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不確実性が高まる現在、短期に焦点を合わせて戦略を考えるのでは、非連続な市場の変化など、大きな構造変化に対応することができません。未来に照準を定めた長期的な経営のビジョンを設定し、バックキャスティングで戦略を実行することで戦略の実現性が高まります。今回は長期経営ビジョンの作り方について、ポイントをご紹介します。
長期経営ビジョンとは
長期経営ビジョンとは、企業が将来的に目指す姿や方向性を明確にしたものです。これは単なる目標設定ではなく、企業の価値観や使命、経営理念を基盤にした未来へのロードマップです。長期経営ビジョンを全社員に共有することで、会社として一体感を持って行動する指針となります。
現在、世界は100年に一度と言われるような変革や変動が毎年のように起こる時代に突入しています。ITや金融の進展により、世界はボーダレス化し、米中の二大国はもちろんのこと、遠い他国で起こった変化が日本や産業界に様々な形で影響を与えるようになっています。例えば、社会、経済、多くの企業にマイナスのインパクトを与えたコロナショックもその一例です。こうした外部環境の未来予測が難しい状況を「VUCAの時代」と表現します。
逆説的に言えば、未来が予測できないからこそ、企業として確固たる未来ビジョンを描くことが重要です。もちろん、外部環境の変化に合わせて戦略や計画をアップデートする必要もあります。そのため、10年先のビジョンを実現するためには、3ヵ年の中期経営計画を3サイクル、あるいは5ヵ年の中期経営計画を2サイクルで行うことが有効です。これを、未来を見据えて経営計画を構築するバックキャスティングアプローチといいます。バックキャスティングとは現在から未来を考えるのではなく、「未来のあるべき姿」を描き「未来を起点」に解決策を見つける思考法です。未来ビジョンは堅持し、その達成に向けて中長期経営計画を外部環境に合わせて柔軟に変化させていくことが理想的な経営手法と言えます。
未来は予測するものではなく、自ら切り拓いていくという意思を反映した確固たる「Solid」なミッション・ビジョンと、外部環境の変化に対応してアップデートしていく柔軟な「Flexible」な中長期経営計画。このビジョンを実現するための「ビジョンロードマップ」の構築が今、求められています。
長期経営ビジョンとは、不確実性の高い時代において企業が一体となって未来に向かって進むための指針であり、戦略的な柔軟性を持ちながらも堅持するべき企業の根本的な方向性を示すものです。長期経営ビジョンを構築することにより、企業は外部環境の変化に対応しつつも、揺るぎない信念と目的を持って持続的な成長を目指すことが可能となります。
出所:タナベコンサルティング作成
長期経営ビジョン構築前に必要な準備
長期経営ビジョンを構築する前には自社の現状認識・構造分析を行うことが重要です。将来を描く前に今の立ち位置を把握することで、10年後、私たちがあるべき姿は何なのか、そのためには何を計画し、実行していかなければならないのかが明確になります。事前の準備をしっかりと行うことで、ビジョンの構築がスムーズに進み、さらに実現可能性が高まります。
事前準備~現状認識・構造分析~
事業・組織・財務の3つの観点から自社の分析を行います。
①事業
PESTやバリューチェーンの視点で自社の事業構造・ビジネスモデルを分析します。
a.業界分析:業界・競合の現状及び将来を分析
キーワード:"業界固有の特性・商流"、"ライバル企業の戦略、動向、収益構造"、"ベンチマーク企業の分析"、"PEST分析"
b.顧客分析:顧客の現状及び将来を分析
キーワード:"市場動向、成長性"、"法規制"、"技術動向"、"顧客別貢献度分析"
c.自社分析:戦略、戦術・戦闘別に各種分析
キーワード:"バリューチェーン"、"商品・サービス別収益性"、"事業別売上、収益性"
②組織
組織体制、人材マネジメント、経営システムを企業規模や成長ステージを基準に客観的に分析します。
a.組織構造・組織デザイン・組織機能
キーワード:"組織機能"、"権限・責任、業務分掌"
b.人材マネジメント:人事システム・人材育成
キーワード:"人材ビジョン"、"人事フレーム"、"評価制度"、"賃金制度"、"賃金水準比較"
c.経営システム:会議体系、ガバナンスなど
キーワード:"意思決定構造"、"コミュニケーションパイプ"、"コーポレートガバナンス"
③財務
財務指標から数値による分析や業績管理資料による収益マネジメント分析します。
a.財務指標:決算書をベースとした経営分析
キーワード:"収益性"、"生産性"、"安定性"、"成長性"、"キャッシュフロー"
b.財務構造:収益構造、投資動向、資産分析
キーワード:"資産、設備状況"、"実態B/S分析"、"投資判断、投資戦略、投資効率分析"
c.会計制度:部門・商品別などの管理会計
キーワード:"管理会計制度"、"コスト構造分析"、"予算編成・予算統制分析"
長期経営ビジョン構築のためには事前準備が最も重要となります。
上記は分析すべき項目の一例となりますが、取得できる限りの情報を集め、自社を多角的・客観的に評価することが重要です。
長期経営ビジョン構築のための手順
長期経営ビジョンを構築するためには、以下の手順で進めることが効果的です。
ここまでは自社を深く知るための現状分析について説明してきました。
それではそのあとに続くステップについて、構築の手順をポイントごとに説明します。
(1)ビジョンの明確化
①目的の定義
まず、組織の目的を明確に定義します。これは、組織が長期的に達成したい目標や夢を示すものです。
この段階では、理想的な将来像を描くことが重要です。
②ステークホルダーの巻き込み
ビジョンの形成には、経営陣だけでなく、社員や顧客、取引先などのステークホルダーの意見を反映させることが重要です。多様な視点を取り入れることで、現実的かつ共感を得られるビジョンが形成されます。
③インスピレーションの探求
他の成功事例や業界のベストプラクティスを参考にすることも重要です。
これにより、自社のビジョンをより具体的かつ革新的なものにするためのヒントを得ることができます。
(2)目標設定
①SMART原則
目標はSMART(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)原則に基づいて設定します。
具体的で測定可能、達成可能、関連性があり、期限が設定された目標が、ビジョン達成の道筋を明確にします。
②長期目標と短期目標
ビジョンを実現するためには、長期目標と短期目標を設定する必要があります。
長期目標はビジョンの達成に直結するもので、短期目標はそのためのマイルストーンとなります。
これにより、段階的な進捗が確認できます。
(3)戦略の構築
①戦略のフレームワーク
ビジョンを実現するための戦略を構築します。
これには、SWOT分析(Strengths, Weaknesses, Opportunities, Threats)やPEST分析(Political, Economic, Social, Technological)などのフレームワークを活用することが有効です。
②競争優位性の確立
自社の強みを最大限に活かし、競争優位性を確立するための戦略を検討します。
例えば、技術革新、マーケットポジショニング、顧客関係の強化などが考えられます。
③資源の配分
戦略を実行するためには、人的資源、財務資源、時間などを効果的に配分する必要があります。
これには、優先順位の設定やリソース管理の計画が含まれます。
(4)実行計画の立案
①行動計画の詳細化
具体的な行動計画を構築します。これは、戦略を日々の業務に落とし込むための詳細な計画です。
各部門やチームの役割と責任を明確にし、実行のためのタイムラインを設定します。
②KPIの設定
目標達成の進捗を測定するための重要業績評価指標(KPI)を設定します。
これにより、目標達成度を定量的に評価し、必要に応じて戦略や計画を修正することができます。
③柔軟性と適応性
計画は固定的なものではなく、環境の変化や新たな課題に対応できるよう柔軟性を持たせることが重要です。
定期的な見直しと適応が必要です。
(5)組織文化の構築
①ビジョンの共有とコミュニケーション
ビジョンと戦略を全社員に共有し、理解と共感を得るためのコミュニケーションを強化します。
これには、定期的なミーティングやワークショップ、内部広報などが含まれます。
②リーダーシップの役割
リーダーシップはビジョンの実現において重要な役割を果たします。
リーダーはビジョンを体現し、社員に対して模範となる行動を示す必要があります。
また、リーダーは社員のモチベーションを高め、サポートする役割も担います。
③学習と成長の促進
組織全体で学習と成長を促進する文化を醸成します。これには、研修や教育プログラムの充実、知識共有の促進、失敗から学ぶ姿勢の奨励などが含まれます。
(6)モニタリングと評価
①進捗状況のモニタリング
ビジョンと目標の達成に向けた進捗状況を定期的にモニタリングします。
これには、KPIの評価やフィードバックの収集が含まれます。
②成果の評価とフィードバック
達成した成果を評価し、フィードバックを基に改善策を講じます。
これにより、ビジョンの実現に向けた取り組みが継続的に改善されます。
③透明性とアカウンタビリティ
モニタリングと評価のプロセスは透明性を持たせ、全社員がその結果を共有できるようにします。
これにより、組織全体のアカウンタビリティが向上します。
(7)持続的な改善
①フィードバックループの確立
継続的な改善を促進するために、フィードバックループを確立します。
これにより、戦略や計画の実行に関するフィードバックが迅速に収集され、必要な調整が行われます。
②イノベーションの奨励
組織全体でイノベーションを奨励し、新たなアイデアやアプローチを積極的に取り入れる文化を醸成します。
これにより、変化する市場環境に対応し、競争力を維持することができます。
③持続可能性の考慮
中長期ビジョンには、持続可能な発展を考慮することが重要です。
環境、社会、経済の三つの側面から持続可能性を考え、組織の成長が社会全体に貢献するようにします。
(8)組織の再編と適応
①組織構造の見直し
ビジョンの実現に向けて、必要に応じて組織構造を見直します。
これには、部門の再編成や新たなチームの設立、役職の変更などが含まれます。
②適応力の強化
環境の変化に迅速に対応できる組織の適応力を強化します。
これには、柔軟な意思決定プロセスや迅速な情報共有システムの構築が重要です。
③持続的な人材開発
人材の継続的な開発と育成を重視し、ビジョンの実現に向けて必要なスキルや知識を持つ人材を育成します。
これには、キャリアパスの明確化や研修プログラムの充実が含まれます。
(9)外部環境との調和
①ステークホルダーとの連携
外部のステークホルダー(顧客、取引先、地域社会など)との連携を強化し、ビジョンの実現に向けた協力関係を築きます。
②社会的責任の遂行
企業の社会的責任(CSR)を果たすための活動を推進し、社会全体に対する貢献を重視します。
これにより、企業の信頼性と評判が向上します。
③法規制の遵守
法規制を遵守し、持続可能な成長を目指します。
これには、環境規制や労働法など、関連する法規制の適切な対応が含まれます。
ビジョンの明確化、目標設定、戦略の構築、実行計画の立案、組織文化の構築、モニタリングと評価、持続的な改善、組織の再編と適応、外部環境との調和など、各ステップを丁寧に実施することで、組織はより強固な基盤を築き、未来への挑戦を続けることができます。
出所:タナベコンサルティング作成
長期経営ビジョン構築のポイント
長期経営ビジョン構築にあたって、ポイントを4つ挙げます。
構築の中でうまくいかないと感じた時には、これらができているかどうか、取り組みを見直すことが効果的です。
1. 内部環境と外部環境の現状分析
自社を取り巻く環境の変化や自社の内部実態を徹底的に分析します。これには、戦略構築(ビジネスモデルも含む)、組織マネジメント、財務モデルの観点から自社の現状を棚卸しする作業が含まれます。特に外部環境分析においては、現状の分析にとどまらず、将来の環境変化も予測することが重要です。この際、第三者の視点を取り入れて客観的に分析することも効果的です。
2. 将来予測とバックキャスティング思考
外部環境の将来予測に基づいて長期経営ビジョンを描きます。このビジョンから逆算する形で中期経営計画のゴールを設定し、その後、年度計画にブレイクダウンしていくことで、長期的な目標達成の道筋を具体化します。これにより、目標に向けた具体的なステップが明確になります。
3. メンバーとのディスカッションを通じたビジョン構築
経営陣だけでなく、各部門のメンバーも参加する形で長期経営ビジョン構築プロジェクトを推進することが重要です。トップダウンではなく、各部門が自らの視点で考えることで、全員が納得感を持つビジョンを作り上げることができます。また、各部門長が経営視点を持つことで、次世代の幹部候補としての成長も期待できます。
4. 中期経営計画と部門別戦略の整合性
最終的には、全体戦略を各部門に落とし込み、具体的な行動計画にまでブレイクダウンする必要があります。各部門が構築したビジョンを自部門に持ち帰り、具体的な行動計画に落とし込むことで、社員全員がビジョン実現のために何を行動すべきかが明確になります。このプロセスにより、部門ごとの戦略と中期経営計画との整合性を確保し、一体感のある取り組みが実現します。
長期経営ビジョンの構築は、単なる目標設定にとどまらず、全社を一体化させるための重要なプロセスです。内部環境と外部環境の現状分析、将来予測とバックキャスティング思考、メンバーとのディスカッション、そして中期経営計画と部門別戦略の整合性確保の4つのポイントを押さえることで、実効性の高いビジョンが構築され、企業の持続的成長を支えることが可能になります。
これらのポイントを意識し、ビジョン構築のプロセスに取り組むことで、企業の未来をより明確に描き出し、その実現に向けた具体的なアクションを計画することができます。長期的な視野を持ちながら、全社一丸となって取り組む姿勢が、成功への第一歩です。
まとめ
長期経営ビジョンを作成するための4つの手順とポイントをお伝えしました。経営者の皆様がこのプロセスを通じて未来を描き、組織を導く上で、特に重視すべきは現状分析です。まず、自社の現在の状況を詳細に把握することが出発点となります。
現状分析を通じて、自社の強みや課題、そして市場環境や競合他社の動向を再認識しましょう。この段階では、内部環境と外部環境の両面から徹底的に調査することが必要です。外部環境の分析においては、単に現在の状況を把握するだけでなく、将来の変化を予測することが重要です。これにより、将来的なリスクやチャンスを見極め、長期ビジョンに反映させることができます。
次に、将来予測に基づいて10年後の理想像を描きましょう。どのような企業になりたいのか、どのような市場でどのような価値を提供しているのか、具体的にイメージすることが大切です。この長期ビジョンは、企業全体の指針となるものであり、社員全員が共有し、共に目指すべき目標です。
この長期ビジョンを具体化するためには、中期経営計画にブレイクダウンする必要があります。10年後のビジョンから逆算して、3年から5年のスパンで達成すべき目標を設定しましょう。これが、中期経営計画となります。この計画には、具体的なアクションプランやリソース配分、進捗管理の方法などを盛り込むことが求められます。
さらに、ビジョン構築には、経営陣だけでなく、各部門のメンバーとのディスカッションが不可欠です。全員参加型のプロジェクトとして進めることで、組織全体の納得感を高めることができます。また、各部門長が経営視点を持つことで、次世代のリーダーシップ育成にもつながります。全社員が一丸となってビジョン実現に向けた行動を起こせるよう、明確なコミュニケーションと共感を生み出しましょう。
最終的には、全体戦略を各部門に落とし込み、具体的な行動計画にまでブレイクダウンすることが肝要です。部門ごとの戦略と中期経営計画との整合性を確保することで、社員全員がビジョン実現のために何をすべきかを明確に理解し、実践できるようになります。
長期経営ビジョンの構築は企業の未来を切り拓く重要なステップです。現状分析をしっかりと行い、将来の目標を明確にし、中期計画に落とし込むことで、確かな道筋が描けます。このプロセスを経て、組織全体が一丸となり、共通のビジョンに向かって進む姿勢を作り上げましょう。
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