DX時代の企業成長を実現するリスキリングとは?

コラム 2023.11.24
マネジメントDX 人材育成 教育
DX時代の企業成長を実現するリスキリングとは?
目次

1.リカレント教育とリスキリングの違い

リスキリングの定義や、リスキリングという言葉に各界が過敏に反応している理由を紐解くために、「リスキリングは経営課題 日本企業の『学びとキャリア』考」(小林祐児著、2023年3月初版、光文社)を参考し、以下に引用、整理します。
リカレント教育は、1960年代末から1970年代にかけて作られた教育コンセプトであり、多くの場合「企業以外の教育機関での学びなおし」を意図します。そのため、リカレント教育と言えば、研究機関や大学での社会人教育、生涯学習の文脈で使われてきた経緯があります。
一方リスキリングとは、学校教育か否かに関わらず、新しいスキルの獲得を指して使われます。またリスキリングはジョブチェンジや転職のために行うイメージが強いのではないでしょうか。リカレント教育とは学ぶ場所や学ぶ目的が異なります。
そもそもリスキリングという言葉がブーム化した背景には、世界経済フォーラムがスイスのダボスで開催している年次総会、通称ダボス会議にて、2018年から3年連続で「リスキル革命」と銘打ったセッションを実施したことにあります。2020年時点では、このセッションにて、2030年までに世界で10億人をリスキルすることを目標に、リスキル革命プラットフォームの構築が宣言されています。
なぜここまで大々的にリスキリングに焦点が当てられているのでしょうか。第一の理由がDXであると小林氏は整理します。経済のデジタルシフト、機械化、自動化、データ活用の高度化によって、産業構造に大きな変化が起こり、人々の就業構造や職業の統廃合が発生。DX分野の人材不足、ならびに既存雇用の消失と新しい今日の誕生が同時並行で起こるため、2025年までに8500万の仕事が失われ、9700万の新しい仕事が生まれる可能性があると、2020年のダボス会議レポートで発表されています。
第二の理由は、人的資本経営の推進です。人的資本とは、個人が持っている知識やスキル、能力や資質などを、経済的な付加価値を生み出すための資本ととらえる経済学の基本的な考え方です。2018年、国際標準化機構(ISO)が、企業の人的事本開示についての国際標準ガイドラインISO30414を新設しました。人的資本の情報開示についての国際基準を設け、人的資本の状況を定量化・データ化することによって、組織への影響に対する因果関係を明らかにする狙いがあります。これにより、企業の人的資本開示は必須の流れになり、日本においては、2021年のコーポレートガバナンスコード改訂につながっていきます。
パーソル総合研究所が2022年3月に実施した「人的資本情報開示に関する実態調査」によると、人的資本情報開示にあたって経営層や人事担当が重視しているキーワードは、一位「多様性、ダイバーシティ&インクルージョン」、二位「教育、育成、リスキリング」、三位「能力、スキル」という結果だったようです。
以上の背景から、欧米の巨大企業は、今後も進行する人材不足を考慮し、採用コストと育成コストを天秤にかけたうえで、リスキリングという育成のほうが合理的だと捉え、思い切った予算を投下し続けていると小林氏は報告しています。日本の民間企業でも、独自に日本リスキリングコンソーシアムが発足するなど、リスキリング本格化の波が本格化しつつあります。

2.日本企業のリスキリングの実態

小林氏によると、日本におけるリスキリングの考え方は、下記の発想で規定されることが多いとのことです。



(1)将来的に必要なスキルを明確化 (2)明確化したスキルのうち不足しているスキルを新たに身に着ける (3)ジョブやポスト(役割)とマッチングする


現在のリスキリングブームが海外発祥のものであれば、(1)の時点で海外の先進事例を引用し、それを手本として具体的なスキルの明確化や訓練プログラムの構築が行われていくのも納得します。その流れでリスキリングを推進しようとしている企業や担当者間では、おそらくこのような議論が活発に行われているでしょう。



「リスキリングを進めるためには、まず、今後不足するスキルや仕事を明確にすることが必要だ」 「未来で必要とされるスキルと従業員のスキルを照らし合わせ、そのギャップを埋めていくべきだ」 「企業が求める人材像を、これからの経営戦略や人材ポリシーに沿って明確に描くことが求められる」


従業員の立場になってみると、賛成派と反対派に分かれることは容易に想像できます。賛成派は、自分が希望して所属している組織である以上、組織が示す方針に従順であることが社会人としてのあるべき姿と考え、目の前のことに誠実に向き合うタイプであると思われます。このタイプは、自分自身に実現したいビジョンや夢などが明確にない場合も多く、自分のスキルを会社が示す「鋳型」に合わせることを苦としない傾向もみられるでしょう。一方で反対派は、個人が取得するスキルは個人の財産であるという考え方を前提にします。組織に所属しているおかげで獲得した自分のスキルは、組織に還元することが義務であるとしながらも、ジョブチェンジや転職を見越しながら自己実現に向けてリスキリングを進めるタイプであると思われます。
大量生産、大量消費が良しとされていた高度経済成長期の日本企業においては、「世界で通用する日本企業の勝利の方程式」が存在していたと言っても過言ではないでしょう。良いものを作れば売れた時代においては、需要が高いほど目の前に仕事が発生するため、その仕事を早く・正確に・丁寧に・協調を乱すことなく遂行するスキルが求められたはずです。しかし、今の時代において、確実に訪れる未来を予測することは困難を極めます。未来のこの時点において確実に必要とされるスキルはこれだ、と明言することは果たして可能なのでしょうか?そしてその未来予測を他人任せにし、自分が取得すべきスキルを自分自身で考えられない人間が、予測困難な未来のなかで犠牲者側にならずに済むのでしょうか?
私個人は鋳型ありきのリスキリング推進戦略に異論を唱えるつもりはありませんが、今この時代において、その選択を採ることは、企業や個人の生存確率を著しく低下させる原因になりうるのではないかと推察しています。最悪、失われた30年と呼ばれる期間が10年、20年と延長し、本格的な衰滅につながる悪手を打っている可能性すらあります。以降は、組織や個人が生存確率を高めることを前提に、外国産ではなく、日本企業に合ったリスキリングの発想方法について検討してみたいと思います。

3.多くの日本企業がリスキリングの対象とする力の正体と鋳型量産主義のリスキリング推進方針が抱える矛盾

小林氏は同著で、そもそもスキルの定義が難しいという前提のもと、スキルを3つの構成要素に分解して説明しています。それは、「専門的知識や技能の幅と種類」「特定領域の専門性の高さ」「うまくやる力」です。同著より引用した図表9をご覧ください。ここでは、X軸に「専門的知識や技能の幅と種類」、Y軸に「特定領域の専門性の高さ」、Z軸に「うまくやる力」を当てはめて表現しています。
X軸は、端的にいえば「どのくらい複数の領域にまたがった技術を持っているか」を示し、具体的には「職種」を示します。経理、人事、営業、マーケターなどが該当し、一人で複数の職種を担当できる人材は、X軸がハイスコアになります。一方Y軸は、「具体的に操作可能な専門技術がどれだけ高度で希少性が高いか」を示し、具体的には「職業資格」「技術」を示します。検定、資格のほか、会計知識、人事制度の知識、統計分析のノウハウ、画像処理技術などの専門技術を有している人材は、Y軸がハイスコアになります。
問題はZ軸です。小林氏はこの力を、「特定の領域に紐づかないが、仕事の出来を大きく左右する一般的な能力」と表現しており、具体的には問題解決能力、進捗管理能力、相互調整能力、情報整理力などが該当するとのことです。小林氏はこの能力をまとめて「うまくやる力」と呼称していますが、実は同様の能力については古今東西、多様な表現で研究されてきました。代表的な呼称としては、ジェネリックスキル、トランスファブルスキルなど。心理学の領域では非認知能力、社会心理学ではソーシャルスキル、文部科学省では生きる力、内閣府では人間力、日本経営者団体連盟ではエンプロイアビリティ、経済産業省では社会人基礎力、OECDではDeSeCo(Defnition and Selection of Conpetencies)など、実に多様な表現で定義されています。いずれも、社会人生活にとって重要な抽象的能力やスキルを確定、測定しようとするための試みであり、いささか乱立しすぎている印象すら受けます。このような努力にも関わらず、「うまくやる力」は統一化するための基準を明確に提示することができていません。未だに能力なのか技能なのかスキルなのか、後天的にどの程度身に着くものなのかも曖昧な概念として認識されているそうです。

スキルの「奥行き」
「リスキリングは経営課題 日本企業の『学びとキャリア』考」p66の図をもとにタナベコンサルティングにて作成

小林氏は、日本企業はこれまでも、そしてこれからも重視するのは、結局のところ「うまくやる力」に他ならないと主張しています。1970年代から日本企業の多くは、「うまくやる力」を人材マネジメント能力の中核に置き、それを職務遂行能力だと捉えてきました。「うまくやる力」に秀でている人材が出世する構図です。私自身当事者であるとともに、コンサルティングという職務上多くの日本企業と接する機会に恵まれるため、実体験として納得できる考え方でもあります。
結論として、日本企業が現在リスキリングの対象としているのは「うまくやる力」であり、よほどのパラダイムシフトが起こらない限りは、将来的にもその捉え方が優勢的であることが予想されます。
しかし前述のとおり、「うまくやる力」は計測が極めて難しく、後天的にどの程度身につくかどうかすら不明なのです。そうであるにも関わらず、「うまくやる力」の習得や向上をリスキリングで目指し、さらに「鋳型方式」で推進する方針は矛盾を生じます。小林氏によると、スキルの明確化をリスキリングのスタートとする発想は、工場の生産ラインを例にするならば、スキルの鋳型の正確性を求める行為と同様であるとのことです。つまり、スキルを生み出しているものは鋳型に該当する「何か」であると考え、鋳型の種類の特定や、その鋳型から同じスキルを持った人材を何人生産できるかを割り出す発想と等しいと例えています。以上を整理すると、「うまくやる力」を有する人材を量産することを目標に、リスキリングを推進しようとしても、そもそも「うまくやる力」を量産するための鋳型を起こすことが極めて困難であるため、その試みは失敗に終わる可能性が極めて高い、という結論が導かれるのではないでしょうか。

4.個人が発現する実践知と実践知を技能化し継承する組織の役割

前述のとおり、「うまくやる力」は職務遂行能力として捉えられてきた背景がありますが、実践の現場では専門機関のように「うまくやる力」を分解したり、腑に落ちる表現を使って共通認識化したりする段階までは進んでいないように思えます。
具体的な事例を示します。先日、ある採用ご担当者様と打合せをしていた際、求める人材像とその理由についてお伺いする機会がありました。求める理由について、「結局はコミュニケーションスキルが高いことに尽きる」という結論になりかけたのですが、それでは解釈の幅がありすぎて情報発信していないことと同義です。そこで、「貴社で日常的に行っているコミュニケーションにおいて、具体的にどのような技能や能力が必要でしょうか?」と追ってお伺いしました。その後ヒアリングを深め、結果的に、「課題発見力」「課題解決に導くルートを設計する技術」「論理的に情報を正しく理解し解釈上の齟齬が起こらないような情報の伝達スキル」の3つの力に分解することができました。一般的にイメージされるような、周りと仲良くワイワイ会話するコミュニケーションではない、という点まで明確になり、コミュニケーションスキルという言葉に包含され見えなかったスキルを明文化することに成功しました。
このように実践現場で理想的な結果を導くために必要な技能や技術、知識について、可能な限り細分化・言語化を進めることが出発点として重要だと考えています。しかしそれだけでは、せっかく言語化した技能や技術、知識の本質はとらえきれません。1つの見方として、その技能や技術は、本人が置かれた環境が刺激となり、その刺激に対する本人の反応の結果とも言い換えることができます。また、必ずしも本人が望んで取得したものではないことにも注目すべきだと考えています。すなわち、環境という刺激と、刺激に対する反応の在り方を客観的に評価したときに、技能や技術という概念が生まれるのだとしたら、どのような環境がそのような反応を引き出したのか、そのような反応を起こしたのは本人の中にどのような因子が存在したからなのか、そして最後に、それらの反応を誰がどのように評価したのかに注目することが重要だと考えています。
実践知という言葉は少々難しい響きを感じますが、環境という刺激と、刺激に対する判断や反応の在り方、そしてその結果誰かにとってポジティブな結果を導いた場合、その一連が実践知として捉えられている側面があるように思います。ポジティブな結果を導くのですから、当然、人はどうすればその実践知を安定して発現できるかを研究するようになるでしょう。その結果、実践知の形式的な型が生まれ、それが技術や技能として認識されるようになっていったのではないかと推測します。
企業経営においては、個人単位で偶発的に発現された実践知を、可能な限り形式化し、伝承可能な技術や技能にすることが当たり前のように行われています。技術や技能は、目で見たり文章で確認したり、指導者から指導されたりすることができる状態で伝承されるため、精度はともなく、伝承可能なものではあります。しかし技術や技能のもとになる実践知は、存在が不確かで、なんらかの結果をもたらさない限り認識されることがないものです。私はこの点においては、実践知と「うまくやる力」には、同様の計測困難性や基準の定めにくさが存在すると捉えており、「うまくやる力」の核をなすものが実践知なのではないかとにらんでいます。
リスキリングを推進するならば、まずは実践知とスキルの関係性を紐解き、個人の実践知が発現しやすい環境を用意するか、あるいは実践知を発現しやすい因子を持つ人間がどのような人間なのかを特定することから始めるべきだと考えます。むしろそのためにDXを推進することが得策のように思えますが、いかがでしょうか。

AUTHOR著者
デジタルコンサルティング事業部
ゼネラルマネジャー
藤島 安衣

マーケティングやブランディングの戦略策定~戦術の展開まで一気通貫して対応広告制作ディレクター、コピーライター、塾講師、会場運営、モデル・俳優などを経験。誰よりも顧客を理解することに努め、顧客の歩む道を見据えたプランニングを行う。スピーディなPDCAを回し、現場を着実に変えるコンサルティングスタイル。

藤島 安衣
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