1.建設業を取り巻く環境
(1)人手不足と高齢化
建設業は社会資本の整備の担い手であると同時に、社会の安全・安心の確保を担う、国土保全上必要不可欠な「地域の守り手」です。 しかし、建設業就業者数は1997年の685万人から2022年には479万人と約3割減少しています。技術者は1997年の41万人から2022年には37万人と約1割の減少、技能者は1997年に455万人から2022年には302万人と約3割強の減少です。また、建設業就業者の内、55歳以上の構成比は35.9%と高く、29歳以下の構成比は11.7%と低い状態であり、他産業と比較すると高齢化が急速に進行しています。建設業における次世代への技術承継は喫緊の課題と言えます。
このように、人口減少や高齢化が進む中にあっても、「地域の守り手」としての役割を果たすためには、賃金水準の向上や休日の拡大等による「働き方改革」とともに、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの全ての建設生産プロセスでICT等を活用する「i-Construction」を推進し生産性を向上させる、「建設DX」を実現しなければなりません。
(2)建設業に求められる「働き方改革」
2024年4月から建設業に適用された時間外労働の上限規制では、36協定で定める延長時間の上限だけでなく、休日労働も含んだ一ヶ月の時間外労働時間数および、2~6ヶ月の平均の時間外労働時間数にも上限が設けられます。このため企業各社にはこれまでとは異なる労働時間管理が求められます。押さえるべき管理のポイントは以下の通りです。
① 1日、1ヶ月、1年のそれぞれの時間外労働が、36協定で定めた時間を超えないこと
② 休日労働の回数・時間が、36協定で定めた回数・時間を超えないこと
③ 特定条項の回数(時間外労働が限度時間を超える回数)が、36協定で定めた回数を超えないこと
④ 月の時間外労働と休日労働の合計が、毎月100時間以上にならないこと
⑤ 月の時間外労働と休日労働の合計がどの2~6ヶ月の平均をとっても、1月当り80時間を超えないこと
労働基準法上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」のことを言います。つまり、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たります。そのため、労働者を必ずしも現実に活動させていなくとも、使用者の指揮命令下にある時間であれば労働時間に当たります。今後は正しい労務管理を実現し、労働者の勤務実態を把握し、違法な状態であれば早急に改善しなければなりません。 労働力不足で生産性が低い建設業にこそDXが必要です。人に頼る作業が多い建設業には本格的な「働き方改革」が求められています。
(3)土木分野で進む「i-Construction」
人手不足、高齢化、厳しい就労環境、他産業との生産性格差といった課題の解決に向けて、2016年に国土交通省が主導し、土木分野でスタートしたのが「i-Construction」です。2025年までに建設現場の生産性を2割向上させることを目指して官民が一体となり推進してきました。その重点は以下の3点です。
① ICTの全面的な活用(ICT土工)
・調査・測量、設計、施工、検査等のあらゆる建設生産プロセスにおいてICTを全面的に活用
・3次元データを活用するための15の新基準や積算基準を整備
・全てのICT土工で、必要な費用の計上、工事成績評点で加点評価
② コンクリート工の規格の標準化
・設計、発注、材料の調達、加工、組立等の一連の生産工程や、維持管理を含めたプロセス全体の最適化が図られるよう、全体最適の考え方を導入し、サプライチェーンの効率化、生産性向上を目指す
・部材の規格(サイズ等)の標準化により、プレキャスト製品やプレハブ鉄筋などの工場製作化を進め、コスト削減、生産性の向上を目指す
③ 施工時期の平準化
・公共工事は第1四半期(4~6月)に工事量が少なく、偏りが激しい
・限られた人材を効率的に活用するため、施工時期を平準化し、年間を通して工事量を安定化する
2.建設DXに向けた環境整備
(1) BIM/CIMとは
BIM/CIMとは「Building/Construction Information Modeling, Management」のことであり、建設事業をデジタル化することにより、関係者のデータ活用・共有を容易にし、事業全体における一連の建設生産・管理システムの効率化を図ることを言います。2020年4月、国土交通省は「2023年までに小規模を除く全ての公共事業にBIM/CIMを原則適用」することを決定しました。将来的には積算や契約業務もBIM/CIMの活用が前提になるとされています。 BIM/CIMは単に図面を3D化するだけでなく、コンピューター上で作成した3次元モデルと部材等の名称・形状・寸法・強度・数量などの属性情報を組み合わせ、施工や維持管理の各工程で活用します。3Dデータの管理と活用までが一体となった概念です。
(2) 業務プロセスと建設DX
DX=デジタルトランスフォーメーションとは「デジタル技術によって業務プロセスを変革すること」です。建設業各社には、その業務プロセスごとにデジタル技術を活用することで建設DXの実現と生産性向上を目指すことが求められます。以下にそのポイントを整理します。
① 調査・測量:地形・地質の可視化、希少種等の生息範囲の重ね合わせ検討
・DX支援技術:ドローン、レーザースキャナー、MMS等
・データ活用技術:BIM/CIM
② 設計:事業計画の検討、点検・走行シミュレーション
・DX支援技術:自動設計、RPA等
・データ活用技術:インフラデータプラットフォーム
③ 工事:施工ステップの確認、自動化施工・出来形管理
・DX支援技術:IoTセンサー、自動運転重機等
・データ活用技術:AI
④ 維持・管理:自動計測・記録、遠隔監視・診断
・DX支援技術:VR/AR、スマートグラス等
・データ活用技術:クラウド、ブロックチェーン
3.総合建設業A社の建設DX取り組み事例
(1)建設DX 推進の目的と、実現を目指すビジネスモデル
A社の建設DX 推進の目的は「常に革新的サービスと技術力で会社の持続的成長を実現する。」ことです。 また、ビジネスプロセスの変革として、全社的な DX の取組により既存業務の抜本的見直しを推進し、建設生産過程において全面的に ICT を活用し、ワンマン測量、電子黒板、 CCUS 、グリーンファイルによる建設現場の更なる生産性向上を目指しています。 WEB カメラを活用した遠隔臨場、画像解析技術、 AI を活用した煩雑な鉄筋検測や構造物の変状計測への取組、 VR/ARを活用した顧客へのプレゼン、安全訓練や施工シミュレーション、施工機械の自立化による無人化・24 時間施工の実現を目指しています。
(2)建設DXの推進体制
A社では経営トップ自ら建設DXの推進に積極的に参画し、その取り組みを牽引しています。「情報管理室」を本格稼働し、より全社的なデジタルへの取組や、RPA 研修を通じて各自の業務を各自が改善できるよう、社内プロジェクトを組成し、強力に推進しています。
(3)建設DXに向けた取り組み
社内に知見がまったくないところからのスタートだったため、まず情報管理室のメンバーがeラーニングや WEBセミナーを積極的に受講してデジタル化に関する基礎的な知識を習得しました。その後、管理部門の定型業務の自動化(RPA)に着手し、特に請求書の入力作業の自動化を実現し、高い削減効果がありました。 次に施工部門の生産性改善の実現に向け、現場担当者へヒアリングしましたが、なかなか RPAに向く定型業務が見つからず、また人材育成についても専任ではないため日常業務に追われなかなか自発的に学習できる人材を育てることができませんでした。そこで、施工部門の社員でプロジェクトを組成し、「RPAで何ができるかを学び、業務効率化を自発的に考える人材を育成する」ことを目的としたRPA 研修を実施し、現場の生産性改善を推進しています。
(4)取り組みの成果
RPAを導入したことで、年間約1,500 時間、割合として約3 割の定型業務を削減できました。請求書等の入力業務が集中する月初~中旬は残業せざるを得なかったが、現在では RPAにより残業を削減できています。また、手作業では大変な業務や定型業務があると、「RPAでできないか?」と社員から声があがるようになっています。 今後はWEB・ネットワークカメラを用いた遠隔臨場や、 VR/AR を用いた新入社員教育・安全教育訓練と現場情報の共有を推進する予定です。
建設DXの第一歩は新しい技術を活用し、これまでの建設業の仕事の進め方を見直すことです。企業各社には建設業が抱える人手不足と高齢化という課題を解決し「働き方改革」を実現すると共に、更に新たな価値を創出することが求められます。 また、建設業はデジタルという手段との親和性が高いので、今後は健全な危機感と覚悟を持って取り組む企業と、そうでない企業との成果格差が広がることが予測されます。
