1.はじめに~近年AIに注目が集まる理由~
人工知能(以下、AI)の研究は1950年代から続いています。AIの歴史は、コンピューターによる「推論」や「探索」が可能となり、特定の問題に対して解を提示できるようになった第一次人工知能ブーム(1950年代後半~1960年代)、「知識」を与えることでAIが実用可能な水準に達し、専門家のように事象の推論や判断ができるようにしたエキスパートシステムが多く生み出された第二次人工知能ブーム(1980年代)、大量のデータを用いることでAI自身が知識を獲得する「機械学習」が実用化され、さらに知識を定義する要素をAI自ら習得するディープラーニングが登場した第三次人工知能ブーム(2000年代~現在)の3つに区分されます。
これほど長きにわたり研究されているなか、近年AIが特に注目を浴びている理由として、大きく2つのことが挙げられます。
1つ目はAIを機能させる環境が整ってきたことです。クラウド環境やそのために使うPCやスマートフォンなどの電子機器が普及し、大量のデータを取得・収集することが容易になりました。一方、人の力のみで収集・蓄積された大量のデータを分析・処理することが難しくなり、AIに注目が集ったといえます。
2つ目は2022年11月に米国OpenAI社からリリースされたChatGPTに代表される大規模言語モデル(以下、LLM)の登場です。LLMとは大量のデータで事前学習し、特定のタスクに個別チューニングを行う方法の基盤を指します。
これにより、自然な文章の生成や高度な質問応答タスクが可能となり、さらに画像生成技術との結合も容易となったことでビジネスに大きな影響をもたらしました。
AIが実際のサービスにおいて果たす機能には、音声や画像、言語を認識する「識別」、大量の過去データから未来の数値、ニーズを予測する「予測」、画像や文章の生成や要約を行う「実行」の3つに大別されます。本コラムでは、データドリブン経営によって経営を合理化かつ超高速化するための「予測」機能に注目し解説します。
2.経営におけるAIの実装
(1)AIと人間の仕事の分類
ビジネスの現場でAIを有効に活用し人間と共存のためにはまず、AIの得意・苦手領域を知り、AIに置き換えられる仕事と人間がサポートすべき仕事を分類する必要があります。2024年時点の技術でAIが人間より特に優れている能力は、膨大なデータからパターンを見つける力です。逆に創造性、共感、器用さを求められる仕事は苦手とされています。
AIはデータ量が少なく前提条件が曖昧な場合には、データの法則性の抽出や複雑かつ高精度なシミュレーションを行うことができません。最新のデータを学習し続ける環境にない場合には性能を継続的に高品質に向上させることも難しくなります。
また、AIは目標を絞って最適化することは得意ですが、目標の選択や戦略策定、創造的に考えることはできません。つまり、膨大なデータからの法則性の抽出とその分析はAI、整備されたデータを継続的にAIにインプットするための体制整備と、AIによって最適化されたデータを用いて選択や戦略策定を行うことこそが人間の仕事といえるでしょう。
(2)AI実装の手順
①AIの活用目的明確化
目的の明確化は全てに共通して大切なことですが、とりわけデータドリブン経営に向けたAI実装のためには、データの活用目的明確化が重要です。目的を明確化することで収集すべきデータやその分析方法、使用すべきツールが明確になるのみでなく、データの収集・分析・可視化作業のやり直しを防ぎ、効率化にも繋がります。
デジタル化、AIの導入そのものが目的化してしまうことを防ぐためには、データ活用のためのAI実装ではなく、経営目標や事業目標といったあるべき姿の実現のためのAI活用を検討すべきです。目標達成のためにはどのようなデータが必要で、そのデータをどのように分析し、分析されたデータをどのように表現するか、そのためにどの場面でAIを活用すべきかを構想します。
②データの清流化、データパイプラインの設計
「(1)AIと人の仕事の分類」に記した通り、「整備されたデータを継続的にAIにインプットするための体制整備」は人間の仕事です。データの清流化のためにはまず、すでに社内で導入しているシステムの中のどこに、どのようなデータが存在しているかを可視化する必要があります。実際にコンサルティング支援の際にも、クライアント社内で活用されている主要システムのマスタデータを分析・可視化する作業から始まります。
このとき、もし目標達成のために必要なデータがインプットされていない場合には新たにインプットする方法の検討も必要になるでしょう。データの有無、所在を可視化した後はデータパイプラインを設計します。データパイプラインとは、データを収集・分析し、データを実用可能なものにするためのプロセスとツールを指します。これは膨大なデータを交通整理するために重要な工程です。データパイプラインでは、複数のデータソースからローデータをデータレイクに収集・蓄積し、データウェアハウスの中でデータを加工・使用目的別に分類、最後にダッシュボートなどに分析されたデータを可視化します。
AIは蓄積されたデータの特徴を数値化し分析するため、AIによって法則性を抽出し、予測分析するためには、ETLツールやELTツール を活用したデータクレンジングも重要です。
1データを活用しやすいようにデータを抽出・変換・格納をするためのツール。ETLツールとELTツールではデータの変換処理を行う順番と場所が異なる。
データの清流化、データパイプラインの設計については『DXにおける「データ利活用」とは?推進方法と成功のポイントを解説!』やオンデマンド動画『社内に散らばったデータという「宝の山」を活かす! 新たな価値創造につなげるためのデータ利活用のステップと活用方法』で詳しく説明しているため、合わせてご参照ください。
③データの継続的供給、バイアス除去
AIを活用し、大きな成果を生み出し続けるためには常に新たなデータを使用し、継続的な改善・更新が必要です。AIによるデータ分析・活用は常にデータに依存するため、高品質で利用可能なデータを常に供給し続ける必要があります。
また、特に学習途上段階においては、AIが内包するシステム的な偏見に考慮し、対応することも求められます。AIは導入して終わりではなく、データの更新やバイアスに対応など継続的な管理が必要です。
(3)AIの活用度を最大化し正しく共存するために求められるスキル
AIは人間の持つ創造力・着想力を拡張するためのデジタルツールであり、AIによって高速で最適化され、分析されたデータをもとに最終決断を下すのは人間です。AIと共存し成果を最大化するためには、AIによってアウトプットされたデータを鵜呑みにするのではなく、常に疑問を持ち、経営目標・事業目標達成のために正しい判断力が求められます。
また、高品質なアウトプットを生成するためには、有効な分析パターンを洗い出し、AIに適切な指示を与える必要があります。分析パターンの洗い出しには、仮説思考の向上も求められます。さらにその仮説の判断をAIに仰ぐため、AIが理解しやすい形式で指示を出すためのプロンプトエンジニアリングも求められます。プロンプトエンジニアリングとは、AIの応答を最適化するための質問や指示の設計技術であり、正確な情報提供やタスク遂行に不可欠なスキルです。人間が立てた仮説をAIによって分析されたデータで補完し、人間によって最終決断をするサイクルこそがAI時代の経営で求められるでしょう。
(4)AI活用におけるセキュリティ対策
AI活用においてもう一つ重要なことはセキュリティへの対応です。特に経営においてAIを活用する上ではデータセキュリティの対策は欠かせません。例えば、AIにインプットされるデータが攻撃され、間違った学習がなされることで誤った分析結果が導き出されるリスクや機密情報の漏洩リスクへの対応が求められます。また、ディープフェイクやサイバー攻撃などAIを悪用するリスクへの対応や、AIによるアウトプットの権利遵守、法令・倫理遵守など、AIを使用する側のリテラシー向上も重要です。
3.AIを駆使したデータ分析によってBX(ビジネストランスフォーメーション)を実現するアサヒグループホールディングスの事例
酒類、飲料、食品など多様なブランドを持つアサヒグループホールディングス株式会社(東京都墨田区、勝木 敦志 代表取締役社長)では、DXをBXと捉え、生産性向上やデータ活用の民主化、パーソナライゼーションモデル構築のためのDX戦略を立案しています。勘や経験、根性に頼らず、データ起点で顧客ニーズに応えることを目的に、AIを駆使してデータ分析と具体的なビジネスアクションを実行しています。
具体的には、購買情報や天気、SNS上の製品評価指標をAIに学習させ、売上予測やその要因仮説、ビジネスアクションに生かしています。さらに実行したアクションによる売上効果測定のためのダッシュボードも構築し予測精度管理も行っています。また同社では、正しくデータを理解し素早く業務に生かすための「ビジネスアナリスト」の育成にも注力しています。これによってデジタルとビジネスをつなぐ人材が生まれ、ビジネス人材、データの専門家、ビジネスアナリストがOneチームとなって多様化する顧客ニーズへの対応スピードを加速しています。
アサヒグループホールディングス 「「デジタルトランスフォーメーション注目企業(DX注目企業)2023」選定 DXをビジネストランスフォーメーション(BX)と捉えた経営改革が高評価」(2023.06.02)
https://www.asahigroup-holdings.com/newsroom/detail/20230602-0102.html
4.おわりに
日本におけるAI導入企業はとまだまだ途上段階ですが、OpenAI社が東京オフィスを設立するなど、AIビジネスの成長が期待されているといえます。弊社主催の2023年度マネジメントDX研究会のメッセージが「Digital or Die」であったように、凄まじい勢いで情報が更新される時代において、AIの脅威のみを考え足踏みしていてはすぐに取り残されてしまいます。AIの仕事と人間の仕事、リスクとリターンのバランスを保ち、AIと共存した経営に向けた体制整備が急がれます。