COLUMN

2023.09.13

卸売業における中長期ビジョン型中期経営計画策定のすすめ

本コラムでは、卸売業の持続的な企業価値向上のために「中長期ビジョン型の中期経営計画」の実行推進でアプローチすること、またこの企業価値向上を「事業承継」と「次世代経営人材・経営チーム育成」で加速させるためのポイントについて述べていきます。

卸売業の業歴の平均は、東京商工リサーチの「2021年『企業の平均年齢』調査」(2022年公表)によると、最長の製造業(42.1年)に次ぐ第2位(39.6年)となっています。
地域特性や取り扱う製商品による差もありますが、一貫して、仕入得意先(川上)と販売得意先(川下)を繋ぐ必要不可欠な中間流通業者として、確かな顧客価値を持ち続けた結果であると考えられます。

その一方で、物流の2024年問題、人口減少による国内市場の縮小や働き手不足、IT化と異業種参入による業界マップの変質など、内部環境・外部環境は変化し、そのスピードは加速していきます。
企業価値を高め、歴史を重ねていくためには、「過去肯定、現状改善、未来創造」の視点に立ち、変化を創造していくことが求められます。

中長期ビジョン型で中期経営計画を策定する

中期経営計画は、この先3~5年間にわたる変化を「予測」し、成長目標を定め、実現に向けた重点施策を計画するものです。
たとえば、今期を「N年」とし、次期5ヵ年中期経営計画の最終年度を「N+5年」と表し、「N+5年」において増収増益の数値目標を達成している状況を描きます。

これに対し、「中長期ビジョン型」というコンセプトは、10~20年先におけるわが社の在り方を「構想」し、バックキャスティングで実現していくことを強く志向するアプローチです。
今期を「N年」とするのではなく、ビジョンを達成した未来の時点を「N年」と表すと、次期5ヵ年中期経営計画の最終年度は「N-5年」と表すことができます。10年後を構想するビジョンであれば中計を2回転、15年後を構想するビジョンであれば中計を3回転することで実現します。

「予測=未来はどうなるか」
「構想=未来をどうしたいか、未来においてどうありたいか」

フォアキャスティングで現状の課題を5ヵ年で改善・解決していく視点、バックキャスティングで10年後の在るべき姿への戦略上のギャップを埋めていく視点を併せ持つことが重要です。

中長期ビジョン型で中期経営計画を策定する

中長期ビジョン型の中期経営計画は事業承継と相性が良い

帝国データバンクの「全国『社長年齢』分析調査(2021年)」(2022年公表)によると、社長の平均年齢60.3歳に対し、卸売業では61.1歳(不動産業、製造業に次ぐ第3位)です。卸売業に限らず、社長の高齢化が進んでいます。また、交代による若返りの平均は16.5歳です。

仮に、社長の現在の年齢を60歳とした場合、5年後は65歳、10年後は70歳を迎えます。現在の後継社長候補者の年齢を45歳前後とした場合、5年後には50歳前後、10年後には55歳前後を迎えます。社長の交代を5年後とした場合、5年後を「N年」、現在を「N-5年」、10年後を「N+5年」と表します。

企業における事業承継と、陸上日本のお家芸でもある「リレー競技」の共通点は、「バトンワークを通じて加速する」ということです。リレー競技では、鍛え上げた走力に加えて、渡す者と渡される者の双方が最大限に加速したタイミングでバトンを繋ぐことにより、ライバルに差をつけます。
事業承継においても同様です。仮に、現社長が最盛期であり、後継社長が十分な力を付けた5年後を「N年=社長交代」と定めます。

このとき、中期経営計画の1回転目(「N-5年」~「N年」)では、経営のバトンを繋ぐために必要な「後継者の育成・選定・専任」「後継経営チームの構築」「次世代の事業基盤・経営基盤の構築」を完遂することが、重要テーマのひとつとなります。
2回転目(「N年」~「N+5年」)では、後継経営者・後継経営チームとの伴走期間も想定しつつ、前期中計で確立した次世代基盤を活かし、事業承継を起点とした更なる成長を実現することが可能になります。

現在ではなく、未来のいずれかの地点を「N年」と定めてバックキャスティングで実現することが本質であり、承継の時点(5年後)を「N年」と置くか、承継の後に成長を達成した時点(10年後)を「N年」と置くかについては、どちらの方がより腹落ちするか、社内の共通の旗印となるかによって決めていきます。

中長期ビジョンの推進を通じて次世代の人材・組織を構築する

中長期ビジョン型中期経営計画においては、戦略の構築と実行推進そのものが「後継者の育成・選定・専任」「後継経営チームの構築」を実現するための超実践型のトレーニングフィールドとしても機能します。

これまでに培ってきたわが社の固有の強みを、今後、どのような機会、どの成長市場に重点投入していくか。正しい現状認識を重ね、正しい価値判断基準を設定し、経営資源配分に関するどのような経営判断を下し、そしてどこから実行していくか。
中長期ビジョンの推進自体が、次世代経営人材の育成に機会となり、その成果が次世代の事業基盤・組織基盤の構築と直結します。

卸売業としての存在意義は「供給サイド企業の課題解決」と「需要サイド企業の課題解決」を双方の当事者として一手に担うことであり、商流・物流・情報流にわたって一気通貫のトータルソリューションを提供できることにあります。
卸売業を中核とする企業では、この明確な事業領域(役割・機能)において、長年にわたる企業活動の成果として、高度に組織化されている傾向があります。

組織は、一貫した企業使命感のもと、様々な環境変化において、合理的な経営判断を重ねたことで成長し、現時点において最善のカタチに至っていると考えます【過去肯定】

一方、冒頭でも示したとおり、変化が加速する環境下においては、現状が最善であるとは限りません【現状否定・現状改善】

生産性・収益性を下げ得る環境下において、価格競争に陥らず、コストリーダーシップではなくクオリティリーダーシップを発揮するための「卸売業としての高付加価値化」を進めていくためには、事業ポートフォリオ再構築、サプライチェーン(供給体制)とバリューチェーン(価値創造)の開発、DX推進、人的資本経営の推進など、将来における「あるべき姿」から逆算した継続的な取り組みが不可欠です【未来創造】

上記の【未来創造】に記載したテーマは、卸売業を中核とする上場企業各社の中期経営計画に共通して見られる戦略テーマを略記したものです。以下に挙げる卸売業に共通するテーマを参考にしつつ、将来ありたい姿(中長期ビジョン)、事業承継と人材育成(次世代経営体制)の実現に向けた中期経営計画の検討にお役立ていただけますと幸いです。

  • ●成長領域の取込みによるポートフォリオの再構築(川上領域への進出、川下領域への進出、レンタル事業、医療・介護・ライフスタイル領域への展開、販売主体からサービス主体の事業構造への転換)
  • ●サプライチェーン・バリューチェーン開発による機能強化(メーカー・リテール向けコンサルティング機能、代行機能、調達先ポートフォリオ)
  • ●国内外における拠点網の拡充(あるいは選択と集中)
  • ●販売チャネルの多様化
  • ●DX推進(製商品管理効率化、物流機能効率化、データ活用によるロス削減)
  • ●M&Aを通じた事業領域や拠点網の拡充
  • ●次世代人材育成(経営人材、プロフェッショナル人材、リーダー人材)
  • ●人事制度・働き方改革(ダイバーシティ・インクルージョン)
  • ●コーポレートガバナンス
  • ●サステナブル経営(循環型社会の構築、職人不足・高齢化対応、後継者不在や経営者高齢化へのサポート)

中長期ビジョンの推進を通じて次世代の人材・組織を構築する

最後に

中長期ビジョン型の意義は、「予測だけでなく、構想すること」「いまは未だない経営資源や経営体制も勘定に入れて、在るべき・ありたい姿に進む原動力になること」にあります。

経営理念を追求する終わりなき企業活動のマイルストーンとして「中長期ビジョン」を定め、その達成に向けて中期経営計画の推進を通じて社員と会社が共に成長し、社員と会社と社会の幸せを生み出します。

意図的に、そして戦略的に目線を未来にまで飛ばして、現在と未来の社員が共感し参画する「ワクワクするビジョン」を描くことで、あらゆるステークホルダーと共に企業価値を高めていく取り組みを始めましょう。

著者

タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメインコンサルティング
チーフマネジャー

矢野 裕之

金融機関にて国際業務に従事し、管理体制構築(AML)やコストコントロール(為替対策)、進出支援など、攻守両輪の実務を経験後、当社に入社。現在は、グループ経営システム構築支援を中心に、成長する組織体制づくりを専門領域としている。また、海外駐在での観光ビジネス経験から、インバウンド人材育成研修も行っている。

矢野 裕之

ABOUT

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