級レベルでは顧客対応力とクレーム解決能力、上級レベルではアクティビティ開発といった具合に、段階的な成長ステップを示すことも合わせて検討したい。
職種別の評価設計と成果がダイレクトに反映される報酬システム
等級制度を基盤として、次に構築すべきは評価制度と報酬制度である。宿泊業における評価制度では、定量的な指標と定性的な指標をバランスよく組み合わせることが重要である。定量指標としては、客室稼働率、顧客満足度スコア、リピート率、売上目標達成率などが挙げられる。定性指標としては、接客態度、チームワーク、問題解決能力、業務改善提案などだ。
ただし客室稼働率やリピート率などは現場のサービススタッフの自助努力だけでは解決されない場合も多い。そこで評価項目は全社一律ではなく、各職種に必要な能力に基づいて職種別に設計することが効果的である。例えば、フロント業務では多言語対応力や予約管理の正確性、調理部門では料理の品質や食材管理能力といった具合に、職種特性に応じた評価軸を設定するイメージである。
報酬制度については、基本給、職務給、成果給、手当などの構成要素を賃金思想に基づいて明確にし、それぞれの決定基準を透明化させていく。最近人事制度を改定している宿泊関連の企業では、手当は極力無くし、自らの行動/成果が直接基本給に反映されるシンプルな報酬設計がトレンドである。限られた原資の中でも、評価と報酬の連動性を高めることで、社員の納得感とモチベーションを向上させていくことが求められる。
人事制度の効果を最大化する運用の仕組み
宿泊業に従事する多くの社員の使命は、顧客満足度の追求である。高品質なサービス提供を行い、特別な時間をお客様に感じてもらうべく尽力している。ゆえに営業会社のような売上/利益ばかりを追求する職種ではない。
ゆえにそのような業務形態においては、定量的な物差しは必ずしもそぐわず、どうしても定性面を鑑みた処遇にならざるを得ない。そのような宿泊業において人事制度の運用を適切に行うためには、上位者と本人のフィードバックやコミュニケーションがなによりも重要となる。
事例として、地域の主要観光地に根差したある宿泊会社は、年2回の人事評価を最も重要な仕組みとして位置付けている。人事評価が確定する前に上位者と本人が最低1時間の面談の場を設け、上位者が本人に一方的に評価を伝えるのではなく、本人が上位者に対して自らの成果/行動をアピールしながら、評価結果をすり合わせていくのである。1時間というのはあくまでミニマムであり、本人が納得するまでとことん向き合っている。
このようにフィードバックやコミュニケーションを疎かにせず丁寧に行うことで、上位者と本人の認識ギャップ解消やそもそもの評価項目の理解が促されることとなる。結果として、本人の評価に対する納得度が高まるのだ。数字で表現しきれない業種であるからこそ、フィードバックやコミュニケーション機会を人事制度を運用する仕組みとして設計することも推奨したい。
さいごに
人事制度改革は経営トップのコミットメントが不可欠である。制度の意義を全社員に伝え、組織文化として定着させるためには、経営層が率先して制度を支持し、運用に関与する姿勢が求められる。人材を最重要資産と位置づけ、投資を惜しまない経営判断が、持続的な成長を支える宿泊業の基盤となるのである。
