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これまで国内事業が中心の経営者の中には、これから海外進出を考えている方も多くいらっしゃるでしょう。その理由はさまざまですが、こんな話をよく耳にします。
「これまで日本の内需中心で事業は順調に成長してきたが、この10年国内市場は飽和気味で、今後のことを考えると次世代に承継する前に、海外に販路を広げておけないでしょうか。」
昭和、平成の時代に事業を引っ張ってきたオーナー企業経営者の弁です。本コラムでは、この課題について考察してみたいと思います。
海外進出の重要性とその必要性
まず、このような課題を持つ経営者に、「その事業は国内で本当に成長し尽くしたのか」を問いかけてみたいと思います。国内がダメなら海外という発想は、さまざまな会社の海外事業に関わった立場からすると、きわめてリスクの高い計画だと言わざるを得ません。海外事業には国内事業以上に、さまざまな競争相手や理不尽または不可解な規制、商慣行に対峙しなければならないからです。それだけに、海外進出にはより強い決意と進出の理由がなければ実現は難しいのです。それでもなお、海外市場は魅力的かつ重要であると考えるなら、その会社にとって海外進出は重要な成長戦略の一つのオプションであると言えます。その会社が提供する商品・製品、サービスの内容にもよりますが、日本市場における一定の認知と成功は、まだまだ海外で通用することも多いです。日本の市場で培ったきめ細やかな設計やものづくり、顧客対応力などは、海外の顧客にも求められる「品質」かもしれません。また、顧客としてすでに海外顧客がいたり、日本市場の中で取引されていても製品が他社を通じて輸出されていたりすることもあります。
「海外でも自社の事業が必要とされている」といういくつかの「エビデンス(証拠)」と、海外でもやっていくんだという「強い決意」があるならば、その会社にとって海外進出の検討は必要事項となるでしょう。
海外進出を行うにあたっての事前準備
では、海外進出の検討が必要だとなった時に、何から準備を始めればよいのでしょうか。 まずは、経営者が海外を知ることが必要です。家族旅行、業界の視察旅行、展示会、顧客・サプライヤー訪問、何でもよいので、行ける機会にとにかく肌で感じ、苦労することが必要です。より具体的な検討をするならば、10年前の記憶ではなく、直近の海外に触れることが重要です。例えば、コロナ前のサンフランシスコと今のサンフランシスコで街を歩くと、雰囲気の違いに驚くに違いありません。同様にホーチミンではついに地下鉄が動き始めようとしているし、上海ではEV車の普及に驚くでしょう。なるべく多くの国や地域を訪れ、自分の中で比較検討の軸を作ることが重要です。
もう一つの準備として、社内の組織体制を考えることです。会社にとって初めての海外進出となると、経営者だけではなく従業員も未知の世界と格闘していくことになります。社長だけが海外を知り、これからは海外だと旗を振っても、ついてくる人がいなければ計画は頓挫してしまいます。営業、生産、経営管理など、海外で必要になりそうな部門において異文化耐性のありそうなメンバーがいるか考えておく必要があります。注意しなければならないのは、これは必ずしも語学ができるということを意味するものではありません。もちろん、できないよりはできたほうがコミュニケーションの方法は広がり、現地での意思疎通の助けにはなります。それよりも重要なのは、人の考え方の多様性を認めつつも、やるべきことを仲間と進めていけるリーダーシップを持っているかどうかです。
またノウハウや知識を伝播する役割の幹部と将来の柱となりそうな若手にチャレンジしてもらう場とすることも併せて準備するために、中長期的な海外進出計画では、候補社員を採用の場でも考慮しておきたいです。
海外進出の手順
海外進出を実行に移す手順としては、市場調査、複数国から優先国の検討、進出国の決定と進出手段の特定、投資の実行となります。なお、ここでいう海外進出は、輸出先の開拓や拠点設置の有無に関わらず、一定の規模の売り上げを計画するためには先行投資を伴うものと理解していただく必要があります。
(1)市場調査
経営者が意思決定をするに足りる海外情報を集め、有望地域や市場を決めていく必要があります。情報収集においては、海外に先に進出している取引先やジェトロなどの公的機関より、マクロ環境や競合動向など向かうべきエリアを選定するための市場情報を得ておくことが望ましいです。
市場理解を深める手段として、海外の国際展示会を視察または出展することを推奨します。
展示会には、開催国の業界における主要な企業が中心部に出展し、当該国の業界トレンドと業界リーダーの事業推進方針を視覚的に感じることができます。こうしたローカル企業の同行は、日本語メディアで目にすることは難しく、非常に有益です。できれば通訳が可能なスタッフやアテンダントを確保してブースを回ってみれば、より深い情報が収集できますし、もしかしたら将来のビジネスパートナーに出会えるかもしれません。
(2)優先国の検討
同時に複数の国や地域に進出できるサービスなどもあるとは思いますが、大多数の製品サービス市場は地域の特定があり、共通要件での海外進出は難しいと考えます。海外進出には一定の投資を伴うことから、自社にとって最も重要な市場を特定していくことが必要です。
(3)進出国の決定と進出手段の特定と実行
進出国の優先順位が決まれば、その優先順位の高いところから参入していくことになります。そこで検討すべきは、対象国をベースにして周辺国への市場の拡大性や、拠点としてのコストが適正かということです。例えば、ASEANの中心だからという理由だけでシンガポールへ進出するのはどうでしょうか。シンガポールは所得水準が高く、日本の大企業の統括拠点があるのは事実です。しかし、消費に関しては他のASEAN諸国同様、価格競争も厳しく、賃料や人件費は日本以上です。駐在員の生活コストやビザ取得の難易度も考慮に入れておかなければならないでしょう。こうして海外進出の目的や現地におけるオペレーション、そこから得られる売上や利益をシミュレーションしながら、最終的に進出手段を定めていきます。多くの国では、駐在員事務所や支店という形では現地における売上を上げる活動は難しいので、現地法人設立が手段の前提となるでしょう。現地企業とのパートナーシップも検討に値します。既存の取引先や懇意先があるならば、それら企業との合弁設立や増資、一部株式の買い取りなどM&Aにより組織とベースの顧客基盤を得る方法もあります。いずれにしても、計画した事業規模から得られる範囲で投資検討をした方が良いです。
重要なのは、検討から実行までの過程をしっかりと取り組める責任者を任命することです。下準備を全て整えて、最後にエース投入のように見えると、準備を進めてきた社員のやる気をそぐことになりかねません。また、日本において実績を積んだ社員が海外でいきなり成果を出すのは難しいです。事前準備の過程で得た情報や経験を進出後の事業運営に活かしてもらうほうが良いです。
派遣員の処遇と本社サポート体制の整備
初めての海外進出においては、社員の海外出張や現地への滞在も頻繁になるでしょう。人事規程や出張規程など、総務・経営管理部門が進出をバックアップできるよう情報収集しておくことも忘れないようにしておきたいです。時差がある中での出張・連絡業務は社員の健康にも影響を与えかねません。海外事業の検討は担当部署のやっていることという風に、ほかの社員が傍観者とならないようサポート体制を同時に整えていく必要があります。一度に大手企業の福利厚生を実現することは難しいですが、社内比較において不満が出るような体制では士気に影響する可能性があります。
また、拠点が整っていない状態でも現地活動のために現地の人材を確保する必要も出てくる可能性があります。進出先の会計事務所や人材紹介会社などをジェトロやフリーペーパー、選考する進出企業の力を借りて情報収集しておき、現地の水先案内人のような人材を確保しておけば、現地事情理解のスピードが増すでしょう。
まとめ
以上のように、海外進出の検討段階において重要となりそうな論点を示してみました。
進出の実現には時間がかかることがお判りいただけたのではないかと思います。今思い立って来年には海外に会社ができているというスピード感が望ましいのかもしれませんが、現実的ではありません。少しでも海外進出を考えるのであれば、情報収集は早く進めたほうが良いですし、海外事業の成長計画もより精緻に検討したほうが良いです。そのうえで、海外進出を進めるかどうかは経営者の意思決定であり、それに足りる情報と成功の自信をもって決断しなければなりません。日ごろから海外の情報に敏感になり、その時を迎えられるよう準備をしていただければ幸いです。
日系企業投資が集積するジョージア州アトランタ市
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