COLUMN

2026.09.29

中堅企業が実装すべき財務戦略
~資本政策の潮流と現状~

  • 事業承継

中堅企業が実装すべき財務戦略~資本政策の潮流と現状~

目次

閉じる

本コラムは、ダイヤモンド社発行の「コーポレートファイナンス戦略」の第5章の抜粋記事です。

この章では、資本政策について述べていく。
現在、企業の企業価値向上と持続可能性の観点から、資本政策の重要性が高まっている。資本政策の定義については語り手の立場によってさまざまな解釈がなされるが、一般的には資金調達や資本構成の適正化(株主資本と負債のバランス)に関する施策を指す場合が多い。本章では、主に事業承継を見据えた資本政策について記述する。なぜなら、創業社長や主要株主が交代・異動したとしても、その影響を受けることなく持続的に企業価値を高めていくことが、ステークホルダーに対する企業の責任として求められているためである。

資本政策の潮流と現状

(1)資本政策における課題

事業承継は、現経営者から次世代の経営者に経営権が移行するプロセスであり、その中核を成す要素が資本政策である。資本政策は企業の資金調達や財務構造を決定するため、事業承継の成否にも直接影響を与える。近年の事業承継における資本政策の潮流としては、従来の家族経営から脱却を図るべく、これまでの資本政策を見直し外部資本や経営資源を積極的に活用する方向に移行するケースが増えつつある。
企業の事業承継における資本政策の課題は、主に資金調達の難しさと株式承継プランの不在、および後継者の資本管理能力の不足に集約される。

まず、資金調達の難しさは、ほとんどの中堅・中小企業が直面している大きな課題であろう。自己資本比率が低い企業の場合、追加的な資金調達が必要となる事業承継の際は資本市場からの資金調達が難しい状況にある。金融機関からの信用力が大企業に比べて低く、融資を含めた外部資金の獲得が困難であるためだ。そもそも持続的成長に欠かせない事業計画を策定していない企業が非常に多い。銀行融資やファンドからの出資、また事業売却を行う際に最も重要視される事項の1つが、既存事業の安定性と成長性である。それが説得力のあるストーリーで計画に落とし込まれていないと、資金調達が困難を極めるのは当然といえよう。

株式承継プランの不在も大きな課題である。特に同族企業では創業者や経営者が大量の株式を保有しており、その承継計画が不十分な場合が多い。事業承継を円滑に進めるためには早期から株式承継計画を立て、適切な後継者に移行する必要があるが、このプロセスには時間とコストがかかり多くの企業がこの段階でつまずいている。

また、後継者の資本管理能力の不足についても、事業承継を困難にする重要な要因である。社内承継にしろ、社外承継にしろ、後継者の資本政策に関する知識や経験が不足していると、資金調達や資本構成の最適化が困難になり、経営の持続可能性にも大きな影響を与える。したがって、後継者に対する資本政策に関する教育やトレーニングが重要である。

企業の事業承継プロセスでは、「資金調達の難しさ」「株式承継の計画不足」「後継者の資本管理能力の不足」という、資本政策に関連する複数の課題が存在する。これらの課題に対処することが、事業承継を成功に導くためのカギとなっている。

(2)持続的成長に向けたあるべき資本政策

企業が財務健全性と成長戦略の基盤を形成しつつ、事業承継を通じて持続的な企業価値向上を目指すためには、効果的な資本政策の策定が不可欠である。持続的成長に向けた資本政策としては、
●資金調達の多様化
●適切な株式承継計画
●後継者の資本管理能力の向上
―という3つに集約される。

①資金調達の多様化
従来、企業の資金調達といえば「デットファイナンス」に依存するか、保有する資産を売却して現金化するかのパターンがほとんどであった。
デットファイナンスとは、資金を調達する際に発生する負債の形態の1つであり、主に金融機関からの借り入れや社債発行などが該当する。企業価値向上において、このデットファイナンスを活用する最大のメリットは資本コストの低減にある。
まず、デットファイナンスは「エクイティファイナンス(株式発行による資金調達)」と比べて一般的に低いコストで資金調達が可能である。負債に対する利息支払いが利益に対する税金計算の前に控除できるため、税制上の利点(節税効果)が得られる。また、自己資本のみを運用する場合より、適切なレベルで負債(他人資本)を合わせて利用したほうが、会社の財務レバレッジが高まり、株主価値の最大化に寄与する。会社の信用力が上がれば、株主の要求する期待収益率(出資額に対する利回り)より低い金利での借り入れが可能となる。
もちろん、過度な負債は財務リスクを高める可能性もあるため、適切な負債マネジメントが求められる。財務状況に応じて適切に負債を管理できれば、デットファイナンスによる資金調達はWACC(加重平均資本コスト)を低減させることにつながる。WACCは、企業が投資家から資金を調達する際に平均して支払うコストであり、このコストを最小化することで、企業の投資プロジェクトや事業展開がより経済的に実行可能となる。

一方、最近では資金調達の手段が多様化し、企業の選択肢の幅が広がっている。例えば、株式を発行して出資を募るエクイティファイナンスや、劣後ローン(一般債権よりも返済順位が低いローン)による「メザニンファイナンス」などが挙げられる【図表5-1】。特に、デットとエクイティの中間的な金融手法であるメザニンの活用が増加傾向にある。このほか、スタートアップ向けのベンチャーキャピタルやクラウドファンディングなどから資金を調達する企業も増えている。
このように異なる資金源を組み合わせることで、資金調達のリスクを分散し、より柔軟な財務戦略を構築できる。また資金調達手段の多様化は、事業承継の際に起きる可能性がある資金ニーズへ対応するための備えとなる。

近年の傾向を見ると、例えば、「プライベート・エクイティ・ファンド」(以降、PEファンド)による支援の増加が挙げられる。PEファンドとは、投資家から資金を集めて未上場企業の株式(PE)を取得し、経営に参画して企業価値を高めた後、IPOや第三者へ売却してキャピタルゲイン(売却差益)を得る投資会社のことである【図表5-2】。
このスキームによって、企業は事業承継を円滑に進めることが可能である。PEファンドを事業承継先とし、その資金と経営ノウハウを活用して後継者人材の育成や株式取得資金の確保、また、少数株主の株式集約を図りながら成長戦略を推進できる。経営の主導権がファンド側に移ることを受容できれば、事業承継の合理的な手法といえる。近年はM&Aによる事業承継も一般化しており、これによって事業の継続性が保たれ、新たな成長機会が創出されている。ただ、これらは経営者の意識改革や法制度の整備が必要であり、事業承継の主流となるにはまだ多くの課題が残されている。

また、「増資」も重要な資金調達手段である。増資とは、資本金の増額を目的に、新たに株式を発行して投資家から資金を集めることをいう。増資には、大きく3つの手法がある。具体的には、既存の株主に対して新規株式を発行する「株主割当増資」、特定の第三者(資本提携先や取引先など)に対して新規株式を発行する「第三者割当増資」、不特定多数に対して株式引き受けの勧誘を行う「公募増資」である【図表5-3】。
このうち第三者割当増資は、経営基盤の強化や事業展開の加速に必要な資金の調達手段として有効である。また資金調達に加えて、M&AやMBOなど事業承継の手法としても活用されることが多い。第三者割当増資によって新しいビジネスモデルの創出や市場ニーズへの迅速な対応、新たな技術の開発や海外市場へのアクセスなど、経営戦略の多様化を促すことが期待できる。もっとも、これらを成功させるためには、適切なパートナーの選定、目的とする成果の明確化、そして双方の企業文化や経営方針の適合性が重要である。特に誤ったパートナーシップは、経営の混乱を招くリスクもあるため、慎重な検討と戦略的な判断が求められる。
ただ、いずれにせよ将来的には多くの企業が事業承継の成功に向けて資本政策の多様化と柔軟性の向上を求められるだろう。事業承継は、経営権の移行だけでなく企業文化や価値観の継承も重要となるが、やはり「先立つものはカネ」である。企業の持続可能性と企業価値向上は、資本政策と不可分の関係にあるといえる。

②適切な株式承継計画
非上場企業における事業承継の場合、「経営の承継」と「株式の承継」という2つの視点が必要である。この2つのタイミングは必ずしも一致させる必要はない。ただし、経営の承継を先行させた場合、その間に自社株の評価額が上昇し税負担の増加につながるリスクがある。一方、株式の承継を先行させた場合は、後継者が好き勝手に振る舞っても抑止できないリスクがある(承継する株式の議決権割合にもよる)。その場合は、拒否権付き種類株式(黄金株)を活用し、先代社長やオーナーが一定の重要な決議事項(取締役の選任・解任、報酬の決定、多額の投資、M&A、重要な資産の譲渡など)に対する拒否権を確保して後継者の会社経営を監督する必要もある。
いずれにせよ、どちらかを先行することで生じる影響を考慮し、承継スケジュールを設計しなければならない。ここでは、非上場企業における株式の承継方法と承継計画の留意点について解説する。

非上場企業の株式の承継方法としては、相続、贈与、譲渡の3つがある。このうち相続は後継者や後継時期を選択することができないが、贈与や譲渡は後継者や承継時期を選択できるというメリットがある。相続においては、相続人が複数存在する場合、株式が分散することや経営と関わらない親族に株式が承継されるリスクがあるため、できれば贈与や譲渡を中心に、株式承継の事前準備をしっかりと行うことが重要となる。

このほか、SPC(特別目的会社)やホールディング会社(HDC)を使った承継が考えられる。ホールディング経営の活用法は前章で説明したため、ここではSPCの活用により株式を承継するステップについて紹介する【図表5-4】。
具体的には、後継者がSPCを設立し、PEファンドからメザニンを発行することで株式購入の資金を確保するとともに、事業会社の資産や収益力を背景に金融機関から借入金を調達し、その調達資金をもとにオーナーから事業会社の株式を時価で購入する。次のステップでSPCと事業会社を合併させ、事業の収益から金融機関の借入金の返済やメザニンの返済・配当を行っていくのである。オーナーは、株式譲渡益に対する税負担が発生するものの、株式を現金化できて資産分割がしやすくなる。一方、後継者は、事業会社の信用力を背景に、承継資金の調達が可能となる(ただしSPCの管理維持コストが発生する)。

また株式の承継計画は、事業承継における資本政策の重要な要素である。創業者や現経営者が保有する株式を効果的に後継者に移行させるには、早期からの計画立案が必要だ。
株式承継計画には、株式の価値評価、承継方法の選択、税務効果の最適化など、さまざまな側面が含まれる。事業承継が円滑に行われ、企業が持続的に成長するためには、これらの要素を考慮に入れた総合的な承継計画が求められる。

③後継者の資本管理能力の向上
最後に、後継者の資本管理能力の向上は、持続的成長に向けた資本政策の重要な柱である。後継者は、資金調達や財務戦略、投資判断など、資本に関わる重要な決定を下さなければならない。このため、後継者には資本政策に関する深い知識と実践的な経験が必要である。企業は後継者教育【図表5-5】を通じて、財務管理、リスク評価、戦略的意思決定などの分野で教育とトレーニングを提供することが望ましい。これにより、後継者は事業承継後も企業を効果的に運営し、成長を持続させる能力を身に付けることができる。

また、次世代組織における人材構想も重要である。特に幹部クラス(執行役員、部長など)がどのタイミングでどの程度そろっていなければならないか、そのためにはまず現状の人材の棚卸しと教育計画が必要となる。次世代の経営人材育成計画(サクセッションプラン)を策定し、人材プールの明確化と計画的な育成方針を打ち出すことが求められる。

総じて、中堅・中小企業における事業承継は単に経営の継続ではなく、企業の持続的な成長を見据えた戦略的な取り組みである。資金調達の多様化、株式の適切な承継計画、後継者の資本管理能力の向上を柱とする資本政策は、事業承継を成功させ、持続的な成長を実現するためのカギとなる。これらの方策を講じることで、企業は変化する市場環境に対応し、長期的な競争力を確保できるだろう。

(3)企業価値向上を実現する資本政策

企業価値とは、「幅広いステークホルダー(利害関係者)に帰属する価値の総和」を示し、株主価値(株式時価総額)と負債価値(純有利子負債額)の合計で表せる。企業価値に負債まで含まれる理由は、その借り入れと利息が事業資金の出し手(債権者)に帰属する価値と見なされるからである。
企業価値向上の核心は、資金調達において負債と純資産の最適なバランスを取りながら事業投資を行い、持続的にキャッシュフローを獲得していくことである。資本政策は、企業がどのように資金を調達し、その資金をどのように配分するかに関する戦略的決定である。

企業財務の基礎理論である「モジリアニ・ミラーの定理(MM理論)」によれば、法人税が存在しない完全市場においては、企業の資本構成は企業価値に影響を与えないとされる(つまり、負債の構成比が高くても企業価値は変わらない)。しかし、現実の市場では法人税が存在するため、負債の節税効果(負債に対する利払いは税控除対象となる)によって、借り入れが多いほどその利払い分だけ企業価値は向上することになる。

例えば、無借金のU社と負債を抱えるL社があるとする【図表5-6】。両社は事業内容がまったく同じで、営業利益も同額だが、負債の利払いはU社がゼロ、L社は20である。営業利益から利払いを引いた税引前利益はU社が50、L社は30となり、法人税の支払い額に違いが生じる。法人税を税引前利益から控除した税引後利益は、U社の35に対してL社は21である。しかし、U社には債権者がおらず株主のみのため、資金提供者が受け取る利得は35と変わらない。一方、L社は債権者と株主が資金提供を行っているため、両者の利得の合計41が資金提供者の利得となる。つまり、企業価値でいえばU社よりもL社のほうが高くなる。
負債が増えていくと、それに伴う節税効果で企業価値は高まるが、当然ながら過度の借り入れは倒産リスクを高め、企業価値を損なう可能性がある。このジレンマを解決するためにも、企業価値を最大化させる最適バランスを見つけることが大事である【図表5-7】。

また、事業投資に対する評価も重要である。投資プロジェクトの選定には、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する「割引現在価値(NPV)法」が用いられる。NPVが正の投資は企業価値を高めていく。

外部からの資金調達だけでなく、内部留保を活用することも1つの戦略である。内部留保を利用することで、資金調達コストを抑えるとともに企業の自由度を高めることができる。もっとも、過度の内部留保は株主還元の機会を減少させるため、適切な配分が求められる。負債と自己資本の最適バランスの維持、投資プロジェクトの厳格な選定と継続的な実行、内部留保の効率的な活用が、企業価値向上を実現する資本政策の要となる。

ホールディング・グループ経営に関する相談会開催中!

WEBINAR

ウェビナー一覧はこちら

ABOUT

タナベコンサルティンググループは
「日本には企業を救う仕事が必要だ」という
志を掲げた1957年の創業以来、
69年間で大企業から中堅企業まで約200業種、
22,100社以上に経営コンサルティングを実施してまいりました。

企業を救い、元気にする。
私たちが皆さまに提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。

コンサルティング実績

創業69年
約200業種
22,100社以上
上場企業支援
1,350社以上