1.DX人材が必要な背景
近年、少子高齢化の加速による生産年齢人口の減少(人手不足)や働き方改革の促進から「生産性の向上・省人化」といったテーマを耳にする機会が日常的になりました。それらの潮流に対し、必ず付随するのが「デジタル化・DX推進」といったデジタルにまつわるキーワードになります。以前よりAIをはじめとした先端技術の加速度的な進化に伴い「デジタル化・DX推進」は進みつつありましたが、コロナショックを契機としてより一層の進化ならびに経営における必要性の認知が拡大しました。当初は業務改善(現場効率化)を目的とした部分的なデジタル活用のシーンが多くみられましたが、今や他社との差別化要素(高付加価値サービスの基軸)―競争戦略の1つとして全社体系的に取り組むことが主流になっており、業界業種問わず積極的な開発投資と既存事業へのスピーディーな導入及び新規サービス展開が当たり前になりつつあります。
2.DX人材の定義とは
前述の通り、急速に変化する外部環境に伴い、企業が打ち出す経営戦略・事業戦略や提供するサービスが変化したことから、求められる人材にも変化が生じています。その代表的な例の1つが「DX人材」です。
皆さんは「DX人材」と聞いてどのような能力を有する人材を想像するでしょうか。この質問をした際によく出る回答としては、「プログラミングができてシステムを組むことができる人材」「AIやIoTを活用して自社に新しい価値を組み込み、サービス開発をできる人材」などが挙げられます。
もちろん、このような方々もDX人材としては間違っていませんが、私が多くの中小中堅企業を見てきて思うに、本当に必要なDX人材とは前述のような機能を持った人材ではなく、"現場と経営をつなぐ、デジタル関連の通訳"であると考えています。実際、我々がご支援するデジタルコンサルティングにおいても、「直接プログラミングを組みシステム構築を行う」のではなく、「①現状認識(クライアントの経営状況と現場の現状を正しく分析)、②DXビジョン構築および戦略設計(現状認識結果も踏まえた上で"目指す姿"とその実現に向けた戦略を構築)、③アクションプラン設計(要件定義や各種条件に基づきベンダーを選定し推進計画の策定と各種準備の実行)、④実行推進(クライアント・システムベンダーと伴走しながらビジョンの実現に向けて、計画に沿った戦略推進)、⑤運用・フォロー(アジャイル型で現場導入しつつ改善課題を解決し最適な形へブラッシュアップ)」を行っていきます。つまり、コンサルティング支援(コンサルタント)として求められる川上のビジョン・戦略構築やアクションプランの策定はもちろんのこと、それに加えて欠かせないのが「顧客(経営者や現場メンバー)」と「システムベンダー」をつなぐ"通訳"の役割になるのです。
3.なぜ"デジタル関連の通訳"が必要か
通訳がなぜ必要なのか、その例として、とある地域でトップクラスの中堅ゼネコン(不動産の賃貸管理事業含む)の事例をご紹介します。同社は地域に根差した多角的な建設関連サービスの提供から業績も好調に推移していたものの、近年の人手不足や原価の高騰、競合他社との競争力低下から年成長率(特に利益率)が芳しくなかったことから、抜本的な業務改革をはじめとした"脱・労働集約型モデル"への転換を方針として打ち出しました。建設業という業界慣習もありアナログ業務や紙面ベースでの業務などが多数ありましたので、まずはスモールスタートできることから始めていくことを軸として、ペーパレス化やアナログ業務のデジタル転換など着実に改革を進めていきました。
当初は改革に関して大きなトラブルも生じることなく進んでいきましたが、問題が生じたのは改革が進み、現場業務効率化(デジタイゼーション)から高付加価値サービス開発(デジタライゼーション)へ移行した段階です。不動産の賃貸管理事業を手掛けていたこともあり、デジタルを活用した新たな付加価値の創出ならびに他社との差別化を目的として、自社アプリの開発などを視野に入れた「顧客との情報プラットフォームの構築」というアイデアが発案されました。発案された当初は新サービスへの期待と関心度の高さからスピーディーに話が進みましたが、滞りが生じたのはサービス開発に向けたその先のフェーズです。以前から縁のあるシステムベンダーの紹介もあり、システム・アプリの開発の話を進めようとしたところ、会社固有の課題感や建設業・不動産業の現場の状況、自社の顧客特性を踏まえた機能要件の設計が円滑に進まず、打合せを行うも開発に至るまでに話が二転三転、いたずらに時間がかかり結果的に新サービス開発の話はなくなってしまったのです。頓挫してしまった原因の1つが、現場とベンダーをつなぐ"通訳"がいなかったこと。ベンダー側もパッケージであれば建設業にフォーカスした汎用的なサービスを備えていますが、オリジナリティが高かったこともあり「当社の描く理想の姿に向け、固有の状況をくみ取りそれを反映する」ための必要な情報やその優先順位、要件定義を十分に行うことができず、結果的に度々現場との認識の齟齬が生じてしまったのです。
弊社がご支援するクライアントにおいても、過去にこのような失敗があったが故に「コンサルティング部分(ビジョン・戦略・アクションプラン構築)×ディレクター部分(ビジョン・戦略に基づき、最適なシステム導入に向け現場とベンダーを円滑に繋ぐ通訳機能)」を求めてご依頼をいただくケースが多くみられます。つまるところ、自社内でDXを推進していくために必要なのは、①導入にあたっての上位概念と計画(ビジョン・戦略・アクションプラン)、②現場とベンダーを繋げ、社内のDX推進を促進することのできる通訳(=DX人材)なのです。
4."DX人材(通訳)"に求められるスキルは何か?
前述の通り、今後の自社のデジタル推進を担うDX人材(通訳機能担当)の必要性は高まっていますが、具体的にどのようなスキルを養っていくことが必要か、以下に記載します。
以下(1)~(3)は通訳機能として求められる基本かつ根幹となるスキルになります。まずはこれらのスキルを養うこと(もしくはこれまでの経験・キャリアから既に素養がある方を担当にすること)が望ましいです。(4)以降は中長期的に養っていくことが求められる難易度・専門性がやや高いスキルになります。いずれにおいても自社内の教育環境のみでは培うまでに時間と労力がかかりますので、外部研修機関やコンテンツを活用しつつ、段階的に教育を施すことを推奨します。
※近年ではCDO(Chief Digital Officer/最高デジタル責任者)という役職を任命する企業も増えています。(4)以降は通訳機能の更にその先、社内のDX推進を行うリーダー(CDO)として求められるスキルの一部です
<通訳機能として求められる基本かつ根幹となるスキル>
(1)現場の状況をベンダーへ正しく伝えるコミュニケーション力
①現場の声とベンダーの意見を正しく捉える傾聴力
第一に重要になるのは、事実を正しく的確に押さえることです。自身のバイアスがかかり歪曲した情報の押さえ方をしてしまっては、後々のフェーズで歪みが生じてしまいます。経営陣、現場、ベンダーなど、関与する方々の意見を正しく聞き事実を押さえるための傾聴力が必要です。
②専門性(固有の情報)を一般化(標準言語化)して伝える変換力
現場、ベンダーそれぞれで専門用語や特有の業界慣習などが生じるケースもあります。認識の齟齬を生まないためにも、その固有性を一般化して伝えるための変換力が必要です。
(専門用語、業界文化、商慣習、会社固有の情報 など)
※上記①②は営業ご担当の経験がある方などは比較的得意なケースが多いです
(2)当初掲げたビジョンから軸足をぶらすことなく(全体俯瞰)、要件定義を満たした
システム開発をサポートするプロジェクトマネジメント力
DX推進を行っていく際は中長期間にわたり実行していくことが基本になりますので、その都度当初の目的(ビジョン・戦略)に立ち戻りながら推進方向がぶれていないかマネジメントを行う能力が求められます。よくある失敗例として、実行推進が進み内容が具体化していくほど当初の計画を失念し、目の前の事項に囚われてしまった結果、方向性がぶれてしまうケースです。俯瞰的な目線で全体を押さえつつ、進捗を見ながら改革のベクトルを調整する能力が求められます。
(3)IT・システムに関する基本的な知識
ITパスポートなどの資格もありますが、まずは市販の参考書やインターネット上の各種情報、ウェビナーの活用などから始めるのでも結構です。前述の通り、プログラミングや開発などの経験は不要で、ベンダーやIT部門メンバーと会話ができる最低限度の知識で問題ありません。
<CDO(最高デジタル責任者)として求められるスキル>
(4)デジタル戦略の策定能力
先ほど記載した「川上(ビジョン・戦略)」部分を構築できる能力です。DX推進を行う際、第一に必要となるのはこの上位概念になりますので、CDOには不可欠のスキルです(実際養うまでに時間がかかるので、コンサルティング会社などの外部機関を用いるケースも多いです)
(5)データ分析と活用のスキル
現代の企業は膨大なデータを保有していますが、それを効果的に活用できていない場合が多いです。CDOはデータの収集、分析、活用を統括し、意思決定や業務効率化に活用することで新たな付加価値を生み出すことが求められます
(6)テクノロジーの深い理解とサイバーセキュリティの知識
AI、IoT、クラウド、ブロックチェーンなど、デジタルに関する最新技術は急速な進化を遂げていますので、そのスピード感についていきつつ最新の情報にアンテナを張り続けることが重要です。また、サイバーセキュリティの面でも同様にリスク管理に関する能力が求められます
(7)財務知識とROIの理解
デジタル推進を行う上では先端技術への積極的な投資も欠かせませんので、投資対効果やその投資回収計画など、財務的な側面での判断も欠かせません
(8)アジャイル思考
デジタル推進は一度行って終わりではなく、絶えず変化する外部環境や社内での運用の中で都度ブラッシュアップを行い適正化していくことが求められます。柔軟な思考とアイデアに基づき、タイムリーに改善を進めていくためのアジャイル思考が欠かせません。
細かく挙げれば他にもありますが、中核となる部分を記載させていただきました。
実際、自社の求めるあるべき姿のレベル次第では前述のすべてのスキルが必要ではないケースもあると思いますが、(1)~(3)はどのような業界・業種の企業においても、DX人材(通訳機能)には欠かせない基本的なスキルになります。
近年ではDX人材に関する書籍や情報、セミナーなども数多くありますので、外部コンテンツをうまく活用しつつ自社にとって最適なDX人材の育成を進めていくことをお勧めします。

