建設業界を取り巻く環境
(1)スピーディーな判断が求められる環境へ
2024年から建設業にも適用される「働き方改革関連法」や人材不足、AI・IoTの技術革新など、取り巻く環境の変化が著しくなりました。今後を予測するのが一層難しくなったいま、スピーディーな経営判断、現場判断が求められています。適時適切に持続的成⻑を実現する判断を下すためには、リアルタイムの情報把握とデータ活⽤が必須となります。この"リアルタイム経営"の実現には、システム(ERP・基幹システム)でデータを⼀元管理することで、全社視点で業績を把握し、機動的に事業を変革できる体制を構築することが重要です。
(2)IT投資
なぜ建設業は積極的なIT投資に踏みきれないのでしょうか。その理由として、導入効果を適切に判断でき実行を推進できる社内専門人材の不在が上位に挙げられます。
また、間接部門におけるIT化が他業種に比べて進んでおらず、その要因には人材の不足だけでなく、投資対効果の可視化等の課題も挙げられます。
限られた経営リソースのなかでITへの投資がなかなか進んでいないのが現実です。
(3)デジタル技術革新の波
建設業においてもデジタル技術革新が進んでいます。AI・AR・無人運搬機・パワードスーツなど作業をアシストする多種多様な先端技術が日々開発されているため、投資余力に応じて優先順位をつけてツールのトライアル、導入の検討する必要があります。
さて、デジタルツインというワードをご存じでしょうか。デジタルツインとは「デジタルによる双子」、現実とそっくりなデジタル空間を指します。つまり、リアルの現実空間にある情報をIoTなどでデータ収集・蓄積し、それをデジタル(仮想)空間で再現するという意味合いでデジタルツインと呼ばれます。デジタルツインにはいくつかメリットがあります。
① 施工現場品質の向上
現実空間の情報をもとに様々なシミュレーションを行いデジタル空間でのトライ&エラーを繰り返すことで、現場品質の向上につながります。
② 重機などの予知保全・コストダウン
重機の部品やユニットに何かしら異常が発生した場合、重機に取り付けたセンサーからリアルタイムにデータを収集し、異常内容や故障原因を分類することが可能となります。
故障してから対処するという事後保全から故障する前に検知する、そうすることで工期を遵守する。これが実現できると顧客満足度の向上につながり、工期遅延による余計なコストアップも防ぐことができます。
建設業界の課題
(1)人手不足・労働環境改善への対応
時間外労働の上限規制が2024年4月より建設業に適応され、時間外労働を月45時間年360時間に収める必要があります。これまでの業務の在り方、進め方、これは現場作業もバックオフィス作業も同様ですが、早急に変えていく必要があります。業務の在り方を変えないと、不本意ながら案件をお断りするケースや、現場の施工品質が落ちることも想定されます。
また、現場の施工品質を高めながら、同時に生産性も高める必要があります。ただし投入する人員を増やすことは難しいため、このジレンマを解決するためにデジタルの活用が求められます。建設業界を取り巻く環境からみて、デジタルへの着手はもう待ったなしです。
また、人材マネジメントでは、機能を整備して働きやすい環境を実現し、人材の獲得力・定着率を向上こと、また省人化への対応として現状の人員数で業務を遂行できるよう業務削減・適正化を図り、生産性を向上させるという業務改革まで求められています。つまり、少ないインプットでより多くのアウトプットを求められています。
(2)収益・原価マネジメント変革
木材・鋼材・原油などの資材単価、労働賃金は高止まりが続いており、苦しい収益構造となっています。このため、原価情報を精緻かつスピーディーに可視化して、工事案件ごとの収益をマネジメントすることが求められます。ベテラン現場監督の勘と経験に基づく判断ではなく、数値をみて判断できるインフラ整備が必要です。しかし、そのインフラ整備のために現場監督やバックオフィス人材に作業工数の負荷が掛かることは避けたい、そこでデジタルの利活用が必要となります。得られた原価情報がデータウェアハウスなどにストックされ、活用されるように整備が必要です。たとえばコストマネジメントするために原価3要素(材料費、労務費、経費)を押さえてそれぞれの増減要因を把握しやすくすることでスピーディーな現場判断、対策を打つことができるようにするなどあります。建設業界向けの原価管理システムは多数あり、中小建設業にとって使いやすさを訴求するシステムもあるため、自社にあったものを活用することが重要です。
(3)業務改革(BPR)・システム導入
建設業の社内に目を向けると、台帳や報告書類の多くが紙中心のアナログ業務となっており、紙文化からなかなか脱却し切れない会社が多くいます。
「データ化がされない」「会社でした作業ができない」「集まらない・紛失される」といった業務課題が、現場・バックオフィスともに共通して見受けられます。
情報が属人化した結果、作業も属人化し、取引先と一気通貫でワンシステム、ワンアクション、ワンオペレーションで対応できるインフラはまだ整っていません。このため、現時点では各企業がこれらの課題に向き合い対処する必要があります。
経営事項審査の点数UPのためにもISOの認証取得をされた企業も少なからずあります。良いマネジメントシステムと推察しますが、外部審査をクリアするための書類・ドキュメント作成になるなど、目的と手段が混同するケースもあります。
その結果、振り返って自身のデスク上をみると書類の山となっていることも珍しくありません。
これらへの対処は、大きくみて2つに分類できます。
① 業務改革(BPR)
業務改革が顧客満足度(CS)と従業員満足度(ES)に繋がることはいうまでもありません。この2つがあってこそ、自社の持続可能な成長モデルが実現できるものと考えます。
業務改革においては、まずアナログ業務に着目します。例えば、よくある業務の代表例である実行予算の作成・管理と書類作成には多くの労力が割かれています。これらはExcelで管理されるケースが多いですが、物件単位での作成に加えて、物件を集約して年間または半期、あるいは四半期、月間での資料作成に人間の手を入れてようやく業績資料が仕上がるという状況です。そして人間はミスするものです。作成した業績資料の内容を精査するという低付加価値業務も発生し、そのチェックでミスが発覚した場合、集計のやり直しという後戻り作業でさらに労働時間が増えるという算段です。
業務改革の基本は不要業務、低付加価値業務を排除・軽減することにあります。これはシステム導入に頼らずとも対応は可能です。考え方は5Sの整理と同様で、自社にとって真に必要な書類はどれか、無くても困らない書類はどれか。意思決定して不要業務、低付加価値業務をどんどん排除・軽減したいところです。
また、紙中心の業務など情報が属人化した業務を徹底的に紐解いていくことが重要です。現場は回っていたとしても、仕事ができる人に業務が集中しがちです。そこで、ノウハウ・異常発生時のリカバリー方法などベテラン社員の頭の中にある判断基準や対応方法のポイントを重点的に可視化し、業務フローを刷新する必要があります。そして紙でのオペレーションからデジタル・システムでのオペレーションへ変えていく。これが建設業界の潮流であり早く着手するほど多くの先行者利益を獲得できるのです。
② システム導入・運用改善
業務改革だけでなく、システムに紐づけるとその改革インパクトは大きくなります。
慢性的な人材不足が続く中、不要業務・低付加価値業務にマンパワーを割くのは避けたいところです。
経理・財務の視点でいうと、電子帳簿保存法への対応やインボイスへの対応など、世の中の流れはデジタル化です。こうした潮流に乗って紙文化を改めていきたいところです。
さきほどの原価管理も、予算・実績値を精緻に可視化し、限られた経営資源のなかで利益を捻出する取り組みは必須です。受注できてよかった、無事に竣工を迎えられてよかったと結果だけを見るのではなく、受注段階から施工段階までどれだけの利益を捻出できたかが求められます。
こうしたことへの対応方法として原価計算、予算・実績値の算出にマンパワーをかけるわけにはいきません。実績値の算出や予算・実績の対比はシステムに任せて、人間はシステムからダッシュボードとしてはじき出された数値を見て判断を下して現場を動かす、取引先との交渉にマンパワーを注力すべきです。
なお、システム導入の前段で業務改革を実施することによって、業務の効率化・省力化を進めることができます。そしてシステム基盤やパッケージシステムの導入効果を最大限に引き出すことができます。業務は、単純にいまの仕事・業務のやり方を可視化、そのままシステムへ入れていくよりも、可視化した業務を「あるべき業務のこなし方」へと見直したうえでシステムへ乗せていく。結果として、建設業向けパッケージシステムの導入効果が最大限に生かされることになります。
たとえば、いまExcel管理となっている原価管理を対象にシステム化したい場合、フェーズ1として経営者が望むあるべき姿の確認や業務の現状分析と原価管理システムのリサーチが必要となります。フルスクラッチでつくるのか、パッケージシステムを当て込んで業務をシステムに寄せていく、いわゆるFIT to STANDARDでいくのかなどです。
フェーズ2では、現状課題を解決する業務改革案策定、システム選定・運用設計となります。
フェーズ3では業務改革案の実行およびマネジメントシステム設計・運用、システム導入となります。
(3)スピーディーな経営、現場判断
先に記載しましたように、先を予測するのが難しくなったいま、スピーディーな経営判断、現場判断が求められています。これまでにないスピード感で案件を獲得し、これまでにないスピード感で業務対応することで他社との差別化を図り、短い業務時間で成果を出すことができるわけです。そのためには、リアルタイムの情報把握とデータ活⽤が必須となります。多種多様な先端技術の開発を背景として自社の財務状況をリアルタイムで可視化することで、自社に導入する際の投資判断の質を高めることも可能です。
これらへの対応としてシステム導入あるいはシステムリプレイスを検討することになりますが、システム導入で課題を解消できるわけではなく、実際には導入したシステムをどう活用していくのかがポイントとなります。建設業界の経営者、幹部の皆さんには腰を据えてデジタルへ対峙いただき、デジタルリテラシーを高めて建設業界におけるデジタル動向、他社の取り組み状況、デジタルデバイス情報の把握が必要です。
建設業の基幹システムは実行予算管理、工事原価管理、購買管理、外注管理、財務会計管理と様々な各機能をデータ連携させることがポイントとなります。
財務会計でいえば、全社業績、部門業績、物件別業績などをダッシュボード化。全社でいえば、経営分析の可視化。経営者が見たい数値、幹部が見たい数値、現場が見たい数値をグラフなどで可視化してダッシュボードとして機能させる。こうした動きが建設業界でも出始めています。このダッシュボード化を実現するには、システムにおける各機能のデータ連携が必要です。さらにデータ連携をさせるには、業務フローおよびデータフローの整流化が必要です。その意味でもアナログによる業務改革とデジタルの両輪が必要です。
日報入力してもデータ連携されていなければ、せっかく現場が労力使って入れたデータを活かせません。日報から得られるデータとして、現場が何にどれだけの工数(時間)を割いているかを統計的に把握・分析すると、これまでみえなかった対策が見えてきます。
営業における顧客管理、販売管理も同様です。よくあるケースは営業社員に顧客が紐づいており、顧客との商談内容や案件の見込み情報などが社内で共有化されず、結果として案件獲得の機会損失となり、販売計画の精度も低くなることです。こうした課題に対して「しっかり情報を共有せよ」と号令を出すだけではなかなか解決せず、システムを活用して顧客管理や販売管理を強化するのが合理的です。建設業A社では、Kintoneを導入して顧客との商談状況、各営業社員が抱える案件情報を可視化、出先でタブレットやスマホから内容の確認や情報の更新をタイムリーに行えるようにしました。その結果、営業社員の業務の効率化に加え、高精度の受注見込み金額を把握できるようになっています。
建設業界におけるDX実現に向けたアクション
以上の内容を踏まえまして、自社ではここまでを実現したい、というあるべき姿を決めて優先順位をつけて取り組むとよいでしょう。
ここでは最近のトレンドのひとつ、ERPシステムリプレイスでの例をお示ししたいと思います。
(1)3ステップでDX化を図る
外部環境の変化が著しく、かつ予測不能な状況の中、経営には一層のスピードが求められており、適宜適切に、持続的な成長を実現する経営判断を下すためには、リアルタイムの情報把握とデータ活用が必須と申し上げました。
"スピード経営"を実現するためにはまずシステム(ERP)を活用することで、一元管理されたデータからリアルタイムでの業績把握・事業変革への対応を全社視点から行える体制を構築することが肝心です。
ステップ1:現状の課題を把握する。自社内の各部門が採用したシステムにデータが点在し、保守・運用がブラックボックス化している紙ベースで属人的な業務運用が見直されぬまま踏襲され、無駄や重複も散見される。また業績把握のために、各部門からデータを集め手作業で集計・加工が必要のため時間がかかる、こうした社内の課題を定量的・定性的に把握します。
ステップ2:デジタイゼーション、具体的にはまず紙文化を改めデジタルフローに置き換えていきましょう。基幹業務にパッケージシステムが活用され、ペーパレス化・データ連携が進んでいる状態へと持っていくわけです。システムに合わせて業務が標準化され、二重入力や業務の重複が解消されて効率化される。システム内のデータを抽出・加工することで、業績把握を速やかかつ容易に行うことができる状態を目指します。
ステップ3:ここでようやくDX、デジタルトランスフォーメーションとなります。システムが明確な目的のもと全社最適化されており、情報資産がデータベースとして一元管理される状態。システム機能を活用した業務の標準化が徹底され、業務は適時見直され効率化・省力化される状態。ここまでいくと、自社のデータを情報資産としてリアルタイムに使いたい形で使うことができ、事業変革に機動的に対応できる。これこそがあるべき姿ではないでしょうか。
このあるべき姿は絵にかいた餅では決してなく、実はERPシステム導入あるいはリプレイスで実現可能なほどデジタル技術は進歩しているのです。今こそ貴社もDX実現に向けて動き出してみましょう。