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本コラムでは製造業における新規事業開発を検討する上での切り口となるフレームワークを紹介いたします。前半部分では日本の製造業の現状を「外部環境」と「国内市場の立ち位置」という観点から捉え、後半部分では製造業が新規事業を検討する際のフレームワークを紹介しております。市場環境を捉えた上で、既存事業の延長に成長を描くことが困難であれば、新たな付加価値をどのように創出するか、という着眼において参考にしていただければ幸いです。
日本の製造業を取り巻く環境
(1)外部環境から見る日本の製造業
近年の製造業を取り巻く環境は、不安定な国際情勢や気候変動、技術革新など、ダイナミックかつ予測困難であり、これまでのやり方では通用しない、変化が求められる転換期となっています。特に製造業の根幹であるサプライチェーン(調達、加工、仕上げ、出荷、販売、アフター)の寸断リスクがこの不安定な情勢下において高まっており、個社単体での対策では不十分であり、サプライチェーンに関わる事業者全体の連携・取り組みの可視化が重要視されてきています。
また、SDGsやESG投資の重要性の高まりから、サステナビリティに対して企業経営者の関心が高まっており、サプライチェーン全体を通したカーボンフットプリント(商品やサービスのライフサイクルを通して排出される温室効果ガスの排出量を表示する仕組み)の把握が求められるようになりました。
これらサプライチェーンを基軸とした企業間連携の機運の高まりは、主にデータ連携や生産技術のデジタル化・標準化を通じて実現されてきており、欧州ではサプライチェーンの最適化の実現を目的とする製造業の事業者のデータ連携基盤を発足する等、サプライチェーンの最適化、連携強化、環境変化への対応力強化を図ることの必要性が高まっています。
こうした情勢下において、日本の製造業は、これまで強みとして競争力を支えてきた現場の高度なオペレーションや熟練技術者の存在は、少子高齢化とともに技術伝承問題へと警鐘が鳴らされるようになり、なおかつ高齢者が主体となった労働環境において情報リテラシー不足に起因するデジタル化の遅れが生じており、企業間のデータ連携・可視化の取り組みは進んでいない状況となっています。
(参考文献:経済産業省 厚生労働省 文部科学書 「2023年版 ものづくり白書」)
(2)日本の製造業の現在地
日本の製造業は、産業全体の売上の20%以上を占めており、平均賃金水準は全産業の中で最も高く、雇用規模が非常に大きいという特徴があります。これは、製造業が日本の産業において大きな存在であることを示していることになりますが、他方で、過去25年間の日本の製造業の売上高は400兆円程度を横ばいで推移しており、国内市場の成熟化・縮小化を示しているとも言えます。足元の業績はどのような状況かというと、コロナ禍の落ち込みからは回復したものの、2022年から2023年にかけては原材料価格の高騰の影響もあり、景況感は低調に推移しており、過去四半世紀のトレンドから抜け出せていない状況と言えます。
(参考文献:経済産業省 「製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性」)
製造業における新規事業開発
(1)既存事業の延長ではなく、新しい価値の創出を
こうした状況において、これからの成長戦略をどのように描くか、という論点は非常に重要なポイントになります。もし、「不安定な外部環境」と「成熟化した国内市場」という既存事業の延長線上に勝ち筋が見出せない場合は、自社が社会へ提供できる価値は何かを再定義する必要があります。以降では、製造業における新たな価値創造を考えるための分析フレームを紹介していきます。既存事業の延長ではなく、新しいビジネスモデル、事業アイデアをどのように構築していくのか、という点に着目し、いわゆる新規事業開発のプロセスになぞって、製造業であることの強みを活かして行える手法を主眼に置いて紹介していきます。
(2)事業の方向性や自社の強みを分析・検証する
まず初めに行うことは、外部環境からとらえた自社の現在地と、バリューチェーンから捉えた自社の強みの把握です。ここで大切なことは新規事業、製品、サービスを検討する上での「軸」を定めることです。フレームワークとしてはいくつか手法はありますが、ここでは代表的なPEST分析、5フォース分析、バリューチェーン分析、VRIO分析の手法をかけ合わせた形で紹介します。
①PEST+5フォース分析
~外部環境を抜け漏れなく捉える~
PEST分析とは、政治(Politics)・経済(Economy)・社会(Society)・技術(Technology)の観点から外部環境を分析する手法となります。それぞれの観点から、自社に対するプラス/マイナスの影響度を分析・評価します。
5フォース分析とは、自社の属する業界の競争環境を分析する手法となります。業界内の競争、売り手の交渉力、買い手の交渉力、新規参入の脅威、代替品の脅威の5つの観点から分析します。
これら9つの観点を9象限にまとめて記載することで、マクロ・ミクロの視点から自社の立ち位置を分析し、何が障壁となり、何が追い風となるのかを抑えることで、自社の戦略の方向性を決める上での重要な羅針盤となります。
②バリューチェーン×VRIO分析
バリューチェーンとは価値連鎖という意味であり、製品・サービスの企画・開発から製造、販売、アフターフォローまでの一連の流れのことを指します。それぞれの活動(機能)ごとにどのような価値を発揮しているのかを分析することがバリューチェーン分析という手法になります。バリューチェーン分析を他社と比較することで、自社の強み・弱み(差別化できるポイント)がどこにあるのかがわかります。
VRIO分析とは、価値(Value)、稀少性(Rarity)、模倣困難性(Inimitability)、組織(Organization)において、自社の製品・サービスが他社と比べて差別化できているものであるかを分析する手法となります。
この二つをかけ合わせることで、自社のバリューチェーンにおける強み・弱みをより詳細に分析・把握することができます。
図表1
出所:タナベコンサルティング作成
図表2
出所:タナベコンサルティング作成
(3)事業アイデアを発散する
次に、新しい事業や、新製品・サービスのアイデアを創出するための手法を紹介します。新しいアイデアを生み出す一般的な手法として、多様な意見を集めるブレインストーミングや、多面的な連想を通してアイデアの幅を広げていくマインドマップなどがありますが、ここでは、製造業として最も重要な財産・強みであるコア技術(ノウハウ、製品、サービス)を起点としたアイデアの創出方法を紹介します。
①オズボーンのチェックリスト
オズボーンのチェックリストは用意された項目にしたがってテーマに対する違った切り口からアイデアを発散する手法となります。チェックリストは、転用、応用、変更、拡大、縮小、代用、再編成、逆転、統合の9つの視点があり、1つのテーマに対してそれぞれの視点からアイデアを発散します。コア技術の新しい用途や既存製品の改良など、たくさんのアイデアから検討したい場合に有効な手法となります。
②欠点・希望点列挙法
~既存の製品・サービスの改良~
欠点列挙法は、依存の製品・サービスの欠点や弱点から、その改善策のアイデアを列挙する手法となります。自社の製品の欠点という切り口のため、アイデアが出やすい傾向がある反面、堅実な解決策にとどまり、大きな改良につながらないケースがあります。
希望列挙法は、「もっとこうだったらいい」という希望を元に、実現するためのアイデアを創出する手法となります。理想から入るため、既存製品の固定概念に影響されない反面、実現可能性が難しくなる傾向があります。
欠点列挙法と希望列挙法をかけ合わせることで、アイデアの幅が広がり、これまでにない新製品・サービスのアイデアが生まれることがきたいできます。
③属性列挙法
~既存製品をヒントに新しい製品・サービスのアイデアを創出~
属性列挙法は、既存の製品・サービスを「要素の掛け算」に分解し、それぞれの要素を変更するすることで新しい製品・サービスのアイデアを生み出す手法です。
例えば、ハンバーガーを要素分解すると、「パン」×「肉」×「野菜」となり、パンをごはんに変えればライスバーガーになる、といった、「要素」に着目したアイデア創出法となります。
図表3
出所:タナベコンサルティング作成
図表4
出所:タナベコンサルティング作成
(4)ビジネスモデルを企画する
最後に、事業の方向性と自社の強みから定めた軸に沿って、発散したアイデアから事業化する案を選択し、どのようなビジネスモデルを構築するかを検討します。ビジネスモデルの原則として、「誰に」「何を」「どうやって」の3つの要素を抑えることが大切ですが、ここではより詳細に検討・設計するフレームとして、ビジネスモデルキャンパスを紹介します。
①ビジネスモデルキャンパス
~新しいビジネスを考案する~
ビジネスモデルキャンパスは、ビジネスモデルの構成要素を9つに分解して1つのキャンパス上に表現することで、ビジネスモデルの特徴を表現する手法となります。新しいビジネスモデルの構想にはもちろんですが、既存のビジネスモデル(自社・ライバル)を分析する上でも活用できます。構成要素は以下の9つです。
・顧客セグメント(CS)...誰が顧客か?
・価値提案(VP)...どのような価値提供をするか?
・チャネル(CH)...どのルート(手段)で顧客に提供するか?
・顧客との関係(CR)...どのような関係を作るか?
・収益の流れ(R$)...どこから対価を得るか?
・主要経営資源(KR)...価値を創出するために必要な経営資源は何か?
・主要業務(KA)...必要な活動は?
・主要パートナー(KP)...誰と組む必要があるのか?
・コスト構造(C$)...KA、KR、KPにかかるコストはいくらか?
(参考文献:安岡 寛道, 富樫 佳織, 伊藤 智久, 小片 隆久「ビジネスフレームワークの教科書」)
図表5
本コラムでは日本の製造業の現状から、既存事業の延長ではなく、新たな価値を創造するための新規事業開発のフレームワークを紹介しました。この他にも多くのフレームワークがあり、新規事業を検討する上で役立つ考え方は多数存在しますが、大切なことはフレームワークを知ることではなく、適切な場面で効果的に活用することにあります。自社の方向性を再検討する際には、現状の分析、判断軸の決定、アイデアの検証、ビジネスモデルへの落とし込み、という一連の流れを意識し、しかるべきフレームワークを活用して、新たな価値創造の一助としていただければ幸いです。
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