人事制度再構築の目的は自社の経営戦略を推進させる
人事制度・賃金制度へと昇華させるため

1.なぜ、賃金制度の見直しが必要か
賃金の見直しを検討する理由は多様であるが、代表的な理由を端的に申し上げると、「業績の安定的な向上」を図るため、「適切な報酬で社員のエンゲージメントを高める」ことで、「企業全体の生産性を高める」ことに集約できると考える。
また、一部の企業では、業界水準と比較して十分な報酬であるにも拘わらず、定着率やエンゲージメントが低く、スキルや経験の蓄積が成されないため、結果として低生産性状態であることが散見される。
これらの原因を考えるうえで、賃金に対する従業員のよくある不満をみると、次の点が挙げられる。
(1)どのような仕組みで賃金や賞与が決められているかわからない、またはそもそも仕組みがない
(2)個人の成果や貢献度が給与に反映されない
(3)なぜその金額か説明されない
つまり、賃金制度だけでなく、評価制度や等級制度にも及ぶ問題であることが判る。


2.エンゲージメントを高める賃金制度とは
社員のエンゲージメント向上の重要性と期待される効果は、一般的に次の通りである。
(1)生産性の向上
仕事に対する情熱や意欲が高まり、自発的に問題解決に取り組むことで効率的な業務が期待される。結果として生産性が向上する。
(2)離職率の低下
社員の満足度が高まり離職率が低下し、組織の安定性が向上する。また、離職率が低下することで採用や研修にかかるコストを削減できる。
(3)顧客満足度の向上
エンゲージメントの高い社員は顧客対応にも積極的であり、顧客満足度を高めることに繋がる。顧客との良好な関係は、リピートビジネスや口コミによる新規顧客の獲得にも貢献する。
(4)イノベーションの促進
社員が自由に意見を出し合い、新しいアイデアを生み出すことが奨励される組織では、イノベーションが促進され、市場での競争力が強化される。
(5)業績の向上
効率的な業務運営や顧客満足度の向上が売上や利益に直結し、業績が向上する。
なお、タナベコンサルティングが考えるエンゲージメント構成要素は、カルチャー(愛着)×仕事エンゲージメント(熱量)×組織エンゲージメント(信頼)と定義している。
また、トータルリワード(金銭的報酬+非金銭的報酬)を含めた全体での改善活動が必要である点も押さえていただきたい。


3.いま、見直されている賃金の考え方
各報酬の目的を再確認する。
報酬は主に「月例賃金」「賞与」「退職金」の3点で構成され、会社により規定されている。制度の見直しにあたり、ここでは報酬の目的と変動要素をあらためて確認したい。
(1)月例賃金
月例賃金の構成要素は主に3点である。
①基本給は、所定労働時間内の労働に対する対価であり、等級制度で定めた求める基準(能力、職務、役割)に対する対価である。また、社員の生活を支える基盤といえる。変動要素としては、一定期間の評価である。
②割増賃金は、所定外労働や深夜労働に対する対価である。変動要素としては、主に勤務時間となる。
③各種手当は、基本給で反映されない要素を補完するものであり、生活補助や労働環境の埋め合わせなどで支給される。変動要素としては、支給要件を満たすか否かによる。
(2)賞与
賞与については主に2つの目的がある。利益還元部分は年間(または半期)利益の一部を社員へ還元するものであり、安定部分は社員の生活を支えるためである。安定部分については基本給の考えに近い。
(3)退職金
退職金の目的は、長期勤続や功労に対する報酬、退職後の生活支援などである。変動要素は勤続年数や期間中の貢献度、退職時の賃金などにより決定される。
また、従来の日本企業の給与体系に対する考え方は、年功要素の強い昇給パターンであった。若年層の賃金は貢献度(パフォーマンス)に対して相対的に低く抑えられている一方で、ベテラン層には生活保障の意味合いからも高い賃金である。いわば「後払い型」の給与体系ともいえる。
メリットとしては、安定的雇用のもと昇給に対するモチベーションを長期間保持できる点である。社員に特段の問題が無い限り一定のポジション(係長など)に就くことが期待される。
デメリットとしては、ある程度賃金水準(昇給)までは相応の時間を要し、若年層のモチベーションが下がりやすい点である。また、管理職(課長など)以上になるとポスト自体が足りず競争・選抜が行われる。さらには、1人あたりの賃金が右肩上がりで増加するため、業容が順調に拡大しなければ制度を維持できない点である。
今後は、現時点のパフォーマンスに対して賃金を決める、いわば「時価払い型」を取り入れる企業が増えるといえる。

4.賃金制度見直しの進め方と留意点
賃金制度の見直しは次のステップで行う。
(1)基本とする考え方・方向性を定める
冒頭に示した通り、「事業戦略を推進し、企業理念・ビジョンを実現するための人事制度」へ見直す必要がある。"賃金制度だけ"を見直すのは部分最適になるリスクが高い。まずは、人事コンセプト(人事ポリシー)を明文化することである。
※ここでいう人事コンセプト(人事ポリシー)とは、人や組織に対するこだわりや想い入れを明文化したものであり、賃金(人事)制度設計の軸となるものである。
(2)現状を正しく認識する
人事制度全般の課題を把握する。等級・評価・賃金の観点で自社の課題を明確にすること。
賃金制度では、同地域・同規模・同業種の平均賃金と比較して自社の賃金水準を分析する。さらに自社内の性別・等級間・職種間・年齢間の格差について、月給・年収それぞれの水準を広く分析する。
基本給、職能給といった賃金構成の見直しの他、各種テーブルや諸手当の見直しも行う。その際に、上記で定めた人事ポリシー(賃金ポリシー)が判断基準となる。
(3)賃金の原資を検討する
賃金原資とは賃金の総額を指し、以下の要素を考慮して決定される。
①企業の収益
付加価値(限界利益)が高いほど、賃金原資を増やす余地がある。
②人件費の割合
総売上に対する人件費の割合を適切に管理することが重要。
③賃金相場
業界や地域の賃金相場を考慮し、競争力のある賃金を設定する。優秀な人材の確保に必要。
④人材確保
特定のスキルや職種に対する需要が高い場合、賃金原資を増やして人材を確保する必要がある。
⑤社員のパフォーマンス
貢献度に応じて、賃金原資を配分する。モチベーションを高めることができる。
さいごに
賃金制度は頻繁に更新することが難しく、法的な面を踏まえても一度上げた水準を下げるのは容易ではない。また、企業側としては固定費の増加になるため将来を見据えて原資のコントロールは必須であるものの、競争力を高めるためには積極的に人材を採用する必要があり、総合的な判断が求められる。
タナベコンサルティングでは、"何に対して報いる"賃金なのかを明確にし、適切な配分ルールの設定を推奨している。賃金は社員のモチベーションに直結する要素であるからこそ、経営視点に立ち人事制度全体を見直す必要性を啓蒙している。
関連情報
この課題を解決したコンサルタント

タナベコンサルティング
HRコンサルティング事業部
チーフマネジャー村田 幸人
- 主な実績
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- 人事制度構築コンサルティング
- 退職金制度再構築コンサルティング
- 定年延長制度設計コンサルティング