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はじめに
現代のビジネス環境は「VUCA」という言葉に象徴されるように、予測困難な変化が常態化しています。多角化する事業や多様化する社員を一つの方向に束ね、持続的な成長を実現するためには、数値目標の先にある「グループビジョン」の存在が不可欠です。
しかし、多くの企業がビジョンを描きながらも、それを現場の「日常」に落とし込めずに形骸化させているのが実情です。本稿では、ビジョンの本質と、それを「絵に描いた餅」にしないための策定・実装の要諦を解説します。

グループビジョンとは何か?必要性と役割について
(1)グループビジョンの二面性と定義
グループ経営における「ビジョン」を議論する際、まず整理すべきは「MVV(Mission, Vision, Value)におけるビジョン」と「戦略としての長期ビジョン」の違いです。
MVVにおけるビジョン(北極星)
ミッション(企業の存在意義)に基づき、時代を超えて目指し続ける普遍的な「理想の姿」です。社会に対してどのような価値を提供し続けたいかという、「志」としての側面を持ちます。
長期ビジョン(10年後の到達点)
10年程度のスパンで「自社がどのような事業構造で、どの程度の規模になっているか」を具体的に描いたロードマップです。ミッションという「起点」からバックキャスティング(逆算)で導き出される、経営の「意思」そのものです。本稿では、こちらの長期ビジョンをテーマに解説を行います。
グループビジョンとは、持株会社・事業会社・関連会社を含む企業グループ全体として、どの範囲を一つの方向へ束ねるのかという「組織の範囲」に焦点を当てた全体像です。
グループ経営において重要なのは、この2つを接続し、グループ全体として中長期でどのような姿を目指すのかを明確にすることです。
(2)なぜ今、グループビジョンが必要なのか
組織が拡大し、M&Aや多角化が進むと、各社間が独自の最適化を追求する「部分最適の罠」に陥りやすくなります。特にグループ経営においては、各社の独自性を活かす「遠心力」が強まる一方で、グループとしての結束を図る「求心力」が不足すると、資本効率の低下やブランドの拡散を招きます。長期ビジョンは、この「遠心力」と「求心力」をバランスさせ、グループシナジーを最大化させます。

事例研究:A社に見る「組織の自律と統合」の両立
長期ビジョンの策定と浸透において、大手メーカーの販売機能として分社化し、その後、M&Aによりポートフォリオの多角化をしてきたA社の事例をご紹介します。
(1)初の長期ビジョン策定への挑戦
同社では、企業の存在意義を示すグループビジョンがすでに定義されていました。一方で、コロナ禍による急激な環境変化の中で経営判断に迷いが生じ、グループ各社や社員の間に「今後、会社はどうなるのか」という将来不安が広がりました。こうした不安を払拭し、どのような経営環境にあってもグループとして目指すビジネスモデルは変わらないことを全社員に共有するための指針として、10か年の長期ビジョンを策定しました。
(2)ビジョン浸透プログラムの具体的取り組みと変化
同社はビジョンを絵に描いた餅で終わらせないよう、また、全社の成長力と求心力、社員のエンゲージメントを高めるため、全国の拠点で、約5か月間をかけて以下の内容で実施しました。
①プロジェクト構成の工夫
プロジェクトは、一般社員向けと管理職向けの2種類で構成されました。一般社員はビジョンを理解し、自分の業務や今後の仕事と結び付ける「自分事化」。一方、課長・部長などの管理職は、ビジョンは理解済みであることを前提に、自分の所属部門で推進する「浸透マネジメント」とし、それぞれに異なる取り組むべきことや役割に重きを置きました。
②トップメッセージの発信
プロジェクトには経営トップも参加し、ビジョンに込めた思いを自らの声で届ける機会がありました。社員が直接、社長の思いを聴く機会があることに、大きな意義がありました。
(3)プログラム実施後の成果
プログラムの結果、定量面では「エンゲージメントスコア」が着実に向上するという成果が得られました。また定性面では、事務局は研修後に毎回、理解度アンケートを実施。集計結果は「ビジョンを理解できた」「プログラム全体に満足」という肯定的な回答が8割を占めました。

ビジョンを「実装」するための壁
A社をビジョン浸透の成功事例として紹介しました。しかし、長期ビジョンを策定してもそれが現場の行動に繋がらなければ意味がありません。多くの企業において、実装を阻む要因は主に以下の3つの「壁」に集約されます。
(1)浸透の壁(不徹底)
経営層の発信が一時的に留まり、現場までビジョンの浸透がされていない。
(2)制度の壁(不一致)
掲げたビジョンと、現場の評価指標や投資基準が整合していない。
(3)可視化の壁(不足感)
目指すべき姿に対して、現在の立ち位置や進捗がリアルタイムで把握できていない。
これら組織変革を阻む壁を乗り越え、実効性を高めるための体系的なアプローチが、次章で述べる「STSメソッド」です。

ビジョン浸透のプロセス:STS(Step to Success)10ステップ
ビジョンを組織に隅々まで浸透させるための10の工程を解説します。
STEP01:ビジョン・方針を推進するチームづくり
実装は一人ではできません。組織横断的なメンバーを集め、「目先の業績検討」という顕微鏡の視点だけでなく、未来を見据える「望遠鏡の視点」をプラスし、価値判断基準を検討できる場を構築します。
STEP02:経営情報のオープン化・共有化の仕組み
情報の開示は組織を浄化し、主体性を持たせる原動力となります。正しい情報がなければ、社員は正しい判断ができません。現場が自律的に動くための材料を可能な限りオープンにします。
STEP03:ビジョン・方針実装への参画
ビジョンを経営者の夢で終わらせない「架け橋」が必要です。定期ミーティングや全社アンケートなどを通じ、社員が実装プロセスに自ら参加している実感を意図的に創出します。
STEP04:正しい危機感を醸成するマネジメント
正しい危機感とは「不安感」ではなく、あるべき姿と現状のギャップから生じる「不足感」です。経営のダッシュボード化などにより、達成状況をリアルタイムで確認できる環境を整えます。
STEP05:ビジョン・方針を周知する仕組みづくり
発信して終わりではなく、組織に隅々まで浸透させるためのコミュニケーションパイプを再整備します。社員一人ひとりの「求心力」を醸成する仕掛けが必要です。
STEP06:自発的・自律的な行動を促す環境整備
実装の障害となる古い規制やルールを取り除き、権限委譲(エンパワーメント)を行います。グループをまたいだ挑戦や異動を推奨し、ビジョンを体現する行動への心理的安全性を確保します。
STEP07:小さな成果を積み重ねる
会社間の連携による成功事例を「シナジーの象徴」として称賛し、変革のスピードを加速させます。
STEP08:ビジョン・方針推進と整合した組織のデザイン
「組織は戦略に従う」の原則通り、ビジョンを推進するための最適な組織や役割にアップデートします。社長直下に位置付け、経営の本気度を示すことが不可欠です。
STEP09:成果を評価する仕組みづくり
新しい取り組みはすぐに結果が出ないこともあります。自社の数字だけでなく、グループ全体への貢献や共創行動を正しく評価する仕組みへとアップデートします。
STEP10:気を緩めず継続する
実装の失敗の多くは、小さな成果に満足してマンネリ化することです。異なる文化を持つ集団が「一つのチーム」になるまで、対話を絶やさず継続することで初めて「新たな社風」として定着します。

おわりに
本稿では、グループビジョンの定義と必要性、策定によって得られるメリット、そして実装を加速させるSTSの10ステップについて整理しました。
グループビジョンは、策定すること自体がゴールではありません。ビジョンが真に力を発揮するのは、それが現場の判断基準となり、各社間の連携を生み、社員一人ひとりの当事者意識を高めたときです。つまり、ビジョンを「掲げるもの」から「実装するもの」へと転換できるかどうかが、持続的な成長を実現する分岐点となります。
STSの各ステップを一つずつ踏み締めていくことは、決して平坦な道ではありません。しかし、その積み重ねの先にこそ、社員が主体的に動き、組織が一体となって未来を切り拓いていく姿があります。本稿が、グループビジョンの策定と実装に取り組む皆さまの一助となれば幸いです。
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