建設業が直面する課題 ~2024年・2030年の壁~
昨今、建設DXが注目を集めています。これは、建設業界における深刻な人手不足への対応や職人の高齢化対策としての技術継承の必要性を迫られているためです。
実際に人材総合サービス会社のヒューマンリソシア株式会社によると、2030年の建設技能工(建設・採掘従事者)の人材需給ギャップは179,121人、成長実現シナリオでは317,432人が不足すると試算しています。
(引用:「建設技術者・技能工の2030年の未来予測(2023年版)」)
国土交通省「建設業の働き方改革の現状と課題」によると2030年を待たずとも、建設業界における総実労働時間は全産業比約2倍(2020年現在)、年間出勤日数も全産業比+32日であり、長時間労働が常態化しています。2024年4月より施行される労働時間の上限規制への対応も急がれます。
また、建設業において、2021年現在、3割以上が55歳であり、29歳以下は1割に留まっています。少子高齢化が進む現代日本において、建設業の高齢化はさらに深刻化するものと予想されます。
(引用:国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」)
IDC Japan株式会社が発表した『国内DX調査2020』によると、建設業のDX進行状況は金融業に次いで2番手という結果でした。一方で、施工や設計におけるDXへの取組は準大手以下のゼネコンでは10~20%程度に留まっており、建設業におけるDX化は大手ゼネコンが中心であるといえます。
(引用:『ゼネコン5.0SDGs、DX時代の建設業の経営戦略』)
建設業におけるDX取り組みの必要性
このように、2024年および2030年の壁に直面する建設業界においては、生き残りのための対策が急務となります。
建設業では、受注から収益化までのタイムラグがあり、一品受注生産の特徴を持つため建設工事の進捗管理が重要です。また労働集約型の特徴を持つことから、労働生産性向上への取り組みも必須といえます。
中長期的な育成・確保のための基本理念や具体的措置として2014年に施行された担い手3法(公共工事の品質確保の促進に関する法律、建設業法、公共工事の入札および契約の適正化の促進に関する法律)の改正法として、相次ぐ災害や長時間労働、低生産性といった新たな課題への対応策のため2019年に新・担い手3法が施行されました。
新・担い手3法からも、「働き方改革の推進」「生産性向上」「災害時の緊急対応強化(持続可能な事業環境の確保)」は、建設業を持続可能なものとするために必須要件であることが明確です。
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中小・中堅建設業におけるDX推進成功のポイント
スーパーゼネコンにおけるDXの取り組み
建設業においては近年、特に大手建設会社においてDXへの取り組みが進んでおり、建設業の当たり前が崩されつつあります。
例えば、清水建設株式会社では、設計図面や設計BIMモデルをクラウド上で共有可能なシステムである『BIM 360 Docs』を開発しました。BIM(Building Information Modeling)とは、コンピュータ上に建物の立体モデルを設計できるシステムです。これにより、現場主義、紙面での図面確認といったこれまで建設業の常識を変え、オンライン現場巡回や建設現場での2D図面や3Dモデルの表示、距離計測が可能となり、建設の効率化・高度化を実現しています。
清水建設『BIM 360 Docs』(https://bim-design.com/uploads/Final_ShimizuKensetsu-CaseStudy_4P_ja.pdf
)
また、株式会社大林組では3Dプリンタを活用した構築物の制作、鹿島建設株式会社では、施工の自動化技術を核として建設の工場化も進んでいます。
その他、大成建設株式会社では、設計の初期段階から風環境を考慮した検討が可能となり、関係者間で速やかな合意形成が可能になると共に検証に関わるコストの削減を図っています。
大成建設(https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2019/190311_4599.html)
では、大手建設業以外の建設業ではどのようにDXに取り組むべきでしょうか。
ここでは、約2万社あるといわれる地方中堅ゼネコンおよび下請のポジションから元請への昇格を狙う建設業において、DXを成功に導くためのポイントをお伝えします。
中小・中堅建設業におけるDXとは
準大手以下の建設業界でDXへの取り組みが遅れている理由として、先に記したように、人手不足や高齢化によりリソースを割くことが難しい状況であることや、現場主義、また特に下請けに近い企業において紙文化が根強く残っていることなどが挙げられます。
つまり、地方中堅ゼネコンや工事業にとって、先に示したようなBIMなどの現場DXに取り組む前に、業務プロセスにおけるDX推進に取り組む必要があります。
特に建築物そのものやその機能性、建設プロジェクトなどさまざまな複雑さを持ち、業務や情報がブラックボックス化しやすい建設業界にとって、業務プロセスのDX推進により、建設現場と管理部門との連携や現場にて情報をタイムリーかつ包括的に確認できる体制を構築することが重要です。
ここからはそのような体制を構築するためのポイントを、ERP導入のステップごとにお示しします。
中小・中堅建設業にとってのERP導入の意義
限られた社内資源を最大限に活用し、そのリソースの可能性を拡大するとともに、非効率業務やコストを削減と生産性向上のためには、デジタル化によってどのような情報を収集・連携し、活用するかの「仕組み」を設計することが重要です。この仕組み構築に適した基盤が業務統合システム(ERP=Enterprise Resource Planning)です。
ERP導入により、これまでバラバラに格納されていた情報をいつでも誰でも引き出し応用できるよう整備することで、複数人での並行作業やシステム内での作業自動化が可能となります。これにより、お客様からのお問合せからレスポンスまでの時間を短縮できるほか、お客様の情報を共有することでよりお客様のご要望に即したご提案をするための体制を整備することができます。このように、情報を明確に連携し、アウトプットまで設計することで業務効率化や顧客満足度の向上が期待されます。
ERP導入のステップ
ERP導入にあたっては、
1.目的・ゴールを設定し、あるべき姿を明確化する
2.業務全体を熟知した部門横断型のプロジェクトを立ち上げる
3.業務を棚卸し、業務効率化の検討と、導入目的を軸に可視化すべきデータや変更すべきではない業務を分別する
4.システム導入目的にマッチしたシステムベンダーを選定する
5.選定したシステムの機能と現業務とのギャップを明確化した上で変更する業務を設計する
といったステップを踏むことが必要です。
STEP1:目的・ゴールを設定し、あるべき姿を明確化する
まず初めに行うことは、経営トップが主体となって目的・ゴールを設定し、あるべき姿を明確化することです。
ERPは営業部門や建設現場、バックオフィス部門など、各所から様々な情報を集約するのみでなく、業績判断に必要なデータを収集し活用するためのシステムでもあります。全社員・全部門が関与するシステムであることから、経営トップが積極的に関わり、「どのように使うか」についての方針を策定することが重要です。
この目的を設定する際には、自社の競争力を高めることの他、とりわけ昨今の建設業界においては「業務効率化」と災害時も含めた「品質・リスク管理」に重点を置くことが重要です。
STEP2:業務全体を熟知した部門横断型のプロジェクトを立ち上げる
次に行うことはプロジェクトの立ち上げです。ここで重要なことは、システムの導入であるからといってITには詳しいが、業務について無知な方のみ、また本社部門のみといった偏ったメンバー構成にならないよう、業務全体を熟知した部門横断的に編制することです。
これは先の図で示したように、ERP導入にあたってはどのような情報が集約され、どのような情報をアウトプットすべきかを明らかにするため、また後述するように、各部門の業務を棚卸し業務フローを明確化するために必要となります。
特に、現場主義が根強く残り、デスクワークも多い建設業界において、「現場の声」を収集し課題を明らかにすることはDX推進のために必須です。
STEP3:業務を棚卸し、業務効率化の検討と、導入目的を軸に可視化すべきデータや変更すべきではない業務を分別する
建設業において、先の図に表すように、お客様の情報・ご要望や建設現場管理、原価や品質管理など多くの情報を集約し、管理する必要があります。これらのデータ管理をERPの中で行うことで、必要なアウトプットをいつでも誰でも見ることができるようになる他、これまで重複して行っていた作業をシステム内もしくはシステム間で連携することで業務効率化も図ることができます。
そのようなシステムを構築するためにSTEP3ではまず、各部門の業務や管理すべきデータの洗い出しを行います。
さらに経営トップによって設定された目的に即し、「アウトプットすべきデータは何か」「変えるべきではない業務は何か」を分別します。
これは、導入しようとするシステムに合わせて現状業務を変更したり、あえて統合せず他システムに連携させることでデータ管理をする必要が生じ得るためです。
自社の業務や管理するデータに完全に合致したシステムを選定することは難しく、またデータを過度に集中させると、可用性の低下や本当に必要なアウトプットを出力できないといった弊害を招く可能性があります。逆に自社の現状に合わせるためにフルカスタマイズなシステムを導入すると、コストがかさむだけでなく、必要に応じたシステム改変のハードルが上がるといったデメリットも挙げられます。
そのような場合に備え、この段階で可視化するデータや変えない業務および他システムとのデータ連携により管理効率化を図る業務を仕分けておくことが重要です。
STEP4:システム導入目的にマッチしたシステムベンダーを選定する
STEP4では、STEP3で可視化した自社業務や管理すべきデータをできるだけ効率よく取り込み、連携し、活用することのできるシステムベンダーを選定します。
ここで重要なことは、建設業向けパッケージシステムのみをピックアップするのではなく、システム導入の目的をベースとし、STEP3で明らかにした「自社業務に合うか」「出力したいアウトプットができるか」「他システムとデータ連携は可能か」といった"譲れない基準"に合ったベンダーを選定することが重要です。
ただし建設業に特化していないシステムを選定する場合には特に、法改正等があった際の改変が保守に含まれない可能性があるため注意が必要です。その場合には自社内でシステムを管理する部署の設置が必要となるため、そのリソースの検討も必須となります。
STEP5:選定したシステムの機能と現業務とのギャップを明確化した上で変更する業務を設計する
システムベンダーを選定したのちに行うべきことは、システムの機能と現業務とのギャップを明確化することです。
その上で、現業務と乖離がおきた際は、システム導入の目的や"譲れない基準"を軸に、システムのカスタマイズをすべきか、現業務をシステムに合わせ変えるかについて判断します。現業務を変更する場合には、システム稼働後、現場の混乱を招かぬよう「どのように変わるか」を詳細に設計し、可視化することが求められます。
ここでもし選定したシステムがフルパッケージであり、カスタマイズがほとんどできないシステムであった場合には業務や社内ルールの大きな変更が必要となる可能性があります。このときの成功ポイントは、⑴変更が必要な業務の担当者が導入の初期段階からしっかりと関与すること、⑵業務やルールを可能な限りシンプルに設計すること、⑶ERPシステムで全てを賄うのではなく、必要に応じて他のシステム・サービスを組み合わせることが重要です。
このように、まずは現業務の効率化・DX化を行った上で、自社の競争力を高めるためにどのような高度化への取り組みが必要であるかを検討することが重要です。
建設業DXの事例
建設業DXの成功事例 ~後藤組の事例~
株式会社後藤組では、デジタルの波や建設業界における労働力不足といった変化の中、「所謂2025年の崖問題を前にし、どのようなデジタル環境を構築するかを長期的な視点で定め、変化の時代において我が社がどう生き残っていくか」をDX戦略の目的として示しています。
さらにDX推進プロジェクトにおける基本方針として「既存ビジネスの生産性改善」と「新たな顧客創造」によりライバルとの差をつけることを掲げています。
DX推進体制として、社長直轄のDX推進室を設置し、DX担当者を軸に各事業部の担当者、RPA担当者、i-CONSTRUCTIONアドバイザーで構成することで、事業部間のデジタル環境のブラックボックス化を防ぎプロジェクトの迅速な進捗を図っています。
本プロジェクトでは、⑴業務システムの全体最適化により、販売から施工までの各プロセスにおける一貫したデータ管理し顧客への安定したサービスを提供すること、⑵蓄積された業務データを見える化し、勘や経験に依らない判断が可能な組織体制を構築すること、⑶RPA(Robotic Process Automation)の活用によりバックオフィス業務の効率化を図り、顧客への付加価値提供の時間を最大化することを柱とし、中長期的にプロジェクトを推進しています。
このように、DX推進にあたっては、DX戦略の目的や方針を明確化し、経営トップと各部署が連携して取り組むことが重要であることがわかります。
人手不足や高齢化への対応が急がれる中、中小中堅建設業にとってまずは業務プロセスのDXに取り組み、業務効率化やデータ利活用により他社との差別化が必須です。
まずは自社のDX化の現在地を明確化し、自社が取り組むべき課題とその優先度を整理しましょう。