人事コラム
人事制度における減給とは?注意点を解説
適切に減給制度を取り入れ、経営戦略と人事評価の連動性を高める
人事制度における「減給制度の導入および運用」にあたっては、①各種法令に沿って適切にプロセスを踏む観点と②企業経営における人事評価の観点をバランスよく掴み、運用していくことが大切である。
「法令遵守」「企業経営」の両面から減給のあり方を解説
減給に対する基本的な考え方とその種類
1. 減給に対する基本的な考え方
賃金(給与)の支給は多くの労働者にとって生活の糧であり、生活の安定に直結するものである。
そのため、賃金(給与)の減額は法律上、強く労働者が保護される領域の1つとなっており、安易に減給を行うことは企業にとって労務リスクを高めることにつながる。
一方で年功序列型の人事制度から成果と連動した人事制度の構築を進める企業も増えており、単に年を重ねることで報われる制度から成果を生み出した社員に報いていく制度へ再構築するケースも多い。
減給も含めたメリハリのある人事制度を構築することは、評価と処遇の連動性が高まり、結果社員の成果に対するコミットメントを高める(詳細は後述)。
2. 減給の種類
⑴懲戒処分による減給
労働基準法第91条に基づく減給。
減給1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、また総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないと規定されている。
⑵人事評価に基づく減給
法律上、その上限は明文化されていないが、一定の条件の下で認められている(詳細は後述)。
本コラムにおいては、以降、人事評価に基づく減給について解説する。
減給を取り入れた人事制度は経営戦略と直結する【企業事例を紹介】
1. 減給を取り入れた人事制度が経営戦略と直結する理由
評価と処遇の連動性を高めること(高評価の者は昇給し、低評価の者は減給する等)は、成果を生み出す社員=目標に対するコミットメントが高い社員に報いる(逆も然り)事に繋がり、経営戦略の推進力を高める事に繋がる。当然行き過ぎた成果主義は社員の疲弊に繋がるが、安定と成果のバランスを踏まえある程度メリハリを付けることは経営戦略の推進に繋がる。
2. 北海道の製造企業の事例
北海道に拠点を置くとある製造企業では、2030年ビジョンとして売上高100億円という目標を掲げている。
その目標の実現に向けてあるべき人材像を設定(定量/定性の両面で設定)し、評価制度の刷新を行った。
具体的には、あるべき人材像に対する現状を点数で表し、点数に応じて評価ランクを決定し、また、評価と処遇の連動性を高めるため、評価ランクに応じて昇給/減給を決定している。
その中で、最低評価のEランクについては数千円の減給を行うことにした。
これにより社員は一層高い評価(あるべき人材像に近づくこと)を目指して業務に取り組むようになり、結果として同社は売上高100億円という目標に向けて、順調に成長を続けている。
減給を取り入れた人事制度への改定・運用に向けた注意点
1. 減給を取り入れた人事制度への改定に向けた注意点
減給を人事制度に取り入れる際は、労働条件の不利益改定とされる恐れもあるため、以下の注意点をもとに慎重に進めることが重要である。
- ⑴人事評価の根拠を明確にしておくこと(評価シートの作成など、評価制度を整備しておくこと)
- ⑵人事評価の結果と賃金の連動を予め明確にしておくこと
- ⑶減給の可能性があることを就業規則をはじめとした各種規則に記載すること(就業規則の改定にあたっては法律で定められたプロセスに沿うこと)
- ⑷改定後の制度の内容が合理的であること。なお、合理的かどうかについては、以下に記載する内容を基に総合的に判断される。
- ①労働者の受ける不利益の程度
- ②労働条件の変更の必要性
- ③変更後の就業規則の内容の相当性
- ④代替措置その他関連する労働条件の改善状況
- ⑤労働組合等との交渉の状況
- ⑥他の労働組合または他の従業員の対応
- ⑦同種事項に関する社会における一般状況など
- ⑸改定した制度の内容や規則を労働者に周知すること
2. 減給を取り入れた人事制度の運用上の注意点
- ⑴人事評価による減給の可能性があることを、就業規則をはじめとした規程に盛りこむこと
- ⑵減給が決定される過程に合理性を持たせること
- ⑶社員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続きを整備すること(労働者に対して十分に説明し、同意を得るための公正な手続きを整備しているか)
減給および不利益変更に関する法令事例について
減給および不利益変更に関して参考となる事例をピックアップする。
1. 就業規則の不利益変更に関する事例紹介
- ⑴秋北バス事件(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決)のポイント
- ①就業規則は、労働者が個別に同意したか否かを問わず適用される。
- ②使用者は原則として労働条件を一方的に不利益変更することはできないが、就業規則が合理的である限り、個々の労働者の同意がないことを理由として、労働者は改定された就業規則の適用を拒否できない。
- ⑵第四銀行事件(最高裁判所第二小法廷平成9年2月28日判決)のポイント
- ①就業規則の変更が合理的である限り、個々の労働者がその適用を拒むことはできない。
- ②合理的か否かの基準について示した(前述の内容を参照)。
- ⑶みちのく銀行事件(最高裁第一小法廷平成12年9月7日判決)のポイント
- ①基本的な考え方は第四銀行事件を踏襲。
- ②不利益改定にあたっては、効果的な救済や緩和措置が必要であることを示した。
2. 人事制度に基づく減給に関する不利益変更事例
- ⑴エーシーニールセン・コーポレーション事件(東京地裁平成16年3月31日判決)のポイント
- ①人事評価により降給を行う場合は、就業規則に内容が明記されているだけでなく、その仕組みが合理的である必要がある。
- ②仕組みが合理的であるか否かの基準について示した(前述の内容を参照)。
まとめ
減給制度の導入および運用にあたっては、各種法令に沿った適切なプロセスを踏むことが重要であり、安易な減給は企業活動にあたって労務リスクを増大させることになりかねない。
一方で、減給を取り入れた人事制度を採用することは、戦略人事に関連した施策の1つであり、経営戦略に直結する。
本稿をお読みいただいた皆様におかれては、企業の推進力を高めていく一つの手段としてメリハリの付いた賃金制度について検討いただきたい。