COLUMN

2022.10.24

~大阪大学:「革新的低フードロス共創拠点」~ フードDXを用いたイノベーションで実現するサステナブル社会とは?

―世界的食糧問題の現状について教えて下さい(タナベ:巻野)


福﨑教授

(福﨑教授)
FAO(国際連合食糧農業機関)2017年度の報告書によると、世界では食料生産量の3分の1に当たる約13億トンの食材が毎年廃棄されています。この廃棄される食料はすべてまだ食べられる状態にもかかわらず、捨てられているのが現状です。

このような人に消費されない食料(フードロス)から排出されるCO2量は人的活動に起因する世界のCO2総排出量の8%を占めている為、環境にも悪影響を及ぼします。

フードロスの発生は大きく分けて次の5つの原因に起因します:生産ロス(9%)・保管ロス(8%)・加工ロス(4%)・流通ロス(4%)・消費ロス(8%)です。これら5つの原因から発生する33%のフードロス(約13億トン)は、世界中の慢性飢餓人口(約8億人)の食糧にあたり、また、CO2排出量を削減することが、現在の世界で求められています。

―「革新的低フードロス共創拠点」の目的について教えて下さい(タナベ:巻野)


タナベ:巻野

(福﨑教授)
FAOによると世界では毎年50億トンもの食材が生産されていますが、3分の1が未利用でフードロスとなります。このフードロス量は約20億人分の食糧に当たり、経済損失としては約80兆円になります。世界での慢性飢餓は年間約8億人なので、フードロスの約40%をマネジメントできると世界から飢餓をなくすことができると考えています。

飢餓を世界からなくすために、食料の増産を考える人がいますが、本質的解決策とは考えられません。食糧の増産を現状のフードマネジメントシステムで行うと、フードロスを増やすだけだと考えています。

食料を生産してから、消費者の手元に届けられるまでに、生産者とサプライヤーが市場で利益を上げようとすると、消費者需要の100%をサプライヤーからの供給が超えてしまわないようにする必要があります。理由は価格破壊が起こってしまうからです。

価格破壊と食料多量生産を抑制するために、先進国は90~95%の食料供給量で食料生産計画を立てています。にもかかわらず、世界から飢餓がなくならないのは、フードマネジメントシステムが未熟である事と、世界中で起こる戦争や紛争によるロジスティクスの機能不全であると考えています。

世界では毎年、飢餓に苦しむ人々を十分に救えるほどの食料を生産しているのです。なので、我々が本プロジェクトで取り組んでいる事は、生産された食糧をフードロスにするのではなく、フードマネジメントシステムを向上させ、食材の賞味期限を伸ばすことでフードロスを世界からなくすことなのです。

―フードマネジメントシステムの向上について教えて下さい(タナベ:播)


タナベ:播

(福﨑教授)
フードロスは基本的に「生産ロス」・「加工ロス」・「保管ロス」・「流通ロス」・「消費ロス」で説明されます。開発途上国では、「生産ロス」が最も多く、日本国内では「消費ロス」が最も多いです。

開発途上国で見られる「生産ロス」が多い原因としては、生産地で食材を生産したにもかかわらず、食材取引市場の相場が冷えて、値崩れし、食材を出荷する費用を払うことが出来ず、そのまま「生産ロス」として廃棄することが多いです。日本国内でもこのような「生産ロス」は過去にはありましたが、現在はJA(農業協同組合)の誕生により少なくなりました。

この「生産ロス」への解決策として、我々が考えている事は、生産した食材を低コストで保管し、相場の安定を待つことだと考えています。これが可能になれば、バイヤーとサプライヤーが損をしなくなり、食材の過剰生産を抑制し、食材生産と廃棄の際に排出される二酸化炭素を削減できるのです。この取り組みをグローバルに行っていこうと考えています。

―大阪大学が保有する「技術」でどのようにフードロスを解決するのか教えて下さい(タナベ:巻野)

(福﨑教授)
1.生産ロスに関して
生産ロスが発生する主な原因は、生産物の市場価格の下落により、収穫出荷のコストが回収できず、生産地で食品が廃棄されているからです。そして、食べられるにもかかわらず規格外という理由で作物が廃棄されていることも原因の1つです。
我々の「生産ロス」に対しての解決策は3つあります。
1つ目は、非破壊による食材のモニタリング解析です。この技術を活用し、市場価格がコストに折り合うまでの保管を担保する技術を開発します。2つ目は、オーファンクロップ※1です。一般的に食べることのない植物資源をゲノム編集技術で作物化する技術を活用します。3つ目は、フードプリンティング※2です。廃棄されてしまっていた作物を利用して廃棄物ゼロミートを開発することで生産ロスを削減します。

2.保管ロスに関して
保管ロスが発生する主な原因は、生鮮食品の貯蔵寿命(シェルライフ)が短いので、輸送中に腐ってしまい廃棄されてしまうからです。
我々の「保管ロス」に関しての解決策は、非破壊で食品を網羅的に解析し、食品の貯蔵寿命を伸ばすことで、保管過程で腐らない生鮮食品を作る技術を開発することです。

3.加工ロスに関して
加工ロスが発生する主な原因は、工場の加工過程で傷つけたり・腐らせたりすると販売基準が満たないため廃棄されてしまうからです。
我々の「加工ロス」に対しての解決策はリバーシブル凍結乾燥です。
加工時に、生鮮食品(例:エビ・マンゴー等)の水分等を特殊な方法で抜き、食品劣化を防ぐ凍結乾燥技術を開発することです。

4.流通ロスに関して
流通ロスが発生する主な原因は、食品がトラックや船で輸送されるとき温度調整の微細な管理不足のために、食品の品質が損なわれたり、腐ったりして廃棄されてしまうことです。
我々の「流通ロス」に対しての解決策は2つあります。
1つ目は、長期間で船輸送されている間に腐ってしまう生鮮食品を非破壊で解析することで貯蔵寿命を伸ばし、流通ロスを低減することです。2つ目は、スマートデータロガーシステムです。流通過程の食品の品質を原料生産地から加工地までの履歴(トレーサビリティ)を完全に「見える化」し、食品の真正性と安全性を担保した食品データ自動収集システムを開発することです。それらの蓄積データは輸送時に微細な温度管理を調整するために役立ち、食品の劣化を防ぐことにも役立ちます。

5.消費ロスに関して
消費ロスが発生する主な要因は、食材の買いすぎや料理の作りすぎによって食べられることなく廃棄されることです。 また、形の悪い野菜は見た目が悪いという理由で現代の消費者嗜好に合わず、廃棄してしまうことにもあります。
我々の「消費ロス」に対する対策は2つあります。
1つ目は、OUICP(Osaka University International Certificate Program:大阪大学の学生とASEAN諸国の学生を対象とした短期留学を含む双方向終了証プログラム)※3です。フードロス社会の実現には技術革新だけでなく、それを受け入れる社会の意識改革が求められます。わたしたちは、食のあり方に関わる多様な原因を探求し、広い視野で将来を展望できる人材を育成する機会を創出しています。2つ目は、コンジョイント分析※4です。フードロスに関わる新たな問題の出現、および全体のバランス維持を想定した分析やフィードバックを行い消費者レベルのフードロスを減らします。

これら5つの原因に対する解決策が「フードDX」であり、これらを用いたイノベーションを起こすことで、フードロスに係る問題を解決することを目指しています。

―「革新的低フードロス共創拠点」プロジェクトでインドネシアと連携されていますが、どのような目的で連携されていますか?(タナベ:巻野)

(福﨑教授)
インドネシアと連携している理由としては、大きく2つあります。1つ目は、日本が対等に話をすることが出来る東南アジアの国の中で最も大きい国という事。2つ目は、インドネシアが人口当たりのフードロスが世界で最も多い国の1つであることです。

インドネシアはトロピカルフルーツの生産量が東南アジアで1位であり、年間生産量の約半分ほどをフードロスしている国です。このフードロスは、「生産」・「保管」・「流通」の段階で生まれてしまっています。日本は「生産」・「保管」・「流通」の段階で生まれるフードロスの割合が17~18%である為、インドネシアが日本レベルでフードマネジメントシステムを整備するとかなりのフードロスを削減することが出来る。

この構想をインドネシアのトップマネジメントに根気強く話したことで現在の連携に繋がっています。今では、インドネシア政府との連携に始まり、インドネシアのトップ2大学:バンドン工科大学・ボゴール工科大学との連携や、インドネシアの国立研究機関長官との連携が実現しています。これぐらい大規模な協力体制があると、我々の革新的低フードロスがどれほどの効果があるのかを海外での事例として取り上げることが出来ます。

インドネシアとの連携は、今後グローバルにプロジェクト展開していく上での第一歩なのです。

―ステークホルダーに損をさせないフードロスの解決とはどのようなものですか?(タナベ:播)

(福﨑教授)
フードロス解決を推進する上で大切なことは、フードロスに関する規制を設けることです。現在のようにSDGsやフードロスを推進する際に「SDGsを推進するべきだ」という「べきだ論」では推進することが出来ないんです。

例えば、現在禁煙関連ビジネスが発展してきていると思いますが、昔は今ほど禁煙ブームが進むと誰も想像していなかったと思います。しかし、現在は禁煙関連法の制定などにより一気に禁煙ブームが到来しています。

このようなフードロス関連ビジネスが20年後は発展していると思います。そして、フードロス関連ビジネスが発展した社会では、フードロスに取り組んでいるステークホルダーが「損をしない」社会になっていると考えています。

―日本国内の「消費者意識」とエシカル消費の推進に関して教えて下さい(タナベ:播)

(福﨑教授)
日本国内でいうとフードロスが発生する5つの原因の中で最も多いフードロスの原因は「消費ロス」です。消費ロスを除く残り4つの原因に関しては、大阪大学が保有する研究シーズ・「技術」で解決することが出来ます。

しかし、「消費ロス」に関しては、消費者の意識改革が必須になってきます。消費ロス発生の主な要因は、食材の買いすぎや料理の作りすぎによって食べられることなく廃棄されてしまうことです。日本やアメリカなどの先進国では、「食べる予定がない食料を購入」したり、「一人暮らしにもかかわらず、バナナを1房購入」したりするような消費者意識がとても多い現状にあります。その為、食料の消費期限などを「技術」を用いて伸ばすことに成功しても、消費者意識・嗜好に変化がない限り、消費ロスを削減することはできないのです。

そこで、大阪大学が取り組んでいる消費者意識の改革が「エシカル消費」です。エシカル消費とは「倫理的消費」のことで、消費者それぞれが社会的課題の解決を考慮し、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うことです。

このエシカル消費を社会に促進・浸透させていく為に、大阪大学はOUICPなど、食のあり方に係る多様な原因を探求し、広い視野で将来を展望できる人材を育成することにも取り組んでいます。

―「フードDX」×「エシカル消費」で実現する「革新的低フードロス共創拠点」の今後の取り組みについて教えて下さい。(タナベ:巻野)

(福﨑教授)
現在取り組んでいるプロジェクト「革新的低フードロス共創拠点」はJSTの育成型支援を受けています。年内の目標は2022年末のJSTの審査を受け、本格型支援制度に切り替える事です。本格型支援を受けることができれば、5年以内に国内へ輸入される生鮮食材の「保管」・「流通」・「加工」ロス面でのフードロスを技術的に検証し、フードロスを目指します。

これらを実現する上で、大阪大学が保有するOUVC(大阪大学ベンチャーキャピタル)を活用し、スタートアップ企業として社会に開発した技術を実装していく構想を考えています。

また、10年後の社会では、物流チェーン:「生産」⇒「流通」⇒「加工」⇒「保管」⇒「消費」のすべての段階において、食材情報を精密管理し、可視化することで、社会問題の一つである「食品偽装問題」が物理的に不可能になる社会にしたいと考えています。

まとめ

大阪大学が現在取り組んでいる食料問題は、「食糧不足」だけでなく「気候変動」などにも繋がる重大な世界的社会問題であります。フードDXの「技術」とエシカル消費の「消費者意識の改革」を行うことで、CO2排出量削減の達成と世界中の飢餓で苦しむ人々を救うことが可能となります。

また、福崎教授は大阪大学が保有する技術を通して実現するサステナブル社会では、SDGsに協力する企業やステークホルダーが"損"をしない社会であるべきだと考えています。SDGsに協力的なステークホルダーが"損"をしない社会を作る手段として考えられる1つは、社会的な規制を個人レベルで作っていくことです。なぜなら、現在SDGsに注目が集まっているにもかかわらず、推進が今一つ進んでいない原因は、社会的な価値観、"SDGsは推進するべきだ"という"べき論"で推進しようとしているからです。その為、フードロスに関する規制を整備し、SDGsに協力的なステークホルダーが"損"をしない社会を創ることが福崎教授の考える将来あるべき社会の姿です。

しかし、この社会を実現するためにはとても多くの障壁があります。まずは消費者一人一人が環境に配慮した購買行動を行い、サステナブルな社会の実現に少しでも貢献しようとする"意識変化"が、この世界的な問題を解決する一歩になると考えています。

福崎教授は、「一見きれいごとに聞こえるかもしれないが、正直者が馬鹿を見ない社会を技術力で推進していきたい」と語っており、サステナブル社会の実現に強い思いを持たれています。

今後も「革新的低フードロス共創拠点」の取り組みに注目していきます。

【関連ページ】:
SDGs改善|食品メーカー・業界の取り組み

■※1 オーファンクロップ(孤児作物)
1.説明:※1ゲノム編集技術を用いて、一般的に食べられることのなかった植物資源を作物化する開発を行うこと。
2.福崎教授から説明頂いた事例:ジャガイモの芽は有毒であるが、ゲノム編集技術で有毒成分(作物の性質)を改変し、無毒化する。

※1:⑴ゲノム編集技術は、作物がもともと持っている性質を改変する技術
⑵遺伝子組み換え技術は作物がもともと持っていない新しい性質を付け加える技術

URL:https://handaifoodloss.otri.osaka-u.ac.jp/researchdevision3rd/2022/01/orhpancrop/
(出典:「革新的低フードロス共創拠点」HP、大阪大学)

■※2 フードプリンティング
1.説明
⑴一般的な3Dフードプリンティングへの認識:ペースト状にした食材を3Dプリンターのノズルから射出し、縦横に動かしながら積層(食材の層を積み重ね、食べ物へと形成)する技術。
⑵大阪大学の3Dフードプリンティング:コオロギやミルワームなどの昆虫に廃棄食材を与え、成長したそれらの昆虫を粉砕⇒ペースト状化⇒3Dプリンティング技術で食材へと形成していく。
(※:現在大阪大学は、昆虫から食肉へと形成し、社会へ提供することを目指している。現状の課題は、3Dプリンターで形成された食肉は、食肉本来の「食感」がほとんどなく、こんにゃくのような食感にしかならない)

URL:https://handaifoodloss.otri.osaka-u.ac.jp/researchdevision3rd/2022/03/zeromeat/
(出典:「革新的低フードロス共創拠点」HP、大阪大学)

■※3 OUICP(Osaka University International Certificate Program)
説明:大阪大学が提供している、ダブルディグリープログラム(双方向終了証取得プログラム)である。海外(ASEAN諸国)の大学の卒業資格と大阪大学の卒業資格を短期留学等を通して同時に取得できる、大阪大学とASEAN諸国の大学の所属する学生を対象としたプログラム。

URL:https://handaifoodloss.otri.osaka-u.ac.jp/researchdevision4th/2022/06/diversityandsustainability/
(出典:「革新的低フードロス共創拠点」HP、大阪大学)

■※4 コンジョイント分析
説明:主にマーケティング分野で用いられる、定量的な分析手法。
大阪大学の活用方法紹介

URL:https://handaifoodloss.otri.osaka-u.ac.jp/researchdevision4th/2022/04/ethical-consumption/
(出典:「革新的低フードロス共創拠点」HP、大阪大学)

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