企業経営の中心は「人材」にあり
本コラムは、ダイヤモンド社発行の「戦略起点の人材マネジメント」の抜粋記事です。

|はじめに|企業経営の中心は「人材」にあり
近年の企業経営の最重点課題といえば、「人材」である。経営コンサルタントである筆者と経営者とのディスカッションでも、人材の話が出ないことは皆無に等しい。「わが社には優秀な人材がいない」「有能な社員を他社に引き抜かれてしまった」「次世代の経営者や管理職者、後継者人材が見つからない」「給与の支給額を上げたいがなかなか上げられない」「世代間のギャップが大きく、若い世代の価値観がわからない」「人が育たない」「そもそも人を採用できない」など、経営者の悩みは人、人、人であふれている。
企業の課題認識が顕著に表れる中期経営計画を見ても、近年作成されるもののほとんどが「人材力強化」など人材に関するテーマを掲げている。このことからも、人材が企業の最重点課題であることがうかがえる。
弊社(タナベコンサルティング)の調査結果によると、中期経営計画を策定している企業のうち、達成できなかった企業の割合は6割以上を占めた。その原因はどこにあるのか。いちばんの原因は人材である。どれだけ素晴らしい経営戦略や精緻な経営計画、マネジメントシステムが構築されても、それらを推進するのは人材なのである。
しかし、企業の多くは経営戦略にかける投資(時間・労力なども含む)に比べ、人材マネジメント戦略への投資が不十分である。なぜか。従来の経営戦略は既存のビジネスモデルの延長線上のものが多く、人材マネジメントシステムを大きく変える必要がなかったこと。また、経営戦略の転換があっても、既存人材の体制でなんとかカバーできるレベルであったため、人材マネジメントについては「既存の人員で頑張ればなんとか達成できる」という考えが根底にあると思われる。
そして、この「既存のメンバーで頑張ればなんとかなる」ことを可能にしてきたのが、日本特有の「メンバーシップ型人事」である。しかし、現在は予測が不可能な高速変化をする時代であり、併せて顧客ニーズの専門化・多様化も進むなかで、「頑張ればなんとかなる」的な人材マネジメントでは対応できなくなっているのが現実である。
これは私たちコンサルタント会社も同様で、仮に、あるクライアント企業が「海外事業の立ち上げ」と「デジタルを活用したビジネスモデルの構築」と「次期経営者人材の育成」が次の成長戦略の実現条件だとしたら、このテーマを一人のコンサルタントが解決するのは現実的ではない。コンサルティング業界においても、多様なニーズに対応するために組織と人材の専門化が行われ、ニーズに即応できる体制が求められている。
「頑張ればなんとかなる」というのは、個人の成長にとっては必要な姿勢であるが、クライアント側から見ると〝頑張り〟よりも「課題を解決できる人材体制」が評価される。
こうした状況を企業が認識しているのが現在であり、それが中期経営計画の重点施策として「人材力強化」が掲げられることにつながっているといえる。その半面、適切に人材力強化が行えている企業は、まだまだ少数派である。筆者は、経営者の方々と人材についてディスカッションをする際に、「御社では入社した社員が一人前になるまでどのくらいの期間がかかりますか?」とよく質問する。それに対する回答は、大きく3つのタイプに分かれる。
まずパターンAは、「わが社の業界は特殊ですから10年くらいかかりますね」と長期間を要するタイプ。パターンBは、「1年の人もいれば、3~5年かかる人もいます」と人によって格差があるタイプ。そしてパターンCは、「入社して3年でほとんどの社員が一人前になります」と短期間で育つタイプ。この3つのパターンのうち、最も生産性の高いものはどれか。パターンCであることは明白である。
仮に、それぞれのタイプの3社(A社・B社・C社)が競合関係にあったとしたらどうだろう。この人材育成の格差が生産性の格差となり、企業競争力にも大きな影響を与えることが想像できる。つまり、3社間で製品力やサービス力に差がなければ、C社(パターンC)の競争力が高まるということである。
皆さんの会社ではどうだろうか。「人材力強化」を最重点課題に掲げながらも、効果的な施策を打てていない企業や、期待する成果を上げられていない企業が多いというのが筆者の実感である。
近年の人材マネジメントのトレンドとして、「エンゲージメント」「ウェルビーイング」「ダイバーシティー」「リスキリング」「トータルリワード」「ジョブ型人事」などがある。ただ、実際にこれらの取り組みの本質を理解して、成果につなげられている企業がどれだけあるのか疑わしいのが実情である。
例えば、リスキリングは「学び直し」と理解されることが多いが、実際の定義(経済産業省)は「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」である。すなわち、経営環境が変われば経営戦略やビジネスモデルも変わり、それに伴い社員の役割と業務も変わる。そこで必要とされる新たなスキルをどのように社員に身に付けてもらうか、を考えるのがリスキリングの本質である。リスキリングが進まなければ、経営戦略は実行されない。したがって、リスキリングは経営戦略と連動した仕組みでなければならず、経営システムの1つといえる。このように、人材マネジメントの施策を一つひとつ掘り下げていくと、すべては経営戦略とつながっていることがわかる。
人材マネジメントは、時代によってトレンドがあり、そのつど新たなマネジメントのノウハウが生まれてくる。だが、掘り下げてみると、従来からいわれてきた原理原則と本質的には変わらない、あるいは、一般的に知られる手法を別の角度から捉えただけというケースも少なくない。人材マネジメントの失敗は、施策に対する「目的」「ゴール」の曖昧さと施策の本質・定義に対する理解不足に起因すると思われる。
本書は人材マネジメントを経営システムの一環として捉え、「成果につながる人材マネジメント」をあるべき姿としている点が、一般的な人材系書籍と異なる特徴である。その成果とは「経営理念・ビジョン・経営戦略の実現」であり、そのために必要な人材の確保、動機付け、育成をマネジメントするということである。
したがって、企業が人材マネジメントを考える際、第一に優先しなければならないのが「経営理念・ビジョン・経営戦略との連動性」である。つまり、人材マネジメントシステムを運用することで、企業の理念・ビジョン・戦略実現にどれだけ寄与できるかが重要なのである。
本書では、人材マネジメントは経営戦略と連動した経営システムであるという本質を軸に置き、現在の取り巻く環境から今、企業が取り組むべき人材マネジメント施策のポイントを解説している。経営者、経営幹部、人材マネジメントに携わる方々が社内での活用をイメージできるよう、実際の企業の取り組みについても可能な限り記載した。企業事例の一部は諸事情により社名を伏せているが、どのケースも成功メソッドであり、ポイントを外さずに伝えている。
また、事例は中堅企業を中心に掲載した。大手企業の場合は人材部門の体制が整っており、マネジメント施策に取り組めるだけのリソースが備わっているのに対し、国内企業の九割以上を占める中堅・中小企業はそうではない。大手企業の事例は多くの読者が臨場感を持てないと考えたためである。
中堅・中小企業の経営者、経営幹部、人材マネジメントとかかわる方々が本書を通して人材マネジメントの本質を理解し、最適な施策を構築・実行するきっかけとなり、最終的に人材力強化や企業のビジョン・戦略の実現につながる事例が1つでも多く生まれることを祈念している。
この課題を解決したコンサルタント

タナベコンサルティング
上席執行役員
HRコンサルティング事業部川島 克也
- 主な実績
-
- 大手住宅メーカー:人事制度再構築コンサルティング
- 大手クリーニング業:人事制度再構築コンサルティング
- 大手食材卸売業:人事制度構築コンサルティング
- 中堅管材卸売業:アカデミー構築コンサルティング