COLUMN

2025.08.29

アンゾフの成長マトリクスで事例を交えて考察する
「成長戦略」の組み立て方

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アンゾフの成長マトリクスで事例を交えて考察する「成長戦略」の組み立て方

筆者が担当するコンサルティングにおいて最も多い支援テーマは"中長期ビジョン""中期経営計画"の策定です。過去の成功体験にとらわれ既存事業をなかなか革新できず、内需縮小に連動する形で売上高が減少傾向に陥っている、あるいは踊り場となっている企業も少なくありません。不確実性が高い昨今においては過去を断絶した上で、いかに新たな未来を創造していくかの経営層の強い意志が求められます。今回は消費財を取り扱う製造業C社を事例に、企業の事業成長戦略を検討するためのフレームワークであるアンゾフの成長マトリクスを活用し、「成長戦略」について探ります。

成長が滞る企業経営者の声

C社は都市部に本社を構える生活日用品を取り扱う製造業であり、売上高約100億円、売上高経常利益率約2%の創業60年超の中堅企業です。営業拠点は全国主要都市に5拠点、製造拠点は国内郊外部に2拠点を構え、"Made in Japan"のものづくりにこだわりを持っています。特にユーザーの声を反映して開発した自社オリジナル製品は、顧客や業界内からも高い評価を得ています。同社が参入している市場はいわゆるニッチ分野であり、その市場の中で業界3位のポジションを形成されています。しかしながら直近10年間は売上高100億円前後の横ばいで推移しており、打開策が見えない状況にあります。その状況下、新たな舵を切るべく同社では1年前に長期ビジョンを策定しましたが、初年度の推進に苦しんでいる状況です。
筆者は同社の経営者から相談を受け、事業の課題や今後の方向性について意見を交わしました。以下はその際の筆者(以下コンサルタント)とC社経営者との会話です。

~前文省略~
(コンサルタント)
長期ビジョンを策定され、今期が初年度とお伺いしています。足元の経営状況はいかがですか?

(C社経営者)
正直に申し上げると初年度は計画未達成となりそうです。経営幹部と共に長期ビジョンを策定し、全社員が一丸となり長期ビジョンに向けて新たなスタートを切ることができたと思っていたのですが、結果としてこれまでと経営状況はほとんど変わっていません・・・。

(コンサルタント)
なかなか厳しい状況ですね。長期ビジョンの内容をお教えいただけますか?

(C社経営者)
弊社は現在の売上高100億円を10年後には300億円まで成長していくことを軸とし、私の想いをもとに以下の長期ビジョンを経営幹部陣と共に策定し掲げています。

■長期定量ビジョン(10年後のあるべき姿)
「売上高300億円、売上高経常利益率5%」
■KPI(10年後の目標数値)
①海外売上高比率:0%→20%
②EC売上高比率:5%→25%
③新規事業売上高比率:0%→15%
■主要戦略
①アジア諸国を中心としたグローバル展開
②自社サイトの構築によるEC拡販
③新規事業の開発による第2・第3の柱の構築

(コンサルタント)
ありがとうございます。KPIで掲げる海外売上、EC売上、新規事業売上の3つに関しては全て既存事業以外の領域ということになりますか?

(C社経営者)
仰る通りです。新規事業に関しては若手主体の社内横断型のプロジェクトも立ち上げましたが、3つ共に当初の予定を大幅に下回り苦戦しているんです。

(コンサルタント)
そうでしたか。KPIとしては3つの領域で全体売上の60%ということですが、今の事業の柱である既存事業はいかがでしょうか?

(C社経営者)
既存事業については・・・。(言葉を濁らせながら)この先成長が見込めないため、新たな領域への注力を考えています。

(コンサルタント)
つまり、会社の成長すべてを新たな領域に見込んでおり、既存事業の戦略については無いということですね?

(C社経営者)
仰られる通り、既存事業を考えずして一足飛びであったかもしれません・・・。

その後、話は2時間程度におよび、C社には以下の主要な事業上の問題が発生していることが判明しました。

  • 既存事業の戦略がない
  • 新たな分野の戦略においては、同社の強みが活かされていない
  • 既存事業と同社が想定する新たな分野の事業は相乗効果が低い

既存事業の成長なくして、新たな市場や分野へ参入することに経営資源を一極集中投下することは、当然高いリスクを伴います。したがって、成長戦略の構築においては既存事業の成長と新規市場への参入を段階的に検討していく必要があります。その際に大切なことは自社の経営資源や固有技術、強みを軸にすることです。C社経営者との議論を通じて、同社には3つの強みがあることが判明しました。

  • 消費者のニーズを的確に反映した商品展開を可能とする企画開発力
  • 国内自社工場を保有し、"Made in Japan"の高い品質を誇るものづくり力
  • 創業60年超の業歴による信頼と全国販売網にて獲得した顧客資産

成長が滞る企業経営者の声

アンゾフの成長マトリクス

C社は売上高300億円(現状比+200億円)、売上高経常利益率5%(現状比+3.0pt)を実現するために、同社経営者の想いを大切にしながらも、どのように戦略を検討すべきなのか。そのポイントは市場と製品という2軸において段階的に検討することにあります。事業戦略とは「誰に」「何を」「どのように」の3つの要素から構成されます。誰に=市場や顧客、何を=製品・商品・サービスや顧客価値、どのように=価値を提供する手段です。この戦略思考と段階的な成長戦略を検討することに最適なフレームワークが、「アンゾフの成長マトリクス」です。同フレームワークは戦略的経営の父とも呼ばれたロシア系アメリカ人の応用数学および経営学者であるイゴール・アンゾフが1965年に提唱しました。半世紀以上経った今でも、成長戦略を検討する際に非常に有効なフレームワークとして多くのビジネスの場で活用されています。

アンゾフの成長マトリクスの具体的なステップ

アンゾフの成長マトリクスは、以下に示す通り市場と製品の2軸を「既存」と「新規」に分けて4つの戦略を提示します。具体的には、市場浸透戦略、新市場開拓戦略、新製品開発戦略、多角化戦略の4つです。

アンゾフの成長マトリクス

出所:タナベコンサルティング作成

●市場浸透戦略
自社の経営資源や固有技術、強みを磨き、同業他社からシェアを奪うなどの手法であり、既存事業において明確な競争優位を確立することが必要となる。
●新市場開拓戦略
既存市場での成長に限界が見えた場合に選択されることが多い。新市場においても競合が存在するため、既存製品の競争力が戦略の成否を決める。
●新製品開発戦略
既存市場で顧客ニーズを的確に把握し、顧客ニーズを満たす新製品を開発できるかが戦略の成否を決める。
●多角化戦略
一般的には新規事業を指す。自社の経営資源や固有技術、強みを活かした事業を選択することでリスクは低くなる。

4つの戦略においてはステップを踏むことが肝要であり、市場浸透戦略に成功した後、新市場開拓戦略→多角化戦略の段階を歩むのか、あるいは新製品開発戦略→多角化戦略の段階を歩むのかの2つの選択しかありません。いずれにおいても、市場浸透戦略において自社の経営資源や固有技術、強みを磨くことが大切です。

先述のC社のケースをアンゾフの成長マトリクスに当てはめると、掲げる3つの主要戦略はそれぞれ以下となります。

  1. アジア諸国を軸としたグローバル展開・・・新市場開拓戦略
  2. 自社サイトの構築によるEC拡販・・・新市場開拓戦略
  3. 新規事業の開発による第2・第3の柱の構築・・・多角化戦略

同社の問題点は、既存事業の市場浸透なくして、つまりは自社の強みを磨くことなくして次なる戦略へと舵を切ろうとしたことにあります。したがって、同社の強みである「企画開発力」「ものづくり力」「顧客資産」を最大限に活かした今の市場攻略を最優先に検討すべきなのです。また、市場浸透戦略に成功することで、強みを活かしたグローバル展開やEC拡販へとスムーズに戦略移行や経営資源の再配分が可能となります。そして、長期的には新市場開拓戦略にて獲得したグローバル販路やEC販路という新たな経営資源をさらに活かした、新たな事業の開発の成功確率も上がることでしょう。

なお、アンゾフの成長マトリクスはステップをより明白とするために「新規」「既存」の間に「周辺」を設け9つの戦略で検討するケースもあります。不確実性が高い現代だからこそ、既存事業の市場浸透と新規事業の開発という両利きの経営が主流となっています。企業が正しい成長を歩むためにも、アンゾフの成長マトリクスを活用することにより、自社の置かれている状況を的確に把握し、適切な成長戦略を構築することができるのです。

著者

タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメインコンサルティング事業部
エグゼクティブパートナー

森田 裕介

大手アパレルSPA企業を経て、当社へ入社。ライフスタイル産業の発展を使命とし、アパレル分野をはじめとする対消費者ビジネスの事業戦略構築、新規事業開発を得意とする。理論だけでなく、現場の意見に基づく戦略構築から実行まで、顧客と一体となった実践的なコンサルティング展開で、多くのクライアントから高い評価を得ている。

森田 裕介

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