COLUMN

2024.11.01

建設業のホールディング化・持株会社化における戦略着眼とリスク

  • ホールディング経営

建設業のホールディング化・持株会社化における戦略着眼とリスク

目次

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ホールディング経営とは、持株会社を中心に複数の事業会社でポートフォリオやバリューチェーンを形成し、グループの競争力を高めることで持続的成長を目指す経営体制のことを指します。ホールディングス化を検討・実行する企業は増加しており、その規模感も大手企業に限らず、中堅企業・中小企業においてもひとつの経営技術としての普及が進んでいます。
本稿ではそのなかでも建設業界におけるホールディング経営のポイントをご紹介します。

建設業を取り巻く環境

(1)先行きが不透明な建設投資額
建設業の業績は外部環境のなかでも建設投資額に大きく左右される特徴があります。市場全体の投資額は企業の受注高・完成工事高に影響を与えるだけでなく、投資額の低迷は価格競争を引き起こし収益性(粗利率)の低下を誘引する傾向があります。中長期的な建設投資額の見通しについては諸説あるものの、マクロ的な経済成長の動向、政府の政策、金利・金融環境、労働市場動向など様々な要因が絡み合いながら影響を与えるため、先行きが不透明な状況です。

(2)労働力不足
建設業界の労働者の平均年齢は年々上昇しており、多くの熟練労働者が定年退職を迎えています。一方で、若年層の参入が減少しており、新たな労働力の確保が難しくなっています。特に高度な技能を持つ労働者の不足は深刻で、専門的な作業が滞ることが多くなっています。また、働き方改革関連法により、2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されています。これにより、長時間労働が制限されるため、現場の労働力不足が深刻化するリスクがあります。

(3)デジタル化の遅れ
デジタル化は多くの業界で進展しており、効率化やコスト削減、品質向上など多くのメリットをもたらしています。しかし、建設業界においてはデジタル化の進展が他の業界に比べて遅れているのが現状です。依然として多くのプロジェクトが紙ベースの図面や手作業による管理に依存している企業が多く、上記の労働力不足に対して現場の生産性が高まらない状態にあります。

取り巻く環境から見た建設業における基本戦略

建設業界を取り巻く環境から考えられる基本戦略をご紹介します。

(1)建設業のバリューチェーン拡大による成長モデル
1つ目は建設業という領域のなかで、バリューチェーンを拡大していく成長モデルです。建設業と一括りで表現しますが、バリューチェーンとしては、「調査・企画→設計→調達→施工→メンテナンス・保守→リニューアル→解体」と複数の機能により構成されています。それぞれの機能を強化していくことで付加価値が高まることが期待されます。

(2)建設業の枠を超えた事業ポートフォリオの拡大による成長モデル
2つ目は、建設業という枠を超えた事業の展開により事業ポートフォリオを進化させていく成長モデルです。建設業という領域のなかでバリューチェーンを拡大したとしても、業界固有の外部環境に左右されやすいという特性から脱却することは困難であり、真に安定した成長モデルを描いていくうえでは業界の壁を超えた事業展開を検討していくことが求められます。この場合、自社のミッションを再定義する(どの領域で自社の存在価値を発揮していくのかを再定義)することと、ミッションに基づいたポートフォリオ戦略を推進していくことが必要になります。

(3)DX戦略の推進
3つ目は、DX戦略の推進です。建設業界においてデジタル化が遅れている背景としては、伝統的な業務慣行、デジタル技術を活用するためのスキルを持つ人材の不足、新しい技術への抵抗感が挙げられます。労働力不足に対する対策の柱としてデジタル技術があげられる一方で、推進がしきれないという現状を脱却していくためには、DX戦略を推進する専門部署の設立、DXに関する社内プロジェクトの組成、DX専門人材の採用など、既存の価値観にとらわれない本腰を入れた経営資源の配分が必要になります。

「建設業×HD」における戦略上のポイント

緊急性と重要性を両立させる組織デザイン

取り巻く環境と基本戦略から、建設業界は「労働力不足という現場課題の解決」と、「持続的成長の実現に向けた中長期戦略推進」といった時間軸の異なる取組みの両面を進めることが求められていると考察されます。一方で、緊急性と重要性を天秤にかけた際に、多くの企業は緊急性の高い課題が優先され、重要性の高い中長期的な取組みは先送りされ続ける傾向があります。
この問題に対するひとつの解決手法として「ホールディングス化による機能分化」ということが挙げられます。具体的には、緊急性の高い事象への取り組みは事業会社、重要性が高い事象への取り組みは持株会社であるホールディングカンパニーが推進責任を担うという体制を構築するということになります。
この場合グループ本社機能を担うホールディングカンパニーにおいては、間接業務を集約したバックオフィス機能だけでなく、戦略を推進するミドルオフィス機能を強化することが必要となります。

グループ本社機能におけるミドル機能・バック機能 図表:グループ本社機能におけるミドル機能・バック機能(タナベコンサルティング作成)

グループ本社機能の強化

建設業を取り巻く環境と基本戦略から考えられるグループ本社機能の強化の方向性についてご紹介します。

(1)事業開発・M&A推進機能
バリューチェーン・事業ポートフォリオの拡大を実現するためには、新たな事業を開発する、またその手段としてM&A戦略を推進することが必要になります。新規事業の開発やM&A戦略の推進は、中長期の視点で推進すべき重要性の高いテーマであり、事業会社ではなくグループ本社であるホールディングカンパニーの役割と設定することが望ましいと考えられます。

(2)DX戦略推進機能
建設業におけるDX戦略の最重要テーマは、現場の生産性の向上になります。一方でデジタル技術の活用には、専門知識をもつデジタル人材とデジタルツールに対する投資判断が必要となることから、現場にだけ任せていても推進がなされないという課題があります。また、複数の部門との連携が欠かせないテーマであることから、グループ本社で統括機能を持つことが望ましいと考えられます。

(3)ファイナンス機能
本稿におけるファイナンス機能とは、投資判断機能と、グループ全体のキャッシュマネジメント(調達と投資)機能を指します。言い換えると、グループ本社が、いつ・どのような領域に・どの程度の金額を投資するかをグループ最適の価値観に基づき判断し、実際に投資資金を拠出するのもグループ本社が実施するという機能になります。この機能を実装するためには、ホールディングカンパニーがグループ全体の余剰資金を集約するためのグループ財務構造の設計が必要となります。

建設業固有のHD化におけるリスクと対策

建設業許可の維持と経営事項審査への影響

建設業を営む企業がホールディングス化(持株会社設立)する際には、業界固有のリスクがあります。特に、建設業許認可と経営事項審査(以下、経審)への影響については、事業継続に関わるリスクとして十分な検証が必要となります。

(1)建設業許認可
建設業許認可は、ホールディングス化へ移行する手法として株式移転方式を採用するか、会社分割方式を採用するかによってリスクが異なります。細かな手法についての説明は本稿では省略しますが、シンプルに表現すると、株式移転方式はホールディングカンパニーを新設する手法、会社分割方式は事業会社を新設する手法となります。株式移転方式では、既存の事業会社にて許認可が継続されますので、特段の許認可承継におけるリスクは発生しません。一方で、会社分割方式においては、新設した事業会社にて許認可を新規取得する、もしくは承継することが必要となります。過去の建設業法の法規制においては、新規取得が必須となっており、申請から新規取得までの空白期間が発生することがネック事項とされておりました。一方で、令和2年に一部のケースにおいて、新設した事業会社へ許認可が承継できるように法改正がなされております。この点については、自社の組織再編手法において許認可の承継が可能かどうかを検証したうえで実行することが必要となります。

(2)経営事項審査
経営事項審査においても、株式移転方式と会社分割方式においてリスクの多寡が異なります。株式移転方式においては、既存の事業会社が維持されますが、会社分割方式においては新設した事業会社で入札に参加することが必要となります。この際に、経営事項審査では過去2年間での売上高などの過去実績が評価点数算出に必要となることに対して、新設事業会社では実績がない、ということが問題となります。この点に関しては、特殊経審を受審することで、完成工事高や利益額や自己資本額といった項目を承継会社に加味させることが必要となります。ただし、特殊経審においては精緻なシミュレーションが必要であり、選択が可能であれば株式移転方式を選択することがリスク低減の観点からは望ましいと言えます。
次に、どちらの方式を採用したとしても評点が下がるリスクがあります。持株会社と事業会社において資産負債を切り分けすることにより、貸借対照表のバランスが変動することにより自己資本額を代表とする評価対象となる経営指標が変動する可能性があります。また、持株会社と事業会社で所属人員を切り分けした際に、事業会社に所属する技術職員数や資格取得人員が減少するケースがあります。これらの変動により評点が下がる可能性があるため、こちらも組織再編実行前に十分なシミュレーションを行うことが大切になります。

最後に

ホールディングス化への移行が、建設業が様々な逆風のなか持続的成長を実現していくためのひとつの選択肢となります。ただし、ホールディングス化はあくまで手段であり目的にはなり得ません。ホールディングスという経営体制にてどのようなグループを目指すのかが重要であり、すなわち「グループビジョン」に対する意志がその出発点となります。経営者・経営幹部の皆様には、このグループビジョンに対する意志と、それを実現する手法としてホールディングス化を検討いただければと思います。

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