中堅企業が実装すべき財務戦略
~ホールディング経営におけるトップのリーダーシップ~
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本コラムは、ダイヤモンド社発行の「コーポレートファイナンス戦略」の第3章の抜粋記事です。
2 ホールディング経営におけるトップのリーダーシップ
(1)〝メリ・デメ思考〟だけでは決断できない
これまでTCGは数多くの企業のホールディングス化を支援してきたが、その背後にはホールディングス化を実現した企業の何倍に及ぶ〝検討中の企業〟が存在する。ホールディングス化を決断できない企業のほうが圧倒的に多いのである。その分かれ目は何だろうか。
間違いなくいえることは、ホールディング経営への移行を決断する経営者は、自社の企業価値向上と持続的成長に明確な意志を持っているということである。逆に、決断できない企業はホールディング体制のメリットとデメリットを議論することに終始する場合が多い。メリットとは「自社が目指す姿」、デメリットとは「現実的なリスク」である。両者をフラットに議論すれば、どうしても不確実な前者よりも、リアルな後者のほうが説得力でまさる。そのため、意思決定ができないという結論に陥ってしまうのである。
もちろん、メリット・デメリットを比較考量するプロセスそのものが不要だといいたいわけではない。特にデメリットは、ホールディングス化を推進するに当たって重要なリスクである。そのリスクを具体的に認識して、マネジメントレベルで対処しなければならない。すなわち、デメリットとはメリットを実現するために克服すべき課題であり、決断とはその課題との対峙を「腹決め」することなのである。
京セラ創業者の稲盛和夫氏は、「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」という経営哲学を持っていた。悲観的な夢を描く人はいない。夢は必ず「こうありたい」という楽観的なものである。しかし、いざその夢を実現しようとすると、それを阻む問題がいろいろと発生することが見込まれる。そのため、直面する可能性があるすべてのリスクを想定し、対策を打つ必要がある。したがって、夢を実現させるための計画は悲観的に見ざるを得ない。現実を直視しなければならないのだ。ただし、実行するときは「必ずできるはず」と信じて明るく行動する必要がある。当たり前だが、「どうせできないだろう」と悲観的に行動するくらいなら、はじめからやらないほうがよい。
ところが日本人は、将来を悲観視し、思考停止に陥って、先へ進まずに放置するという傾向が強い。これはホールディング経営に対する企業の姿勢も似たようなものである。「後継者にふさわしい人材がいない」「他社事業を買収できるような資金力がない」「会社の柱になる強みもない」と現状を悲観し、「先行きは暗い」と将来まで悲観してホールディング経営を考えない。考えたとしてもデメリットばかりに目が向いて何も決めない。できない理由をいくら挙げても何も始まらないのである。だからこそ、成熟経済下で事業が伸び悩む中堅・中小企業の経営者は、明るい未来の目指す姿を構想し、それを実現するための計画を悲観的な視点で検討して、楽観的に投資を実行する必要があるのだ。ホールディング経営は、そうした企業が大きく羽ばたく突破口となり得る手段なのである。
(2) 事業ポートフォリオ戦略で成長する
では、ホールディング経営を決断した企業は、なぜそれを選択したのだろうか。この背景には、人口減少と成熟社会という日本特有の経営環境が影響している。日本の人口は少なくとも2070年まで増加に転じることはないと予想されている(国立社会保障・人口問題研究所、2023年)。当然ながら国内需要は長期的に縮小に向かう。一方、経済の発展に伴ってモノが人々に行き渡り、新規需要や買い増し需要ではなく「買い替え需要」が消費の中心を占める社会となった。1つの事業にヒト・モノ・カネの経営資源を集中投下しても、成長性と持続性で限界が見えてきた。既存のビジネスモデルを変革しなければ、今後の成長は望めなくなっている。
とはいえ、簡単に〝変革〟といっても、祖業や主力事業をむげに捨て去るわけにいかない現実がある。その場合、既存事業と新たな事業との組み合わせによりイノベーションを創出するという発想が重要になる。複数の事業の組み合わせで、より大きな付加価値を創造し、いわゆるシナジー(相乗効果)を得て成長していくための戦略を「事業ポートフォリオ戦略」という。企業が企業価値向上と持続的成長を目指すうえで、この戦略は不可欠である。
現在、地域の中堅・中小企業の多くが、後継者不足やマーケットの成熟化による競争激化などの理由で伸び悩んでいる。都市部の上場大手企業でも、もはや単体では成長を望めない企業が少なからずあるだろう。
一方、企業を個別に見ると一長一短の個性がある。それらを統合することで各社の強みが連携し、それぞれの弱みが補完されて、グループとしてのシナジーが発揮される。こうした企業を長期的なパートナーシップを前提とする友好的なM&Aによってグループに迎え入れ、増収増益を続ける企業は少なくない。最近は、金融機関ではない一般の企業が自己資金で投資ファンドを組成し、ベンチャー企業に投資する「CVC」(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)も増加しつつある。すなわちHDCがグループ事業とのシナジーを見込める、将来性の豊かなスタートアップ企業に出資し、共同研究・共同開発などを通じてグループ事業を成長させていくパートナーシップモデルである。
(3) サーバントリーダーシップ
このように事業ポートフォリオ戦略で成長する企業は、ホールディング経営を導入していることが多い。株式譲渡・株式交換により、企業の買収や子会社の売却がしやすいからだ。そのためイノベーションを創出するうえで有効な手段として、ホールディング経営を選択する企業が増えているのである。
また、経営者人材の育成を見込んでホールディング経営に取り組む企業も多く見られる。企業が持続的な成長を望むとき、数多くの経営者人材を生み出すことも重要な経営課題となる。業容の拡大に伴い、一人の経営者が陣頭指揮を執るには限界がある。「企業は社長の器以上には大きくならない」といわれるが、今は1人の経営者の器に頼って成長するような時代ではない。複数の経営者によるグループ連邦経営を行っていくことがホールディング経営モデルの要諦であり、それだけのためにホールディングス化を志向する経営者もいるほどである。ホールディング経営においては、グループを構成する複数の事業会社が、それぞれに配置された経営者の下で自律的な経営を展開していくことが望まれる。
ところで、HDCのトップは各事業会社に対し、どのようなスタンスを取るべきだろうか。それは今の時代の流れから「サーバントリーダーシップ」が望ましいと考える。サーバントリーダーシップとは、「部下の能力を肯定し、互いの利益になる信頼関係を築くリーダーシップスタイル」をいう。一方的に命令することで動かすスタイルではなく、組織としてのビジョンを示し、部下を信頼することで組織全体の成長を促すのである。
ホールディング体制においても、HDCのトップはグループとしての中長期ビジョンを示し、それを受けた各事業会社トップがそれぞれの事業を伸ばす成長戦略を立案して実行する。映画にたとえるなら、監督や役者は現場(事業会社の経営陣)に任せ、自ら(HDCのトップ)はプロデューサーとして現場を支えるスタンスを取るのだ。今後のホールディング経営におけるオーナーシップの発揮の仕方を考えると、こうした関係性が望ましいだろう。
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