人事コラム

コンサルタント一問一答人事制度・人事処遇制度

降格人事を回避するには?
能力不足の社員に対するパフォーマンス改善プロセス

能力不足を理由とした降格・懲戒処分の前に、人事が取るべき指導プロセスを解説します。

能力不足を理由とする降格人事は、就業規則の定めや合理的根拠がなければ無効となるリスクがあります。本コラムでは、違法リスクを回避しながら社員の成長を促す、適切な人事・マネジメント対応の手順を解説します。

降格人事が求められる背景と法的リスク

降格人事が求められる背景と法的リスク

組織運営において、特定のポジションに就く社員の能力や成果が職位の要件を満たさない場合、人事権の行使として降格を検討するケースがあります。しかし、降格人事は社員にとって重大な不利益変更にあたるため、就業規則や労働契約に明確な根拠がなければ、無効と判断される可能性があります。
降格には大きく二種類あります。一つは「職能資格の引き下げ」であり、もう一つは「役職・職位の降下」です。前者は賃金に直結するケースが多く、後者は組織上の権限や責任範囲の縮小を意味します。いずれも、就業規則に降格の対象・要件・手続きが定められていることが前提となります。
就業規則に降格に関する定めがない場合、または定めがあっても適用の根拠が不十分な場合、社員から「降格は違法・無効である」と主張されるリスクがあります。また、降格の判断が恣意的・感情的と受け取られると、懲戒処分との混同や不当労働行為の疑義を招くこともあります。
人事責任者は、降格を検討する前に、就業規則の該当条項を確認し、降格の合理的根拠が客観的に示せるかどうかを精査することが重要です。

能力不足を見極める客観的な評価基準

能力不足を見極める客観的な評価基準

降格の根拠として「能力不足」を挙げる場合、その判断は主観的な印象ではなく、客観的な評価基準に基づく必要があります。感覚的な評価は、後に「根拠が不明確」として争われる原因となります。
能力不足を客観的に示すためには、以下の要素を整理することが求められます。

 

①職位・役割要件の明文化

当該社員が担う職位に求められるスキル・行動・成果水準が、職務記述書や等級定義書などに明確に定められていることが前提です。要件が曖昧なままでは、不足の証拠として機能しません。

 

②評価記録の蓄積

人事考課の結果、目標管理(MBO)の達成状況、上長による定期的なフィードバック記録など、複数時点にわたる評価の証拠を確認・保全します。単一時点の評価では、継続的な能力不足の立証として不十分とみなされる場合があります。

 

③指導・支援の履歴

能力不足が確認された後、会社として適切な指導・研修・業務支援を行ったかどうかも、降格の合理性を判断する重要な要素です。指導の事実と内容を記録として残しておくことが不可欠です。
これらの要素が揃って初めて、降格の判断に足る客観的根拠として機能します。

降格回避に向けたパフォーマンス改善プロセス

降格回避に向けたパフォーマンス改善プロセス

能力不足が確認された場合、いきなり降格・懲戒処分に進むのではなく、段階的なパフォーマンス改善プロセス(PIP:Performance Improvement Plan)を経ることが、法的リスクの回避と社員の成長促進の両面から有効です。PIPとは、能力・成果に課題のある社員に対して、改善目標・期間・支援内容を明示した計画を設定し、定期的に進捗を確認する仕組みです。
PIPの成否を左右する要因として、上長と対象者の間にある日常的なコミュニケーションの質と信頼関係が挙げられます。筆者の経験上、PIP開始以前から対話が活発で、上長が部下の状況を把握し、部下が上長に相談しやすい関係が築かれている場合、改善が実現しやすい傾向があります。一方、日常的な関係が希薄なまま改善計画だけを提示しても、対象者が孤立感や不信感を抱き、行動変容につながりにくくなります。PIPは制度の問題である以前に、マネジメントの問題でもあることを認識しておく必要があります。

 

以下のステップで進めることが一般的です。

 

ステップ1:現状の課題を明確に伝える

具体的な行動・成果の不足点を、証拠に基づいて社員本人に伝えます。注意・指導の内容は書面で記録し、社員が確認したことを示す形で保管します。
しかし、この点で重要なことは、本人が自身の課題を正しく認識し、改善への意欲を持てるよう働きかけるコミュニケーションです。上長や人事担当者が一方的に問題を通告するだけでは、本人の防衛的な反応を招き、改善行動につながらないケースがあります。

①事実と評価を分けて伝える

「あなたの能力が低い」という評価の言葉ではなく、「この期間において、この業務でこのような結果が出ている」という事実を具体的に示すことが基本です。事実に基づいた対話は、本人が感情的に反発しにくく、現状を客観的に受け止めやすくなります。

②本人の認識を先に引き出す

上長や人事担当者が一方的に評価を伝える前に、「現在の業務についてどのように感じているか」「どこに難しさを感じているか」を本人に語らせる機会を設けることが有効です。本人が自ら課題を言語化するプロセスは、自覚の形成において重要な役割を果たします。

 

ステップ2:改善目標と期間を本人と共に設定する

改善目標を会社側が一方的に提示するのではなく、「どうすれば改善できると思うか」を本人に考えさせ、達成すべき行動・成果の基準と、改善を確認する期間(例:1〜3か月)を明示します。
目標設定に参加させることで、当事者意識が生まれやすくなります。本人が合意した目標は、外部から課された目標よりも行動変容につながりやすい傾向があります。
また、目標は「測定可能・達成可能・職位に応じた水準」であることが重要です。

①定期的な対話で進捗と感情の両方を確認する

改善期間中は、成果の進捗確認だけでなく、本人が感じている困難や不安にも目を向けた対話を継続することが重要です。孤立感や追い詰められた感覚は、改善意欲を低下させる要因となります。支援的な姿勢を示しながら、事実に基づいたフィードバックを繰り返すことが、自覚の定着を促します。

 

ステップ3:支援内容を定め、定期的に確認する

研修受講、OJT、面談頻度の増加など、会社として提供する支援を明示します。定期的な進捗確認を行い、その記録を残します。指導記録は、上長にとって「念のための保険」ではなく、マネジメント業務の一部として位置づけることが重要です。記録を残す習慣が根付いている組織では、指導の質そのものが高まる傾向があります。

 

ステップ4:改善状況を評価し、次の対応を判断する

期間終了後の改善判断には、客観的な基準を事前に設定しておくことが不可欠です。目標の達成率・進捗率を基準とする場合、70%程度を及第点の目安として設定するケースが実務上参考になります。ただし、この水準はあくまで判断の補助基準であり、職位・職種・目標の性質に応じて事前に合意しておくことが重要です。改善が認められた場合は通常業務に戻し、改善が見られない場合は、就業規則の定めに従い、降格・配置転換・懲戒処分等の対応を検討します。

労働組合がある場合の対応と留意点

労働組合がある場合の対応と留意点

労働組合が組織されている企業では、降格人事を進めるにあたって、組合との関係を適切に管理することが不可欠です。組合対応を誤ると、個別の降格案件が集団的労使紛争に発展するリスクがあります。

 

①労働協約の確認

労働組合との間で締結された労働協約に、降格に関する手続きや協議義務が定められている場合があります。就業規則と併せて、労働協約の該当条項を必ず確認してください。協約上の手続きを経ずに降格を実施した場合、不当労働行為として無効と判断される可能性があります。

 

②事前協議・説明義務の有無

労働協約や慣行として、降格実施前に組合への事前通知・協議が求められるケースがあります。「協議」と「同意」は法的に異なる概念であり、協議義務は会社の最終決定権を否定するものではありませんが、誠実に協議を行ったという記録を残すことが重要です。

 

③組合員への個別対応と集団対応の分離

組合員である社員への降格は、個人の能力・成果に基づく人事権の行使であることを、組合に対して明確に説明する必要があります。組合活動を理由とした不利益取り扱いと誤解されないよう、降格の根拠・プロセスを客観的な記録とともに提示することが求められます。

 

④ユニオン・ショップ協定がある場合の注意

ユニオン・ショップ協定(組合員資格を失った場合に解雇を義務付ける協定)が存在する企業では、降格に伴う賃金変更等が組合員資格に影響を与えないかを事前に確認することが必要です。
組合がある環境では、人事部門が単独で判断・実行するのではなく、法務・労務担当と連携しながら対応を進めることが、トラブル回避の基本姿勢となります。

降格人事を回避するための人事対応のポイントとまとめ

降格人事を回避するうえで最も重要なのは、「問題が顕在化してから対応する」のではなく、日常的な人事・マネジメントの仕組みを整えておくことです。
具体的には、以下の点を組織として整備しておくことが求められます。

 

就業規則・等級制度の整備

降格の要件・手続きが就業規則に明確に定められているか、また等級ごとの職務要件が文書化されているかを定期的に確認します。

 

評価制度の透明性確保

評価基準が社員に開示されており、評価結果が本人にフィードバックされる仕組みが機能しているかを点検します。評価の透明性は、降格判断の合理性を支える基盤となります。

 

上長のマネジメントスキルの向上

能力不足の早期発見と適切な指導は、現場の上長が担います。日常的な1on1や目標管理の運用を通じて、問題の早期把握と記録の習慣化を促すことが、降格リスクの未然防止につながります。

 

降格人事は、適切なプロセスを経ることで回避できるケースが少なくありません。人事部門が制度・記録・コミュニケーションの三つを整備することが、組織と社員双方にとって健全な人事管理の基盤となります。
降格人事はできれば行いたくないもの。しかしながらVUCAの時代、企業が生産性を上げるために不可欠な人材のパフォーマンスは容易には上がらない。社員にとっても業務内容や守備範囲などが環境変化とともに変質することがある。今般述べてきたことを踏まえて、個別具体的に能力不足社員の課題を把握し、改善する術を本人と共に実践して頂きたい。

この課題を解決したコンサルタント

松本 宗家

タナベコンサルティング
HRコンサルティング事業部
エグゼクティブパートナー

松本 宗家

東証一部上場の商社にて建設資材の販売、施工管理担当後、コンサルティングファームを経て、当社へ入社。ナンバーワンブランド研究会、戦略人事研究会の立ち上げに従事。クライアントの立場になって本気で現場優先のコンサルティングを実践している。企業はヒトなりの理念のもと「経営の視点から人事を診る」ことで人事を経営の根幹として体系的に構築することを得意とする。専門分野は、人事領域全般であり、組織戦略、トータル人事システム構築、人材開発プログラム構築(社内アカデミー構築支援)など。中小企業診断士。

本事例に関連するサービス

ご相談はこちら

ABOUT TANABE CONSULTING

タナベコンサルティンググループとは

タナベコンサルティンググループは「日本には企業を救う仕事が必要だ」という志を掲げた1957年の創業以来
69年間で大企業から中堅企業まで約200業種、22,100社以上に経営コンサルティングを実施してまいりました。
企業を救い、元気にする。私たちが皆さまに提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。

創業
69

200業種

22,100
社以上