COLUMN

2026.04.06

PBR改善×資本政策の実学:
日立製作所のROIC、丸井グループの共創、
伊藤忠商事のコミットメント経営

  • 資本政策・財務戦略

PBR改善×資本政策の実学:日立製作所のROIC、丸井グループの共創、伊藤忠商事のコミットメント経営

目次

閉じる

資本政策と経営の責任

2023年3月、東京証券取引所が発した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」は、日本企業の経営層に大きな衝撃を与えました。プライム市場の約半数、スタンダード市場の約六割がPBR(株価純資産倍率)1倍割れという異常事態に対し、東証は事実上の改善命令を出したといっても過言ではありません。PBR1倍割れとは、企業の株式時価総額が、解散時に株主に分配される純資産額を下回っている状態を指します。
これは、市場から「事業を継続するよりも、今すぐ解散して資産を分配した方がよい」と評価されているに等しく、上場企業としての存続意義が問われる深刻な事態です。しかし、多くの企業ではいまだに「自社株買いや増配をすればよいのだろう」といった形式的な対応にとどまっています。
本コラムでは、PBR1倍割れの本質的な原因と、日立製作所や伊藤忠商事といった先進企業を参考に、資本政策のポイントについて、実務的な視点から解説します。

現代の経営において、資本政策は単なる資金調達の手法ではありません。それは、企業価値を持続的に向上させるための資金調達、投資配分、株主還元の三位一体の戦略です。これまで日本企業は、銀行借入の金利には敏感でしたが、株主からの出資に対するコスト(株主資本コスト)には鈍感な傾向がありました。
しかし、株主は「配当」だけでなく「株価の値上がり」も期待しており、その期待収益率は一般的に7〜10%程度と、負債コストよりもはるかに高いのです。この「見えないコスト(WACC)」を認識し、それを上回る利益を上げられるかどうかが、PBR改善における重要なポイントとなります。

内部留保の肥大化が招くROEの低下

PBRが低迷する最大の原因の一つに、過剰な内部留保によりROE(自己資本利益率)が低下することが挙げられます。多くの経営者は「将来の不安に備えて現金を積んでおきたい」と考えがちですが、投資家から見れば、これは「資金を有効活用できていない」と映ります。分母である自己資本が肥大化すれば、同じ利益額でもROEは低下し、結果としてPBRも低下します。必要な運転資金を超えた余剰資金は、成長投資に回すか、あるいは株主に還元してバランスシートをスリム化する必要があります。
これによりROEを高め、資本効率を改善することがPBR1倍超えへの第一歩です。

日立製作所に学ぶROIC経営

V字回復を果たした日立製作所の事例は、資本政策の重要性を如実に物語っています。かつて巨額赤字に苦しんだ同社は、ROIC(投下資本利益率)を経営の最重要指標に据え、徹底的な構造改革を断行しました。具体的には、ROICが資本コストを下回る事業やグループシナジーの薄い上場子会社(日立化成、日立金属など)を聖域なく売却しました。そして、得たキャッシュを、デジタル事業「Lumada」などの高収益・高成長分野へ集中投資したのです。その結果、2024年3月期にはROIC10.9%を達成し、株価は長期的な上昇トレンドを描いています。
「選択と集中」を断行し、稼ぐ力を高めることこそが、最強の資本政策であることを証明しています。

丸井グループの「共創」と資本コスト

小売業からフィンテックへの業態転換を進める丸井グループもまた、精緻な資本政策で知られています。同社は全社一律ではなく、事業リスクに応じたハードルレートを設定しています。リスクの低い小売事業は低めに、変動の大きいフィンテック事業は高めに設定することで、投資判断の規律を保っています。さらに特徴的なのは、高成長と高還元の両立を掲げている点です。一般に成長投資と配当はトレードオフの関係にありますが、丸井グループは人的資本やソフトウェアなどの無形資産への投資を重視しつつ、総還元性向を高水準で維持しています。
これにより、ROEは資本コストを安定的に上回り、市場からの高い評価を獲得しています。

伊藤忠商事のコミットメント経営

資本政策においてもう一つ重要な視点が「市場との対話」です。いくらよい数字を出しても、その持続性や将来性が伝わらなければ、株価(PER)は上がりません。伊藤忠商事は「コミットメント経営」を掲げ、中期経営計画の目標数値を必達することで投資家の信頼を勝ち取りました。さらに、2024年の経営方針では「総還元性向50%目処」「配当下限200円」といった明確な還元方針を打ち出しました。このように、投資家に対して「将来のキャッシュフローをどう配分するか」を明確にコミットし、実行し続けることが不確実性を嫌う市場心理を安定させ、株価プレミアムにつながります。

一方で、資本政策の失敗により市場から退出を余儀なくされる企業も少なくありません。成長戦略なきまま現金をため込み、PBR1倍割れを放置している企業は、アクティビスト(物言う株主)の格好の標的となります。近年では、単なる増配要求だけでなく、経営陣の退陣や事業の切り売りを求められるケースも急増しています。かつては買収防衛策を導入して経営陣を守る動きもありましたが、現在では機関投資家の反対により防衛策の廃止が進んでいます。もはや株価を上げる以外に、会社を守る術はない時代なのです。

実務担当者が明日から取り組むべきこと

では、実務担当者は具体的に何から始めるべきでしょうか。
まずは、自社の「資本コスト(WACC)」を正確に把握することです。投資家が自社に何%のリターンを求めているのかを知らなければ、戦略は立てられません。
次に、中期的な財務目標(ROE、ROIC、D/Eレシオ)を設定し、それを達成するための「キャピタル・アロケーション(資金配分計画)」を策定します。 創出したキャッシュを、成長投資、株主還元、財務改善にどう配分するか、優先順位を明確にしましょう。
最後に、それらを統合報告書や決算説明会で分かりやすく発信することです。 なぜこの配当性向なのか、なぜこの投資が必要なのかを、論理的に、かつ熱意を持って語ることが、投資家との信頼関係構築の第一歩です。

「選ばれる企業」になるために

金利のある世界が到来し、グローバル競争が激化する中、資本効率の低い企業は市場から淘汰されるリスクに直面しています。
PBR1倍割れという「警告」を真摯に受け止め、今こそ聖域なき事業ポートフォリオの見直しや抜本的な財務戦略の再構築に踏み出すべきです。
変化を恐れず、自らを変革できる企業だけが、次の時代も市場から「選ばれる企業」として生き残ることができます。 貴社の英断を後押しするのは、今ここにある危機感と未来への展望に他なりません。

WEBINAR

ウェビナー一覧はこちら

ABOUT

タナベコンサルティンググループは
「日本には企業を救う仕事が必要だ」という
志を掲げた1957年の創業以来、
69年間で大企業から中堅企業まで約200業種、
18,900社以上に経営コンサルティングを実施してまいりました。

企業を救い、元気にする。
私たちが皆さまに提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。

コンサルティング実績

創業69
200業種
18,900社以上
上場企業支援
1,350社以上