1.はじめに
近年、ブランディングに取り組む日本企業は格段に増加しています。しかし、諸外国に比較すると日本国内におけるブランディングはまだまだ遅れていると言わざるを得ません。ブランディングと称して行う活動が広告・宣伝の延長線にとどまっている企業も多く見受けられます。 デジタル・IT技術の進化による情報の飽和や、商品・サービスのコモディティ化が加速する現在の市場環境において、「顧客ニーズ・行動の多様化・複雑化」への対応が企業にとって大きな課題となっています。市場はこの先も加速度的に変化し続けるでしょう。変化し続ける市場環境に対応し、選ばれ続けるブランドを実現するためにも、本稿が自社のブランドコミュニケーションを見直す契機になれば幸いです。
2.ブランディングとDX
ブランドとは「顧客との約束」であり、他と差別化するための心に蓄積されたイメージです。ユーザーはそれぞれの心に描くブランド像をもとに商品やサービスを区別し、選んでいると言えるでしょう。
ブランディングとは単なる広告・宣伝活動ではなく、顧客の心に選ばれるためのイメージを持ってもらうための活動であり、ブランド力をもって選ばれることで最終的に経済的な価値の創出に繋がります。一方でDX(デジタルトランスフォーメーション)も近年急速に進んでいます。大手・中堅・中小といった企業規模に関わらず、取り組まなければならないという企業は増加の一途を辿っています。
ここで、DXの定義をご紹介します。経済産業省によるとDXの定義は以下のとおりです。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
つまりDXとは企業の取組や活動、ひいては文化そのものを変革することで競合優位性を得ることであると要約できます。
では、ブランディングDXとはどのようなものでしょうか。ブランディングが顧客に選ばれるための活動だとすれば、ブランディングDXとは「データやデジタルを活用して、顧客の体験価値を変化(トランスフォーム)させ、顧客満足度を上げることでブランド価値を高める活動」と言えるでしょう。重点は「顧客の体験価値を変化させる」ということであり、データやデジタルはあくまでもそのためのツールでしかありません。
3.顧客の体験価値
顧客がブランド体験の中で感じる価値が体験価値であるならば、顧客のブランド体験が起こる場所・タイミングの把握が必要です。顧客がニーズを感じ、商品やサービスを認知し、比較検討フェーズを経て購入に至り、リピートするまでの一連の購買活動の中でのブランドと顧客の接点はすべてブランド体験と言えるでしょう。
例えば、自社が掲出している交通広告を目にする、SNSでの投稿に触れる、詳細を知るために公式サイトを閲覧する、店舗で商品を手に取る、イベントに参加するなど、ブランド体験は多くの接点で発生します。顧客の体験価値を変化、向上させるためには、数多く発生するブランド体験のすべてで一貫してブランド「らしい」価値を感じてもらう必要があります。
4.ブランディングDXにおける重点
先述の通り、データやデジタルはあくまでも「顧客の体験価値を変化させ、顧客満足度を向上させる」ためのツールでしかありません。ブランディングDXにおいてよくある失敗事例は「デジタルツール」を起点として議論を始めたことによる目的の喪失や乖離です。ブランドは経営資源の一つであり、社員全員で創り上げてゆくものです。
またブランドは一朝一夕で創出されるものではなく、顧客の心に蓄積されてゆくまでの長期的な取り組みとなるため、取組の中で判断に迷うタイミングにも遭遇します。だからこそ、市場のニーズとそれに応える自社の強みや資源を明確に戦略として描くことが何よりも重要なステップです。
5.ブランディングDXの参考取組手順
(1)顧客への理解
ブランドのあるべき姿を描き、活動の中での判断基準となるビジョンの構築が最も重要です。顧客の目線に立ち、すでに手段として確立されているウォンツ(例:食洗器がほしい)だけでなく、言葉として表面化されていない目的となるニーズ(例:家事の時間を節約したい)にまで目を向け、顧客自身が気付いていない真の欲求を追求し、それらを叶えることこそが上質な体験価値であると言えるでしょう。
(2)自社の提供価値の明文化
顧客の真のニーズを突き止めた上で、自社の資源や企業としての存在意義に目を向け、自社だからこそ提供できる提供価値を明文化する必要があります。ここで重要なことは、「他社との競合優位性を確立する」ことです。 いかに素晴らしい商品・サービスであっても、他にも同じようなものが市場にあふれている状況では、提供「価値」とは言えません。自社がこれまで培ってきた資源を他にはないレベル・形へ昇華させ、明文化することが重要です。
(3)ブランド体験の戦略的設計
顧客のニーズと自社の提供すべき価値を先述のブランド体験の中でどう感じてもらうか、顧客がどんな体験を重ねることでブランドの価値が最大化されるのかを戦略的に設計する必要があります。これは各ブランド体験の際にギャップを生じさせず、一貫して顧客に伝えるメッセージを顧客の購買活動に沿って描かなければなりません。
上質で高級な選ばれた人のためだけのブランドという方向性のブランドであれば、セールでの安売りという施策はブランドの棄損に繋がります。
ブランド体験はもちろんリアルの場だけで発生するものではありません。業種によってはそのほとんどがデジタル上で発生する場合もあるでしょう。ブランド体験を描く際には、データやデジタルが欠かせないからこそ、ブランディングDXの考え方が重要です。
住宅業界の事例では、これまでは実際に見学会に行かなければイメージがつかなかったものも、今やバーチャル展示場で完成を感じることができます。インテリアやカーディーラーにおけるシミュレーションも顧客の体験価値を大きく変革しました。ECサイトにおいては、今や多くのサイトにレコメンド機能が付き、探さなくても自分が欲しいものにたどり着くことができます。
6.まとめ
ブランディングDXとは「データやデジタルを活用して、顧客の体験価値を変化(トランスフォーム)させ、顧客満足度を上げることでブランド価値を高める活動」です。
自社のブランドは誰のために、何のために存在しているのかを今一度見つめなおし、ビジョン実現のために変革すべき顧客体験のポイントを突き止めることで描くべき顧客体験は変化するでしょう。
ブランドそのものの価値を向上させるためのブランディングDXです。
本稿をご覧いただいた皆様には、決してデジタルやデータを起点とすることなく、ブランドビジョンの実現を見据えた取り組みを推進し、ブランド価値の向上を実現いただきたいと思います。